二話 遊びに来たよ!

「ここがアシュリーの家?」

「はい……」


 途中で帰って欲しいという願いはかなわず、ついに自宅へと到着してしまった。

 何の変哲もない一軒家、これが借家であるのなら引越するとかの手段を選ぶことが出来たが、完全な持ち家であるためそうそう引っ越しすることが出来ない。

 このヴァンパイアガールに住処を知られてしまった以上、喰われるのか、吸われるのか、盗まれるのか。最悪の想像ばかり頭をよぎる。 

 私はせめて後ろからの不意打ちで、カプッとだけはいかれないように目を離さないようにしていた。


 この家まで歩くまでの間に、赤く光っていた目は灰色に、口からはみ出ていた長い牙が、どういう原理なのか縮んで目立たなくなっていた。

 それに彼女は凶暴な様子を見せることはなく、一生懸命私の気を引こうとに話しかけてきた。

 さっきまでの光景をもし見ていなければ、ただの私のファンでしかない可愛らしい女の子が、一生懸命話しかけてきているようにしか見えなかっただろう。

 そんなつい気を許してしまいそうな明るい雰囲気を持つ彼女だが、口を開けば牙の先端が覗き見えるため、彼女が私にとっての捕食者だということを忘れることはできなかった。


「よし! 任務完了! じゃああたしは帰るから」

「え?」

「もう夜道は歩いちゃ駄目だよ」

「う……うん……」

「じゃあ配信楽しみにしてるから!」


 

 つらつらと如何に彼女が怪しくて私に害をなしそうな存在かを小説家の如く考えていたのだが、ヴァンパイアガールはシュバッと手を挙げると軽快な足取りで走り去って行ってしまった。


「……え? いいの?」


 部屋まで押しかけられてカプッといかれるかと思っていたけどあっさりと帰ってくれた。

 台所にある包丁とかPCの横に置いてある虫よけスプレーとか、家にある武器になりそうなものを脳内でピックアップしてたけど無駄になってしまった。


「ヴァンパイア……か……」


 人のようで人じゃない。

 人類の天敵。

 あるいは隣人。


 彼女はどっちなんだろうか。


 帰りに巴アシュリーについてどこが好きかを一生懸命伝えようとする姿は、好きなものを夢中になっている普通の人間そのものだった。

 


「悪い子じゃなさそう」


 リアルで私の正体に気付いた初めての人だった。

 どうせならもう少し巴アシュリーらしく接してあげたほうが良かったかな。

 そう思いながら私は今日も配信を始めるのだった。




 次の日。


 ホッとしたのも束の間、夜になると満面の笑顔でインターホンを鳴らす昨日のヴァンパイアガールがいた。


 本来なら家を知られた時点で警戒しとくべきだった。

 昨日は金曜日、次の日が休日なのをいいことに徹夜で配信して眠ったのは朝の7時頃。 

 ガッツリ配信した私は、夕方近くまでぐっすり眠って昨日の事など忘れてしまっていた。

 好きなだけ配信して好きなだけ眠る最高の休日でボケた頭は、インターホンの相手が今後の配信で使うゲームソフトが届いたのかと思い、つい返事をしてしまった。


 そしてインターホンの画面に映ったのはいつもの宅配業者の制服のおっさんではなく、金髪ローツインテールのギャルヴァンパイアだったという訳。

 居留守を使えなくなった私に残された選択肢は扉を開ける事だけだ。


 警察に連絡するという手もあるが知らない人に電話するなど私には無理だ。

 知らない人に電話して自宅に呼ぶぐらいなら、自分に害がない可能性が存在する美少女のファンを相手にする方がまだいい。

 今日もデフォルメされたアシュリーがプリントされたパーカー着てるし多分大丈夫。


「キャア! アシュリーちゃん出てきた!」


 玄関の扉を開けると、パンパンに詰まったコンビニの袋をブンブン振り回すヴァンパイア娘がいた。

 よかった。今日も彼女はファンのままだ。


「遊びに来たよ!」


 そういえば友達がいない私は、今まで家に誰かが遊びに来たことがない。

 なぜ初めてをヴァンパイア娘に奪われないといけないのか。思わず少し喜んでしまったではないか。


「私とですか?」


 事実確認は大事だ。

 なぜなら私の家の玄関の前で、周りには誰もいないとしても私に向かって言っているとは限らないからだ。


「うんうん! ほらお菓子も買ってきたから!」

「……」

「……」


 私としっかり目が合っているように見える。

 じっと私を見つめてくるヴァンパイアガールの目は昨日の血のような赤色とは違って灰色である。

 カラコンでも入れているのかな?

