第3話 塩を撒いても効果はない。





「こんにちは。無害なオタク小市民改め、呪具人形の黒羽稀子です。……うふふふふふ。記憶の彼方。奥深くに封じ込めし、失われた厨二時代にもこんな自己紹介したことないよ。恥ずかしすぎるよ。恥ずかしすぎて涙が出そう。悲しいことにそんな機能はついてないのだけれどね!」



 待機部屋(稀子は初め、食堂だと思っていた。広い座敷に卓しかないので)の白い壁に向かって、ぶつぶつと少女は呟く。自分が誰なのかを定期的に確認しないと、「頭がパーン」してしまいそうだ、と稀子は思っていた。



「……稀子って変わってるよな!」

「おかしな子なのは確かだね。」

「やはり、スクラップじゃないか?」



 その様子を同僚(仮)である、暁音、槐、美哉の三機はそれぞれ自機のメンテナンスをしながら見ていた。



 時は早いもので、稀子が「自我」を得てから一ヶ月が経った。しかし、稀子はその期間のことはなるべく思い出したくなかった。一言で言うとすれば、化け物を粉砕爆砕し引き裂き、時には悪霊地縛霊といったものを相手取って「修行」をしていた、だろうか。



 最初は泣き叫びそうになっていた稀子も、

 (足は勝手に化け物に向かって走っていたが。)


 肉片2ndにも見舞われ、

 (粉砕系の持ち技が多い。)


 人の形をした化け物を爆破して吐きそうになりながらも、

 (吐き気の機能は実装していない。)


 修行を終えることができた。

 (幾度となく発狂しそうになっていたが。)





(人間住めば都と申しますか……わりと順調に適応してきた気がする。それは猟奇的とも言えるのだけど、人殺してるわけじゃないし?なんか悪さしてる妖を退治しているみたいだし?ならまあ、悪いことしているわけじゃあ、ないかなって……。)



「なわけあるかーーい!嫌だわ!普通に生き物を残酷な形で殺すとか。良いとか悪いとかじゃないから!二十数年間で養われた人間性が死にそうだわ!」



 稀子は壁をバンバン叩いた。……一応は、手加減している。



「なんか稀子がまた小声でぶつぶつ叫んでらあ。」

「変な子だねえ。」

「やはり……スクラップではないか?」



 そして何より稀子のsan値をがりがり削ってくるのは、同期の三機のこの反応だった。三機にはもちろん前世の記憶などあるはずなく、生まれたときから呪具人形の彼等とはミジンコほども価値観が合わないのである。



 この間、暁音が任務に失敗して半身がすり潰されて搬送されてきた時も、「ふーん。次失敗したら廃棄じゃない?」「俺たちの世代、廃棄多すぎてもう三機しか残ってないのにな。」だなんて言って誰も心配していなかった。

 

 

 それを聞き、幼い少女の形を真似た妖の口に爆弾をねじ込み、頭蓋が弾け飛ぶ様を間近で見た時よりも、稀子は衝撃を受けた。



(私のことはともかく、三機は苦楽を共にした仲間だったのではないのだろうか……。死んでも誰も悲しまないだなんて、そんなの、苦しすぎる。)






 …………と、悶々としている稀子を尻目に、暁音本人は「ボディ新品になった〜。」と能天気に喜んでいた。おまけに、「俺、次失敗したら廃棄だって言われた〜ご主人腕悪すぎじゃね?」だなんて言ってけらけら笑っている始末。



「もお嫌だ。こんなところ早く出て行きたい……。」

「いや無理だろ。俺たち物だし。」

「所有物が勝手に居なくなるなんて、そんな馬鹿な話あるもんかい。」

「………………人権が欲しい。」



 ぎりぎり、と壁に爪の跡をつけて項垂れる稀子を見て、ふむ、と顎に手を当てたのは槐だった。



「まあ、稀子なら出られるんじゃないか?」

「えっ!」



 思いもかけない一言に、稀子は伏せていた顔を上げる。



「稀子は俺たちと違ってオーダーメイドだろう?何か目的があってその形になっているんだろうからな。」

「ああ〜確かに。出力も全然ちがうよなあ。さすがお師匠さまの作品だぜ!」



 にこにこと邪気のない笑顔を向けられ、稀子もにっこりと、それはもうにっこりと笑い返した。 



(うん。全然嬉しくない。呪いの人形としての出来を褒められてもぜんっぜん嬉しくない。)



 少々説明させてもらうと、稀子の他三機の製作者は異なる。稀子は姓を「黒羽」と言い、暁音は「橘」、美哉は「蔦甫」、槐は「鶴谷」と言った。それは製作者の姓であり、下の名前は作品名のようなものだった。この山深くの「工房」は、稀子の制作者である、黒羽宗因のものであり、宗因は弟子を十三人抱えていた。


 工房では、朝な夕な、より精度の高い呪いの人形を作り上げるため、多くの職人が師匠に教えを乞い、切磋琢磨しているというわけだ。つまり、暁音たち三機は弟子たちの作品であり、試作機でもある。依頼主から注文を受け、宗因が製作した「稀子」とは、生み出された経路が全く違うのだ。



「稀子ならきっと、活躍できるよ!」

「アリガトウ……。」



 暁音から笑顔を向けられて、そう答えるしか稀子にはできなかった。



(違うんですう。ここを出て妖怪退治人として大成したいわけじゃないんですう。何もかも投げ捨ててハワイでバカンスしたい……。)



 だいたい、呪具人形の仕事とは、人間の代わりに、妖怪を退治したり、身代わりに呪詛を受けたり、そんなものが大半だ。元人間の稀子としては、そのあたりが理不尽に思える。



(人間の代わりに危険な目に遭ったり苦しんだりとか!意味分かんない!おのれ人間ども!お前たちのエゴによって私たちは産み出された……いや、まだ私も人間のつもりなんだけどね!?)



「……私の出荷先、どこなのかなあ。」

「まー、妖怪退治屋か。」

「どこぞの名家、旧家の呪詛身代わり人形か。」

「運が良ければ、名のある神社の用心棒とかじゃね?」

「どこもいやだあああ!!」










 

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