四話 遊びに行こ!

「遊びに行かない?」

「……もう暗いよ」

「そうなんだけどさ~私ヴァンパイアだからさ~」

「あ……あ〜……」


 ヴァンパイアが日の光が苦手と言うのは本当なんだな。

 彼女達ヴァンパイアは日の光を浴びると皮膚が火傷してしまうというのは小学校で習う世間の常識だけど、ヴァンパイアと話したことがなかったから実感が湧いてこない。

 日の光をあびる時間による火傷の深さはたしか、


 十分、Ⅰ度の火傷、表皮のみの熱傷を起こす、痛みを伴うが赤くなるだけ。

 ニ十分、Ⅱ度の火傷、真皮におよぶ熱傷で、水ぶくれを形成する。

 三十分、Ⅲ度の火傷、皮下組織までおよぶ熱傷で皮膚が壊死し、痛みも感じなくなる。


 勉強できない私が高校生になっても覚えているくらいこの辺りはしつこく教えられる。

 何でこんなことを習うかと言うと、ヴァンパイアを殺す時は裸にひん剥いて外に三十分放り出したら殺せるということを教えるためだ。

 最近ではヴァンパイアの殺し方など義務教育から外すべきだという意見も出ているらしいが、ヴァンパイアに対する反発は強く、いまだ実現には至っていないらしい。


「レタバとかどう? レタバ!」

「うぅふぇ?!」


 え? レタバとか行ったら私浮きすぎて天に召されるよ?

 お洒落な人がリンゴのノートパソコンでカタカタッターン! してるところでしょ?

 陰キャな私が踏み入れてはいけない場所でしょ。


「変な声~」


 夢織が私の声を聞いてケラケラと笑いだした。


「前配信で言ってたじゃん。レタバ行きたいって」


 たしかにレタバはオシャレな人が集まる場所で一人じゃ怖くて入れないって言ったと思う。

 レターバックス略してレタバ。

 今も興味はある。

 甘いものは好きだし、よくクラスメイト達が帰りに寄っているのを目にするので気になっていた。 


 だが今の時刻は夜の七時、あたりはもう暗くなっている。

 こんな暗い時間に出掛けるのは怖いし、ヴァンパイアと外を出歩くとか命知らずもいいところだ。

 あとレタバはなんかお洒落な人がパソコン開いてなんかやってる所で、地味な私が行くようなところではない。


「配信もあるしまた今度に……」

「え?! 今日配信あるの?!」


 しまった。今日は配信休みの日だってアシュリーファンのこいつが知らないはずがなかった。

 なんでこんなわかりやすい嘘をついちゃったんだろう。


「ゲリラ配信?! ねぇ何時から?! 今日こそ一コメゲットするから教えて!」


 配信前に本人と会話してるのって一コメどころの話じゃないんだけど。なぜその競争心が湧いてくる。


「え~とっまだ決まってなくて……」


 私がそう苦し紛れに言う。

 すると夢織が何かに気づいたようにハッとした顔をした。


「!……ズルはよくないよね。一コメは正々堂々と取るべきだった」


 読めないのに言葉の裏を読もうとするんじゃないよ。

 一コメとかどうでもいいって。


「生配信?! 録画?!」


 不味い。本当に配信しないといけない空気になってきた。

 告知はしてないわけだから配信しなくても大きな問題にはならない。

 でも目をキラッキラさせて配信を喜んでいる夢織を待ちぼうけにするのは流石に心が痛い。


 ここまで来たら本当に配信するのも一つの手だけど、今日は配信ではまだ言っていない私のひそかな趣味の日だ。

 私の性格上一度始まれば配信をやめるタイミングを見失うのは絶対なので、できれば配信はしたくない。


 ……仕方ないか。


「……レタバ行く」

「え? 配信は?」

「やめた」

「え~」


 私の気分はドナドナさ。


「緊張してきた……」

「なんで?」


 顔がいい奴にはわからんだろうこの気持ちが。

 モデルみたいな綺麗な顔とスタイルしてるこの女はアシュリーパーカーも見事に着こなしている。きっと何を着ても似合っちゃうんだろう。

 それはつまり着ていく服に悩んだことがないということ。


 地味女の私はレタバに入る服など持っていない。

 なぜ行くことを了承してしまったんだろうか?


 夢織がいるからって私がレタバに入れないという事実が変わることはないというのに。


 私の服装は灰色のパーカーにGパンという鉄板コーデ、口にはウサギのワンポイントが入った黒いマスクを着けている。

 外出てから気づいたけど夢織もパーカー来てるからペアルックしてるみたいになってしまった。


 うわっペアルックしてるっという幻聴が聞こえる気がしてつい周りを見渡してしまうが、夢織は何も気にする様子はなく私の前を軽い足取りで歩いていく。

 夢織は私の服装について何も言ってこなかったけど、私の服装は変じゃないのか教えてほしい

 レタバの場所は私が通学に使っている駅のすぐ近くにあるため、道は凄く馴染みがある。


 ただ、今日のこの道は学校へ行く道ではなくてレタバに行く道だ。

 そう思っただけで動悸が激しくなって逃げだしたくなってくる。


 確かに私は興味があるといった。

 ケーキとか好きだし、いろいろトッピングできるらしいお洒落なコーヒーとか紅茶とか飲んでみたい。

 でも夢は夢だからいいのだ。

 私にとってレタバは眩しすぎて決して近寄ってはいけない聖域だ。


 そんなことをつらつらと考えているうちについにたどり着いてしまった。

 緑色の下地に女の人の絵のが描かれた看板。どうしようもなくレタバだった。

 看板の女の人が邪悪な魔女に見える。

 