 綺麗だけどかなり目立つ色だ。

 そんな金色の目で見つめられたら、ただでさえ目を合わせ慣れていない私は堪らなくなって来て目を反らしてしまった。

 

 彼女と無言で見つめ合っていた時間はなんと四秒にも登る。

 これは陰キャ時間でいうと十分に相当する快挙である。

 なんて事だ。彼女は私と本当に遊びたいらしい。


「……………………………………」

「……………………………………」


 沈黙が痛い。

 なんか話して欲しい。



「…………………………………………………………」

「…………………………………………………………」


 って、あれ?

 ニコニコしていたヴァンパイアガールの笑顔がだんだん引き攣ってきた。

 私が何かしでかしたんだろうか。


「駄目?」


 沈黙を破った彼女は不安げな様子で問いかけてきた。


 ……あ、話すの私の番か。





「ここで配信してるんだ~!やば~!」


 結局、断ることが出来なかった私は、彼女を部屋の中に招き入れることになった。

 私はヤバくなっている夢織に危なくなんてありませんよっと内心突っ込みながらメインPCの電源を入れる

 配信をしているところを見たいらしい。

 勿論嫌なので断ろうと思ったけど、偽物だと疑われてヤられる可能性もあるので見せてあげるにした。


 部屋に入った彼女は床に落ちているクッションにポスっと胡坐をかいて座り込むと自己紹介を始めた。


「私、一ノ瀬 夢織っていうんだ。アシュリーの名前は?」


 ヴァンパイアにもちゃんと苗字はあるらしい。

 しかも和名。

 確かに顔立ちは凄く整っているけど日本人っぽさはある。

 でも金髪は地毛っぽくて、目は灰色なので西洋の人だと勝手に思いこんでいた。


「橘……柊花……です」

「名前も可愛ええぇぇ!」

「うぇっ……あ……うん……」


 照れるじゃん。



 

「あの……配信中は本当に静かにしててくださいね……」

「うんうん!」


 夢織は私がPCの電源を入れる動作さえ興味深くてたまらないらしく、椅子に座れば「ヤバい!」、サブPCのデスクトップがサブモニターに映っても「ヤバい!」と大騒ぎだ。

 もしこれで配信でもしようものなら死んでしまうんじゃないだろうか。

 そうなれば私もヴァンパイアハンターだな。


「今日の配信はスクエアクラフトでしょ!なに作るの?」

「う…うん……えと……今日は、」

「ちょっと待って!」

「え?」

「やっぱ言わなくていい!せっかくの極生配信だし楽しみにとっとく!」

「そうですか……」


 極生配信ってなんだ。

 配信者だけど知らないぞそんなの。


「じゃあそろそろ始めますから……」

「わかってる!絶対喋らないから!」

「お願いします……」


 配信ソフトを立ち上げた私は深呼吸する。

 ここから私は柊花ではなく巴アシュリーとなる。


 巴アシュリーは垂れ耳兎の獣人だ。

 軍帽を被ってポンチョのような黒衣を身にまとった凛とした雰囲気を纏う美少女。

 天才的な頭脳により軍をまとめ上げ、国家転覆を狙う革命家。

 その資金と同胞を調達するため動画配信活動を行っている。

 それが巴アシュリー、もう一人の私だ。


「どぅふっ!……どうも~巴アシュリーで~す」

 

 人に見られながら配信するのなんて初めてだから緊張してありえない嚙み方をしてしまった。


【草】

【今の何ww】

【もしかして噛んだのwww】


「仕方ないじゃん! ちょっと今日は緊張してたんだよ!」


【今更緊張とか】

【かわえぇ】

【萌えた】


「最悪~絶対切り抜かれるじゃ~ん」


【切り抜きますた】


「おい! まじやめろ!」


 今のところまで切り抜かれるんだろうな。

 これで私の知名度はまた上がってしまったという訳か。

 

