三話 学校生活

「いってきます」


 朝七時四十分。

 憂鬱な学校の時間は家を出るこの時間から始まる。

 

 まずは最寄り駅まで徒歩十分の道のりだ。

 いくらなんでも遠すぎる。

 十分も歩いたら汗かくし、足が痛くなるし、歩いていくような距離ではないと思う。

 では自転車に乗れと思うかもしれないがそれは論外だ。

 車輪二本だけとか危なっかしくて身を預けようとは思わない。


 ではタクシーは? 

 収入があるでしょ?

 いやいや、知らないおっさんと密室に二人きりとかありえないでしょ。


 バス?

 通ってない。


 だからまあ、私は徒歩で駅まで向かうしかない。


「あっつ……」


 私とあの吸血鬼が出会った場所もこの道の途中だ。

 駅から家までの間の丁度いい場所にコンビニがあって、高校へ行くときにも帰る時にも利用している。

 今は日の照る朝なので、ヴァンパイアと出くわすことはないはずだ。


 何時ものようにコンビニで昼ご飯を買ってから、再び駅へと向かう。

 買ったのはレタスハムサンドとミルクプロテインバナナ味。

 食べることにそんなに興味がない私は、あまりガッツリとしたお弁当は食べる気がしないのでいつもこのメニューだ。


 真夏のコンビニは冷房キンキンで最高だ。

 セーブポイントのようにとりあえず寄るべき場所だと思う。


「あざまっした~」

「あっつ……」


 本日二回目のセリフを零しながらコンビニを出る。

 冷房が効いた部屋から夏の外にでると明らかな空気の壁を感じるよね。

 この壁を上手く手の平でとらえたら魔法みたいな風をおこせるらしい。

 ソースは漫画。


 装備にコンビニの袋を加えた私は再び駅に向かって歩こうとすると、見覚えのある人物が手を振りながら走ってきた。

 

 彼女は己道 千途さん。

 わたしのクラスメイトで、テストの時に消しゴムを忘れてた彼女に消しゴムのかけらをあげたことがある。


 同じ駅を利用しているのは知っていたけど、挨拶はしたことがないため手を振ってくるなんて驚いた。

 明らかに目が合ってるし絶対私に何か用があるんだ。


 急にどうしたんだろう?

 どきっとしたけど流石に無視は不味い。

 そう思って私も震える手を上げようとした。


「おっ……おっ……おは……」

「おはよう!想一!」

「千途おはよう」


 己道さんは私の脇をすり抜けると、後ろにいたらしい守武 想一君の肩を勢いよく肩パンした。


 私は行き場を失った手をそのままグッと伸ばして背伸びをする。

 そうだ。


 私と彼女は友達ではないのはわかっていた。

 でも私に向かって手を振っている可能性がある以上、無視するわけにはいかない。

 なぜなら無視して彼女を傷つけるようなことがあるくらいなら、すこしばかり自分が恥をかく道を選んだ方がマシだからだ。


 守武君は真面目で優し気な眼鏡君で己道さんの幼馴染らしい。

 ちなみに彼は隠れマッチョとして有名だ。

 どれくらい有名かと言うと友達のいない私が知っていて、彼のあだ名がムキ眼鏡だというくらい有名だ。

 有名なのに隠れってなんだろう。


「あ、立花さんおはようございます」

「おひゃっ!……おはようございます……」


 己道さんが背伸びをする私に気付いたようで、挨拶してくれた。

 すれ違う時に気付いたんとちゃうんか。



 その後は己道さんと離れて歩いて駅まで到着、電車に揺られること数十分、何事もなく高校へと着いた。

 私の席は窓際一番後ろの主人公席ではなく、教室のど真ん中の席だ。

 周りが席替えのくじを闇取引して希望の席を手にする中、最後まで誰にも話しかけられることなくこの席守りきった。


 筆箱くらいしか入ってない軽いリュックを机の横に引っ掛けて席に座る。

 徒歩がある私は少しでもリュックを軽くするために、教科書は机の中と後ろのロッカーに置きっぱなしにしている。

 そんな私の成績は勿論悪い。

 今日は声を出すことなく帰れるといいな。


 お昼休み。

 皆が一斉に立ち上がって机を動かし出した。


 教室のど真ん中にいる私は机を動かすことはない。

 この教室を上から見ると私を中心に皆が渦巻いているように見えるだろう。

 つまりこの教室では私が中心人物だという事だ。


 中心人物たる私は席から離れることなくコンビニで買ったサンドイッチを机の上に出す。

 十七歳としては高給取りな私は毎日コンビニでも問題ないくらいの財力を持っている。

 そのため、わざわざ弁当を作って持ってくる必要なんてどこにもない。


「はっ!これは私が転生する前触れなのか?!」


 サンドイッチの包装を破っていると隣の席で己道さんが変な事を叫びだした。

 教室は笑いに包まれ、守武君が優しくそれを見守っている。

 

 己道さんは自他ともに認める転生マニアだ。

 異世界はイケメンパラダイスで、自分の来世はそのイケメンパラダイスに転生すると信じて疑わない。

 そんな変人にも拘らず、クラスの人気者で、私とは対極にいる陽の者だ。


 友人の多い彼女は一緒にお弁当を食べに皆が集まってくる。

 そうなると隣の席である私としてはかなりうっとおしい。

 人が食べてる横でくっちゃべってるんじゃないよ。まったく。


 そんなに隣で集まられると、なんだか私の席まで譲れと言われている様な気がする。

 事実、私が昼休みになった途端トイレに行くと私の席は必ず誰かが座っている。

 そうなれば私は席に戻れず、買ってきたコンビニの袋も取りに行けずお昼を抜くことになる。


 そのため、私は食べ終わるまでは断固として席を立つ事はない。

 私は自分の席で弁当を食べているだけで何も悪くないはずだ。


 そして下校の時間、今日は先生に当てられなかったため、学校では一度も声を出さずにすんだ。

 平和ないい日だ。


 皆でカラオケ行こうと盛り上がっているクラスメイトを尻目に私は直ぐに教室を出た。

 ローファーに下駄箱で履き替えてコンコンとつま先を地面で叩いてずれを直す。

 早く帰って配信したいな。

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