六話 歌マジヤバい!

 夢織の締め出しに成功した私は、部屋の外に出て階段を降りた。

 一階にある玄関から見て突き当りの部屋が防音室になっていて、歌配信をするためだ。


 中にはPCやマイクと言った配信環境は勿論の事、グランドピアノまで置いてある。

 ピアノに関しては配信で弾いたことないし、言ったこともないのでこの存在を知る者はいない。

 もう少し私の胸が大きかったら、顔隠してコスプレしてピアノ弾く動画撮れたのにな。


【今日は母ウサギいないの?】


「歌配信だけは死守した」


 母ウサギこと夢織が後ろで見てるのは恒例となっており、もはやレギュラーメンバーとして認識されている。

 彼女がしゃべることはないのだが、笑い声はどうしても我慢できず存在を認知されてしまった。

 その笑い声が可愛いと視聴者の間では評判で、彼女の笑い声が上がるたびにコメント欄は大盛り上がりする。

 伸び悩んでいた登録者も彼女の登場でなぜか一気に伸びるわ、切り抜き師が想像で美女兎の絵を書いて妄想を逞しくするわでもう手が付けられない。

 笑ってるだけで再生回数を稼ぐとか、もう夢織は独立して配信したらいいのに。


【なんで?】

【歌ってるところみられるの嫌なのか?】


「そりゃそうでしょ! 人に歌見られるとか想像するだけで吐き気するわ!」


【過剰反応で草www】

【仲悪いん?】

【配信してるって知られるよりましじゃね?】

【流石陰キャww】


「親とカラオケとか行かないでしょ?!」


 え?私が変なの?

 というか親とカラオケ行かないだけで陰キャいじりまで発展させんなや。


【普通に行くが……】

【気にしすぎwww】

【思春期かよ】

【きっつ】


「思春期で悪いか!」


 設定も中身も思春期です。

 もしかしてまだ私が花のJKだっていうの信じてない奴いるのか。

 特に20代と言われるならまだいいけど【きっつ】って言った奴、三十路だとかおもってるのか?


【JK良い……】

【嘘つけ三十代だろ】

【思春期可愛い】


「おい!三十だけはやめて!そんな歳取ってないよ!」


 三十路だと思ってる奴いたし。

 本人が違うと言ってるのにそう言い張るって何が得なんだよ。

 お前らオタクが好きなJKだって言ってるのに何が不満なんだ。

 さてはお前、熟女好きだな。


「とにかく母ウサギは今日はいません」


【親と買い物行けない年頃?】

【女の子は母親と出かけるものだと思ってた】

【アシュリーは男説ある?】


「え~嘘? 私嫌だけど? あと男ってやつ耳ついてんのか!」


 この声で男は無理があるだろ。


【強く生きろ】

【うちの子になりなさい】

【アシュリーは紛れもないJK】¥10000 ミミタレン


「まあいいや……じゃあもう歌うからね」


 コメント全部相手にしてたらキリがないので、雑談を切り上げて歌う事にする。

 三十とか男とか言われた苛立ちをぶつける様に一曲目は激しめの曲にしよう。

 男って言った奴見てろよ。私の歌聞いても同じこと言ってみろ。

 気合十分、込める感情は一杯、大きく息を吸いこむ。

 学校生活含めて溜まったものを胸まで持ってきて、一気に吐き出すように私は歌い出した。


【美しい……】\500

【かっけ~】\1000

【結婚してください!】\2000


 お財布と承認欲求が満たされていく。 

 私の歌声は女性としては低めのハスキーボイスで、それが受けて歌配信は私の人気コンテンツの一つとなっている。

 皆が言うには普段の声は可愛らしいのに、歌を歌うときはハスキーボイスでそのギャップがたまらないそうだ。

 こうして歌を歌うとカッコいいと言ってくれて、自分のVTuberとしての姿である巴アシュリーに近づけたようで嬉しい。

 巴アシュリーは垂れ耳がキュートな獣人で、黒い軍服風の衣装を身にまとったカッコよさと可愛さを併せ持ったキャラクターだ。

 普段私が言われない可愛いもカッコいいも、アシュリーは言われないといけない。

 この子がどう思われるかは私の声次第、それが堪らなく嬉しい。


【あれ?聞こえないよ……】\500 ミミタレン


 悲壮感漂うスパチャが流れてきた気がするけどごめんな。歌うたってるから反応できないんだ。


【癒される】

【歌声、凄い】

【アンコール!!】¥1000 ミミタレン


 次は萌え声でアニソンを熱唱。

 このアニソンにアシュリーが登場しているわけではないが、まるでアシュリーがその物語の登場人物になったかのように私は歌う。

 彼女がその場にいれば主人公とどうなれたんだろう。

 友達?仲間?

 アシュリーが居る事で私はそれを考えることがより身近に感じることが出来る。


 そうして一つ一つの歌に、違う私の物語を込めて歌いあげていった。


「終わった~」


 今日も大好評の中配信を終え、背伸びをしながら防音室の外へ出た私はホックホクだ。

 インターホンが鳴った。

 夢織かな?