「ひっひっひぅっふっくぅ……」

「?!」


 配信を開始して僅か数分、後ろから変な笑いが聞こえてきた……

 チラリと後ろを振り返って確認すると夢織が口と腹に手を当てて震えている。


「ぐふっぐふっ……ひっひひひ……」


【なんか変な音聞こえね?】

【誰かいる?】


 しかもマイクがしっかりと音を拾っている。 

 本人も必死に音を出さないようにした結果の笑い声だし、静かにしろと言っても多分無駄だ。

 それにここで人がいる事を否定すれば憶測が憶測呼んで彼氏がいるとかいう話になりかねない。

 女の声だしそれはないと思うけど、最近のネットの世界は推測の域を出ない三段論法を理論的だと勘違いした人が多い。

 仕方ない。ここは他人がいるという事を認めよう。


「あ……あ~実は今日は僕の母上が後ろにいるんだ」


【速報アシュリーは実家住まい】

【母上呼び!】

【母上こんばんは!】

【母兎!!】ミミタレン 1,000円



「あ、ミミタレンさんいつもスパチャありがとうございま~す。たしかにね、私の親だから母上も兎だね」


 スパチャとは視聴者さんが動画配信している人物に対してお金を渡す行為の事だ。

 

 今回は私が動画配信を始めた初期から見てくれてる視聴者さんが千円のお金を払ってくれたという事。

 この顔も知らない私にお金を渡すメリットは、一緒に書かれている文章を読んでくれる可能性があるくらいで、明確なリターンは存在しない。


 そんなこんなで話をしていると、自由にブロックを積み上げて建築物を作るゲームでの私の家がついに完成した。

 なんていうことでしょう。

 唯の四角い豆腐ハウスに屋根があるではありませんか。

 これならもう豆腐ハウスとバカにされないでしょう。


「見て見て! この屋根めっちゃいい感じじゃない?」


【ガイルみたいww】

【もはや芸術www】ミミタレン 1,000円

【エリンギw】

【俺も家も草wwww】


「なんでだよ! いい感じじゃん! ミミタレンさんスパチャありがとうだけど!」




【母兎何してんの?】聖闘士セーラー 600円


「聖闘士セーラーさんスパチャありがとうございます。えっと今は……」


「今も穴が開く程見られてるますね」




「ちょっとみんな酷くない? ミミタレンさんしか分かってくれる人いないの?!」



「もうミミタレンさん好き~!」


【感無量!!】ミミタレン


 ん? 夢織がなにか騒がしい。

 そう思って後ろを振り返ってみるとスマフォを抱えてゴロゴロ転げまわっている。


「デヘヘへ……」

「?」


 しかも満面の笑顔というよりはだらしない笑顔で口の端からヨダレが溢れそうになっている。

 おい、ここ私の部屋やぞ。


 そんなに面白いトークだったか?

 まあいいか。




 ミミタレンさんは

 スパチャとはスーパーチャットの略で


 なぜか後ろで夢織さんが床を転がって悶絶している。


 もしかしてミミタレンさんの正体って夢織?!



 私がVtuberを始めた理由か……


 私は幼い時から話すのが苦手だった。

 凄く人見知りで初対面の人と話すのが怖い。


 保育園の頃、女の子はおままごと、男の子はヒーローごっこをしているのを眺めながら私は絵を描いていた。

 保育士さんはそんな私の絵をよく誉めてくれた。それが嬉しくて私はずっと絵を描いていた。

 今思えば周りに溶け込めない私を気遣ってくれていたんだと思う。

 そんな保育士さんが私は大好きだった。


 だから担任が変わる時、私はギャン泣きした。

 お母さんに怒られた。


 それから私の人生には色がついた。

 今まで私の話を聞いてくれる人なんていなかった。

 ただ私が好きな話をして、ゲームとかお絵描きとか好きな事をしているだけでみんなが喜んでくれる。

 私のどんなくだらない話も、皆は聞いてくれてこんなにも人生は楽しいんだという事を私は知った。


 そうしているうちに広告収入が入るようになった。

 お金を貰う以上、配信は仕事になったけど私のやることは変わらない。

 話したいことを話して、やりたいことをやる。

 私の話をこんなに聞いてくれるなんて生まれて初めてで楽しくて……こんなに楽しいことが仕事でいいのとさえ思う事がある。 


 だから配信は私の居場所。


 私の人生。


 そして気付いた。

 現実で人と話す必要なんてないことを。

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