七話 ヤンキー

「そろそろ来る頃かな」


 どんなに念じてもやってきてしまった月曜日、嫌で嫌でたまらない学校から何とか帰宅し、夢織が遊びに来る時間になった。

 嫌な嫌な月曜日も学校が終わると、配信が始まる楽しい時間に早変わり。

 楽しい配信してたら生きていけるし、義務教育でもない高校に行く意味はないんじゃないか。

 この私に教育が必要かどうか、リスナーに聞いてみるのも面白いかも。

 一つ話のネタができたと少し小躍りしてながら配信の準備をしていると、思った通りの時間にインターホンが鳴ったので、私は玄関へ夢織を迎えに行く。

 もはやルーティンと化したお出迎えだが、扉を開けた先にいたのは夢織ではない見知らぬ男だった。


「あれ?誰だ?」


 頭を金髪に染め、唇と耳にピアスを開けた一目でヤンキーと分かる出で立ち。

 その上、普段は隠すはずのヴァンパイアの特徴である目は赤いし、牙を隠す気もないほど伸び切っている。わかりやすい不良ヴァンパイアだった。


「なあ、こ」

「?!」


 ヤンキーヴァンパイアが何か言いかけていたが、私はびっくりして扉を勢いよく閉めてしまった。

 仕方ないじゃないか。

 大人で、男で、ヤンキーで、ヴァンパイアとか私が怖いもので一杯だったのだから。


 ドン!


「ひっ……」


 締めた扉が叩かれ、私はその場で飛び上がった。

 人の家の扉を叩くという非常識、やっぱりヤンキーに違いない。この時点で私の心は固く閉ざされてしまった。残念ながらこの扉が開くことはもうないだろう。

 ドアノブをガチャガチャとしているが、扉を閉めた時点で当然鍵もかけているので開くことはないが、何度も何度も扉を叩いてくる。


『おい!開けろ!』


 扉越しにでもよく聞こえる程の怒鳴り声で扉を開けることを要求してくるヤンキー。

 大きい音が怖い私にとって、叩いているのは扉ではなく私の心臓だという事を知ったうえでの狼藉か。

 ならばそんな狼藉物には天誅を授けなければならない。


「けっ……けいさつ……呼びますよぅ……」


 どうだ。

 ヴァンパイアといえども国家権力相手には立ち向かえないだろう。


『おい!呼んだら殺すからな!』

「ひっ!」


 激昂したヤンキーヴァンパイアが、一際強く扉を叩いてきた。

 その勢いはどんどん強くなっていて、もしかしたら扉をぶち破ろうとしているのかもしれない。


『ここに金髪の女ヴァンパイアいるだろ!!』


 夢織をお探しかよ。なにしたのあの子。

 やばい、この感じ本当に扉破ろうとしてる。

 だがこの家は力の強いヴァンパイアへの防犯対策として堅牢な作りになっているため、そうそう壊れることはない。

 窓も分厚い強化ガラス製の糞重仕様だし、きっと大丈夫。


「夢織に……警察…」


 鍵をかけた以上、ヤンキーヴァンパイアは入ってこれないはず。

 私は助けを呼ぶため、二階の自室に置いてきたスマホを取りにくことにした。

 鳴りやまない扉を叩く音は怖いけど、音に背を向けるのはもっと怖かった。


 大丈夫、この家は大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて私はなんとか一歩踏み出した。

 最初の一歩は重かったが、一歩動けば階段までは早い。

 一段飛ばして階段に飛び乗る。

 さらにもう一回一段飛ばしで飛び上がろうとしたその時、後ろから金属を引き裂く甲高い音がした。


「お、出来た」

「……え?」


 咄嗟に振り返ってみると、なぜか重く分厚いはずの扉に拳より一回り大きな穴が開いていて、そこから腕が入り込んできていた。

 ヤンキーヴァンパイアの腕はなぜか血のような液体で赤く塗れていて、穴の開いた扉の内側を探るとその跡が扉の内側を赤く汚していく。そしてお目当てらしかった扉の鍵を探り当て、ガチャリと音を立てて解錠した。

