VTuberとヴァンパイア~猟奇で陽気なヴァンパイア~

棚ん

一話 猟奇で陽気なヴァンパイア

 夜、コンビニの帰り道。

 私は吸血鬼に出会った。


「あーんアシュリーちゃんの配信おくれるじゃんか~」


 コンビニから自宅までの僅か数百メートルの間にある普段覗くこともない脇道。

 どうして今日に限って覗いてしまったんだろう。


 むせ返るような血の匂いの中、女の子が立っていてその足元で人が倒れていた。


 住宅街のとある狭い路地、倒れた人は男の人でその周りには血液らしき液体が広がっている。

 人が死んでる!

 咄嗟にそう思ったけど、苦し気なうめき声をあげて身じろぎをしたためまだ生きていることが分かった。


 よかった。

 生きている。


 そう思ったのも束の間、血だまりの中男の人の隣に立っていた女の子が男の人に急に馬乗りになった。


「もう! まだ生きてんの!」


 そう言うと血まみれの男の人に馬乗りになった女の子は、拳を振り上げ一気に男の人の顔に叩き込んだ。

 肉を叩く生々しい音に私の胸も叩かれたように心臓が飛び跳ねる。

 何度も何度もその拳は男の人に振りおろされ、その度に私の心臓が飛び上がっていつもの鼓動のリズムを狂わせてくる。


「ふぅ~」


 やがて倒れた男の人は動かなくなり、馬乗りになっていた女の子が満足げな顔で立ち上がった。

 汗をパーカーの袖で拭った彼女の手は真っ赤に染まっていて、指先から血がポタリ、ポタリと滴っている。


 早く逃げなきゃ。


 そう本能が警告しているのに、動いたら気付かれそうで動くことが出来ない。

 このままだと絶対見つかるのに……わかっているのに……

 

「あ、見られちゃった」


 最悪だ。


 自分とそんなに変わらない年齢の少女で暴力を振るうのに不向きな細腕。

 一見、こんな猟奇事件と関係ないように見えるが、この凄惨な現場を生み出した犯人はどう見ても彼女だ。


「ごめんね。見られたからには生かしておくわけにはいかないんだ」


 でも私は見てしまった。

 記憶が、言葉が、彼女が犯人だと言っている。


 待ち合わせに少しだけ遅刻した時のように軽く謝る彼女の口の隙間から異常に長い犬歯が見えた。

 彼女はヴァンパイアだ。

 見た目は人間とほとんど変わらないが、人間とは比べ物にならない程の怪力を誇り、今日のような暗闇でも昼間のように活動する夜の住人。

 知性を持ち、人の血液を食料として欲するその性質から、人との共存の道を選ぶヴァンパイアもいるけど人の法などお構いなしな不良ヴァンパイアによる殺人事件が後を絶たない。


 逃げないと……

 そう思っていても足が震えていう事を聞かない。

 なんで十年以上共に生きてきたはずの足が、最も必要とされるタイミングで私を裏切ってくるんだ。

 その場で歯をカチカチ鳴らす全く意味のない体の反応をしている間に彼女はゆっくりとこちらへ歩き始めた。


「ほら~潰しちゃうぞ~」


 わざとらしく拳を振り上げた彼女がゆっくりと手を私の顔に向けて近づけてきた。

 徐々に大きくなる彼女の赤い手はどうしようもなくヴァンパイアで、私のようなヒョロヒョロ女なんて軽く潰せる力を持っている。


 死にたくない!

 嫌だ!

 誰か助けて!