「何飲む?」

「えっあっ……わっわかんない……」

「じゃあ入ってから決めようか」

「待って……心の準備が……」


 夢織はそう言うと私の手を掴んで店内へと歩き始めた。

 突然のことに私は抵抗する間もなく店内に入ってしまう。


 憧れだったお店、甘くて綺麗な食べ物とお洒落な人が集まる場所、その場所に私は足を踏み入れた。

 途端、頭がパンッという音と共に考えていたことが弾けたような気がした。


 皆私を見てる。


 お洒落じゃない私を。


 息が苦しい。


 胸が苦しい。


 見えてるのに目の前が分からなくなる。


 どうしよう。ごめんなさい。どうしよう。ごめんなさい。どうしよう。ごめんなさい。どうしよう。


「大丈夫、誰も見てないよ」


 手を強く握られて私はハッとした。そういえば手、繋いでたっけ。


「ほら、周りの人見てみて、ヴァンパイアの私を誰も見てないんだから人間の柊花のことを見てる人なんていないよ」

「……うん」


 

「じゃあ注文しよっか♪ ほら先ずはここでスイーツ選んで」

「……これ……」


 私は促され、ショーケースに入れられた様々なスイーツの一つを指さす。


「チョコパウンドケーキね、じゃあ次は飲み物だね」

「あ」


 夢織は私の手を引いてカウンターまで連れてきた。


「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりでしょうか?」

「店内で!」

「……」

「畏まりました。ではご注文をどうぞ」


「チョコパウンドケーキ一つとレアチーズケーキ一つ。飲み物はキャラメルマキアートでキャラメルソース少な目でバニラシロップ少な目で……柊花は?」

「えと……その……」


 何を頼めばいいのか全然わからない。

 コーヒーとかまともに飲んだことないのにコールドブリューとかユースベリーとか言われても想像すらつかない。

 お姉さんが待ってるし早くしないとという焦りもあって、聞いたことあるはずのメニューも全然わからない。


「ゆっくりで大丈夫だよ甘いの好き?」

「え?あ、うん」

「じゃあフラペチーノとかどう? 氷とクリームが混ざってて甘くて冷たくておすすめ」

「じゃあ……それで……」

「抹茶とかイチゴとかマンゴーとかあるけど」

「……イチゴ」

「大きさは?」

「Sサイズで……」

「ショートね」


 気づくと、夢織に促されるままあれよあれよという間に注文が終わって席についていた。

 目の前にはクリームの乗ったピンク色の飲み物とチョコパウンドケーキ。


「じゃあ食べよ!」


 思い返せば確かにお洒落で綺麗な人が多かった気がするけど、夢織程じゃなかった。

 皆私の方など見向きもせず、目の前に座る友人と話したり、ノートPCに何か打ち込んだり思い思いのことをしている。


「いただきます」

「……いただきます」


 フラペチーノは冷たくて舌に甘さが溶けていくようだし、チョコパウンドケーキもチョコの香りが口いっぱいに広がって文句なし。


「美味しい……」

「お、笑った!」

「?」


 そりゃ笑うでしょ。人間だもの。


「凄い緊張してたから心配だったんだよ~悪いことしたかなって」

「どういうこと?」

「配信で怖いって言ってたからさぁ」

「……大丈夫、美味しいから」


 空気読まずにずかずかと人の家までついてきたうえに上がり込んできたくせに、このヴァンパイアは人の顔色を存外見れるらしい。


「ここ来るの嫌じゃなかった?」


 そんな不安そうな顔するくらいなら最初からやらなきゃいいのに。


「まあ……悪くないかな……」

「そっか!」


 でも一人じゃ一生これなかっただろうし、このスイーツに免じて許してやるか。


 そう思うと、私の口数が不思議と増えてきて夢織と他愛のないことを話した。


「やっぱりサイズSとか言っちゃうよね~正直期待してた」

「あ、夢織が先にサイズ言わなかったのもしかしてわざと?!」

「ひっひっひぃ!」

「悪!その笑い方!」


「禿ちゃびんのオッサンヴァンパイアが求婚してきてさ~アタシまだ十七歳だよ?!」

「ヴァンパイアでも禿げるの?!」


「アシュリーはSNSとかやんないの?」

「DM凄いから速攻やめた」

「なるほど」


 時間はいつの間にか過ぎていて、注文していたものもこれまたいつの間にか無くなっていた。

 帰った時の時間は既に夜の十時、危うく補導されるところだった。


「じゃあまたね柊花!」

「うん……夢織……またね」


 入る時は怖かったけどまぁ……終わってみると大したことなかったなぁ。

 また近いうちに来よう。趣味の時間は持てなかったけどそう思えた。

 サイズ表記だけは許さんが。

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