「今日もカッコよすぎた~アシュリーの歌マジヤバイ!!」

「うわ! ど……どうも……」


 ドアを開けるなり夢理が拳をぶんぶん振り回しながら詰め寄ってきた。

 小さめの可愛らしいヘッドホンが首にかけていることから、どうやら外で私の配信を聞いていたようだ。

 フンスフンスと鼻息を荒くした彼女は興奮を抑えきれない様子で一刻も早く私に感想を伝えたかったらしい。


 キラキラとしたお目目は外に締め出されたことなんてまったく気にしていない輝きだった。

 悪いことしたかなと思ったけど機嫌いいならまあいっか。

 







 夢織は私とは違うヴァンパイアなんだと思う話がある。


 何時ものように遊びに来た夢織は、初めて会った時のように手を真っ赤に濡らした姿で現れた。

 初めてあった時みたいにまた誰かをボコボコにしてきたのかな?と思ったが、ひらひらと振られる夢織の手をよく見ると痛々しい大きな切り傷があった。

 それはどう見ても怪我で、夢織になにかがあったのは明白だった。


「痛ったぁ……あいつ……次あったらただじゃおかないからな……」

「どどどどうしたの?!」

「ヴァンパイアハンターに出くわしちゃってさ〜」

「ヴァンパイアハンター?!」


 罪のないヴァンパイアを傷つけることは法律で禁止されているが、ニュースにもなっているように人と共存する道を選ばなかったヴァンパイアもまだまだこの国には存在している。

 そのため、ヴァンパイアに恨みを持った人が報酬と引き換えに仇討ちを依頼する相手がヴァンパイアハンターである。

 通常であればヴァンパイアを取り締まるのは警察の役目だ。人に害を及ぼすヴァンパイアかどうかの線引きが難しいため、ヴァンパイアハンターは非合法な存在とされているのだが暗黙の了解で見逃されているのが現状だ。


「大丈夫、大丈夫、一日あれば直るから」

「そうかもしれないけど……」


 手が真っ赤になるような怪我なんて人間の感覚では病院で縫合必須の怪我だ。

 普通に生きてきてそんな怪我をしている人を見る機会なんてそうそうないので、焦って呂律が回らなくなってしまった。

 それでも大丈夫と言われて納得はできないが少し落ち着いた。

 余裕ができると余計な考えが湧いてくるようになり、当然の疑問に行き着く。


「なにか……したの?」


 基本ヴァンパイアハンターに狙われるのは不良ヴァンパイアのみのはずである。

 そうなると夢織も人間に対して何か悪さをしたということで……

 ヴァンパイアと言えども命を狙われるなんて余程の事がない限り無いはずだし、夢織には何か事情があるんだろう。


「色々大変なんだよ~ヴァンパイアってやつぁさぁ」


 やれやれとため息をつきながら


「悪い事なんもしてないのに命狙われるし、日に当たると火傷するし……」


 初めて会った時も人の頭潰してたし色々あるんだな~

 そういえば夢織にやられてたあの人って人間? それともヴァンパイア?


「とりあえず……手洗おうか」

「うん!」


 せめて手を洗わせた後、包帯を巻くことで妥協することにした。

 よく見れば肉が閉まって血はもう止まっていた。

 それを見て一晩寝れば治るっていうのは本当なんだろうなと思った。



 そしてもう一つ、またこの日も夢織は怪我をして現れた。


「柊花~遊びに来たよ~」


 いつものように配信一時間前に現れた夢織、その声はいつもと変わらないネガティブさを一切感じない声だったが、その姿は正反対の姿だった。


「その怪我どうしたの?!」

「ああ……ちょっとかじられちゃった」

かじられた?!」


 彼女のお気に入りのアシュリーの顔付きパーカーが所々穴が開いてるし、転げまわったのか泥だらけだ。

 それだけならまだいいが、横っ腹に空いたひと際大きなパーカーの穴の周りが赤く染まっており、部屋の向こう側が見えている。

 穴から見えるはずの彼女の横っ腹がごそっと消えていたのだ。


「うら若き乙女の肉を食べたいなんてとんだ変態だよね~」

「それ……」

「小物のヴァンパイアだったんだけど油断しちゃった」


「痛くないの?」

「大丈夫大丈夫」


 本当に何もないようにヘラヘラと笑っているが夢織が、いくらヴァンパイアだからと言って痛みを感じない訳ではないはずだ。

 以前ヴァンパイアハンターにやられたと言っていた時は確かに痛いと言っていた。

 今回はどうみてもその時より大きな怪我だ。

 絶対我慢してる。


「もう……これお気に入りだったのに……」

「そんなのいくらでもあげるから……」


 大穴の開いたアシュリーのデフォルメされた顔がプリントされたパーカーを手で引っ張って心底残念そうな顔をする。

 穴の開いたパーカーは確かにもう使えないだろうが、そんなもの私が発注すればいくらでも手に入る。

 穴の開いたパーカーの代わりはいくらでも用意できるけど、穴の開いた夢織の代わりは用意できないのでもう少し自分を労わってほしい。


「配信しないの?」

「それどころじゃ……」

「してよ。あたしの事は気にしなくていいから」


 どんな価値観してるんだ。

 腹に穴の開いた人が家にいるって大事でしょ。

 それを無視して配信とか集中できないでしょ。


「病院行こうよ……」

「やだ」


 子供かよ。

 あれ?夢織って何歳だ?

 見た目からしてあまり変わらなさそうだけど、ヴァンパイアの歳の取り方ってどうなんだろう。

 


「ほら、ヴァンパイアも診てくれる病院があるって書いてある」

「大丈夫大丈夫」


 夢織の表情が消えた。


「お願い」


 人形のように美しい夢織の顔は白いキャンバスで、綺麗な目は赤い月のようだった。

 とても綺麗な瞳に吸い込まれそうになりながら私は、もし本当に大丈夫なら部屋を血で汚されたくないし帰ってほしいと思った。


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