 恐怖でパニックになる中、ふと違和感に気付いた。


 彼女の着ているパーカーの前面部に見覚えのあるキャラクターが描かれているのだ。

 さらに思い出したのは私が効いた第一声。


『あーんアシュリーちゃんの配信おくれるじゃんか~』


 一か八か、その言葉に希望が見えた。

 私は意を決して声を絞り出す。

 普段は絶対使わない作られた声。

 だけど私が一番よく使っている声でもある。


「ァ…」

「ん?」


 緊張で張り付く喉を無理やりこじ開けて発した私の言葉に彼女の歩みが止まった。


【わたっ……わたし……アシュリー……です……】

「ん~と……」


 眉間にしわを寄せてガシガシと頭をかく彼女。


「あんたが巴アシュリーの中の人だって言ってんの?」


 失敗した。

 他人の前で声を作るのは初めてで生来のコミュ障が発動、喉に力が入りすぎてわかりやすいオカマキャラのような声になってしまった。

 だけどオカマになってしまったからには仕方がない。

 私は胡散臭そうに私を見る彼女に信じてもらうため必死に頭を縦に振った。

 脳が頭蓋骨の中でぶつかる感じがして頭が痛い。


「Vtuberの?」


 私は更に大きく何度も頭を振った。

 お気に入りの兎のワンポイントが入ったマスクがずれても関係ない。


「あははははは!」

「ひっ……」


 突然の高笑いに驚いてつい声が出てしまった。

 アニメとかでヤバいキャラがやる狂気じみた笑いそのものだ。


「死にたいの?」


 初めから知ってたけどやっぱりヤバい奴だった。

 ツインテールにした髪の毛がふわりと浮き上がり、灰色だった目が真っ赤に光る。

 それだけではない。

 歯を食いしばるようにしてむき出しにした吸血用の犬歯が目に見えて伸びている。


 昔見た番組によるとヴァンパイアの特徴をむき出しにするのは怒っている時らしい。

 幼い時から空気が読めない私にもとても分かりやすくて、空気を読む相手としては初心者向けだ。


 それは兎も角、まずい、怒らせた。

 でも私が生き残るにはこれしかない。

 声が裏返りそうになる気持ちを落ち着かせ、もう一度いつものように何時ものじゃない声を作り出す。

 これで最後だ。

 もしまた声が作るのに失敗したらマウントを取られてしまう。

 ネットでもリアルでもマウントを取られるのは嫌だ。


 大丈夫。

 この女は下級兵だ。

 私の部下だ。

 何時も話している相手と何も変わらない。


 私はそう自分に言い聞かせ、最後の声を出した。


「”巴アシュリーで~す”」

「え?!その声?!」


 反応は劇的だった、

 さっきまでの低く威圧するような声が急に年相応の女の子らしい声になった。

 目を見開きながら伸びていた犬歯が縮んでいく。


「アシュリーちゃんの初配信の時の動画タイトルは?!」

「Vtuberやらせてください、だね」

「合ってる! 殆ど再生されてない上にもう消されてアーカイブにも残ってないのに! え……えっとじゃあ!」


 まだ信じ切れていないといよりは、信じたいけど確信が持てない様子だ。

 私はそんな彼女に向けてスマートフォンを差し出した。

 街灯と街灯の間にある暗い道で浮かぶ赤い瞳にスマートフォンの光が移り込む。


「……ほ……」


 赤い目が真ん丸に見開かれていく。


「本物だぁ!!」

 

 私が彼女に見せたのはMeTUBEの私のチャンネルページ。

 チャンネル名は巴アシュリー。

 アイコンは軍帽を被ったホーランドロップと言う兎をモチーフにした白い垂れ耳の少女の絵。

 登録者数四十万人。

 今話題の人気VTuber、巴アシュリーとは私の事だ。

 ちなみに下級兵とは私の配信の視聴者の事である。


「あ! あの! これ!」


[image id="3390"]

 彼女がアピールするように自分のツインテールを血がつくのも気にせず左右それぞれを握って持ち上げた。


「この髪型!アシュリーちゃんの耳をイメージしてます!」

[/image]

「そ……そうなんだ~」


 信じてくれた。

 しかも予想通りかなりのファンの様子。

 彼女のパーカーは巴アシュリーの公式グッズの一つで、垂れ耳ウサギの獣人である巴アシュリーをモチーフにしたものだ。

 フードにはうさ耳が生えていて、胸の所には巴アシュリーを二頭身にデフォルメした絵がデカデカとプリントされている。

 整った容姿の彼女は見事に着こなしているが、あまりにも痛くてこれを外で着れる人はよほどのファンでないと不可能。

 そんなパーカーを着ている彼女が巴アシュリーのファンだというのは嘘偽りない本心なんだろう。


「やば~! 本物だ~!」 


 感情の行き場がないのか、ガッツポーズのようなぶりっ子ポーズでその場でトントントンと足踏みをし始めた。

 喜びのオーラが全身から溢れていてアシュリーが本当に好きなんだとわかる。


 手が血まみれだけれど。


 どうやら私がVtuberの巴アシュリーだと信じてくれたみたいだけど、この現場を見られることが彼女にとってどれほどのタブーなんだろうか。

 どうこうしようとした相手を見逃してくれるかどうかはわからない以上、なんとか誤魔化してこの場を離れなければならない。


「じゃあ……配信があるからこれで」

「あ! そうだよね! ごめんね引き留めちゃって」


 私はその言葉に上手くいったとホッと胸をなでおろしたが、次の言葉にまた心臓が飛び跳ねた。


「配信に遅れたら大変だから家まで送るよ!」

「っ!」


 どうこうはされなくても同行するつもりになってしまったらしい。

 直ぐに私を殺すつもりはないみたいだけど家の場所を知られるのは不味い。


「ほら、夜道物騒だから! ボディガード! ね!」


 ビシッと指さしたのは自分がボコボコにした地面に横たわる男性。

 頭が原形をとどめておらず完全に死んでいる。


「あんな奴いるし! あいつ不良ヴァンパイア!」


 説得力とお前が言うなは両立することを生まれて初めて知った。


「おっお願いします……」

 

 断り切れないのは彼女に対する恐怖からなのか生来のコミュ障だからなのか。


 こうして猟奇で陽気な一ノ瀬 夢織と、私、橘 柊花。

 ヴァンパイアをやっている彼女とVtuberをやっている女子高生が出会ったのだ。

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