 ゆっくりと扉が開いて――私とヤンキーヴァンパイアの目が――合う。


「どこいくつもりだぁ?」

「っ!!」


 私は登りかけていた階段を弾かれる様に再び駆け上がった。

 ヤンキーヴァンパイアも同時に私に向けて走り出す。

 逃げ出した私の足をヤンキ―ヴァンパイアの手が掠めた。足を掴まれかけられキュッと縮こまりそうになったが、体はまだ動く。


「おい!!」


 私に向かって吠える声は無視して、階段を登り終えた私は自室の扉を開けて体を滑り込ませる。

 間に合え。

 ヤンキーヴァンパイアに追い付かれる前に、すぐに部屋の扉を閉めようとしたが、無慈悲にも赤く染まった手が差し込まれてきた。


「嫌!!」


 焦った私は力いっぱい扉を引っ張り、ヤンキーヴァンパイアの手を扉の間に挟みこむ。

 なんだったら指よ千切れろという思いを込めての全力だ。

 人間だったら痛みで怯むはず。

 だが扉を通じて感じる感覚がおかしかった。

 硬いのだ。

 強靭な体を持つとはいえ、皮膚自体は柔らかいはず。

 それなのに扉で挟んでいるのはまるで金属の塊のような、絶対壊すことのできない、形を変えることすら不可能な感触。

 見ると、私が扉で挟んだはずのヤンキーヴァンパイアの手は、赤くて分厚い何かに覆われた手甲のようなものに変わっていた。


 私の腕力ではビクともしない赤い手甲は扉を握ると、私が全体重をかけて引っ張っている外開きの扉を、私の足を引き釣りながら開きだした。

 開いてしまった扉の間から腕が差し込まれてくる。


「危ないなぁ」

「痛っ!」


 私の腕がヤンキーヴァンパイアに掴まれてしまった。

 扉を開けたヤンキーヴァンパイアの左手は指の先が尖った痛そうな形の手甲に覆われているが、私の腕を掴んできた右手は普通の手だった。

 そのため皮膚を鋭い爪で切り裂くような痛みはなかったが、万力でつぶされるような圧迫感を与えられる。


「なあ」


 私の腕をつかんだヤンキーヴァンパイアが部屋の中に入ってきて、痛みから逃れようとする私の腕を持ち上げる。

 私の体は持ち上がり、地面にはつま先がかろうじて着く状態だ。

 ギリギリと腕が締め上げられ、自分の体重で肩が抜けそうになる。

 痛みで涙を浮かべて俯く私に、ヤンキーヴァンパイアは顔を覗き込むように近づけてきた。


「なんで逃げた?」


 ヤンキーヴァンパイアの赤い瞳は言っていた。


「なんで扉を閉めた?」


 嘘は許さない。


「金髪の女ヴァンパイアはどこにいる?」


 嘘を言ったときは死ぬ時だ。


「この家に入っているのを見た奴がいるんだよ」


 お前に選択肢は無いと。


 スマホは机の上で手が届かない。

 声を上げて助けを呼ぼうにも、その瞬間、長く伸びた牙が私の喉を貫くんじゃないかと思って声を出す勇気が出ない。


「うぅ……しら……なあぁああ!」


 私の言葉を遮るように、腕を掴むヤンキーヴァンパイアの握力が増す。

 私は悟った。彼は本気だと。

 私のカチカチとなる歯が証明している。

 今、ヤンキーヴァンパイアから向けられているのは明確な殺意だと。

 初めて夢織に会った時に向けられたあの圧力とは比べ物にならない本気の殺意。

 いつもは目が合ってもすぐに反らしてしまい、人と目を合わせるのが苦手な私だけど、このヤンキーヴァンパイアから目を離すことができない。


 目を離した瞬間食われるんじゃないか?

 目を離すと機嫌を損ねてしまうんじゃないか?


 そんな考えがぐるぐると頭の中を回る。

 思考しているようで、無駄で意味をなさないパニック状態だ。

 怖くて、痛くて涙がドンドンあふれてくる。

 そんな私に向かってヤンキーヴァンパイアは、急に熱が引いたような声で私に言った。


「もういい、腹減った」

「……え?」


 ヴァンパイアが言う空腹という意味。


「干乾びる前に教えろよ」


 ヤンキーヴァンパイアの口が大きく開けられ、私の首へと向かってくる。

 首を振って抵抗をしようとするが、腕を掴んでいるのとは逆の手で私の頭を抑え込んで首をむき出しにされる。

 もう私にはどうしようもなかった。


「待って! 知らない! まだ来てない!」


 助かりたかった。

 だから、さっきまで夢織のことを話さないという、一応の抵抗ができていた私の心が折れた。

 夢織がこの家に来るという事を言ってしまった。

 その事実が、私自身への失望が、私の心を折ってしまう。


「夢織はもう少しで来るから!」

「干乾びる前に来るといいな」

「いやだ……」


 そんな私を無視し、ヤンキーヴァンパイアは私の首へ牙を近づけた。

 ゾクリと背筋が寒くなって、もう駄目だと思った。

 ぎゅっと目をつぶり、来る痛みに備える。


 だが私の首に痛みはこない。

 恐る恐るギュッと閉じていた目を開くと、見えたのは私の首からから離れたヤンキーヴァンパイアの顔と、そのの髪を後ろから掴んで止める夢織が。


「お前……柊花に……」


 見開いた目は赤く、牙はむき出し。

 ヴァンパイアの夢織がそこにはいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る