第76話 お侍さん、感動する
ブランドンに別れを告げ、三人は街に帰還する馬車へと向かう。
「げっ、順番待ちかよ。疲れてんのにメンドクセーなー」
負傷者を優先して運んでいるらしく、乗車待ちの冒険者が長い列を作っていた。
「皆さまお疲れさまでした! 銀武器はこちらで回収しますので、到着後はそのままお帰りください! 報酬は後日ギルドにてお支払いいたします!」
ギルド職員と思われる集団が列の周囲を動き回り、大声で叫びながら銀武器を回収している。しばらく待っていると、こちらにも一人の男が近寄ってきた。
「はい、これ」
「……ありがとうございます」
職員はタイメンの差し出した"拳鍔だった
「魔物から奪った品なのだが、これは?」
黒須も銀剣を返却し、斧槍の処遇について尋ねる。
「戦場での取得物は魔石と同じ扱いになりますので、お持ち帰りいただいて結構です。ギルドでは買い取っておりませんが……街の武器商に持ち込めば、いい値がつくかもしれませんよ」
「そうか」
気に入ったため、もとより売却するつもりはない。持ち歩くには少々不便だが、魔法袋にしまっておけばいいだけの話だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、真ん中に座れ。お前が端にいると荷台が傾く」
「わーってるって。つかコレ、
「足を組んでれば大丈夫ですよ」
気を失った負傷者が山積みにされた荷台。疲れて果ててはいるものの、さすがに怪我人を押しのけてまで座るのは忍びなく、後ろ端で進行方向とは逆向きに腰を下ろし、横並びで足をブラブラとさせている格好だ。
そういえば、出発してから訊くのもなんだが…………
「ユリウス、お前も
「はい、伝令後は現場指揮官の指示に従うよう言われてますから」
ガタガタと荒っぽい音を立てて走る馬車に負けまいと、やや大きめの声量で返事が返ってくる。
タイメンを間に挟んだだけの至近距離でこの状態。おぞましい戦場から急いで離れたい気持ちは理解できるが、御者がいかに乱暴な運転をしているか分かろうというものだ。
荷台に背を預けるようにして座らされた負傷者の首が、壊れた羽子板のようにガックンガックンと上下に振れている。
…………この馬車が
「しっかし、コイツ以外にも特例昇格者がいたとはなー。
「どうでしょう? ボク、冒険者の知り合いってあまり多くないので…………」
順番待ちをしている間に自己紹介は済んでいる。
聞くところによると、彼も新人講習の直後に昇格を言い渡され、現在はEランク冒険者として活動しているのだそうだ。あの実力であれば当然と言えるため、特に驚きはなかった。
「あ、そっか。ユリウスもソロなんだっけ。オレも守人の仲間になる前はずっと一人だったんだぜ」
「海の魔境でソロ……。陸地とは別の意味で大変そうですね」
「そうなんだよ! あんまし沖の方には出ねーようにしてたけど、
ユリウスは当初、巨体の蜥蜴人が貴族だと知って、幾分か緊張した面持ちだった。しかし、タイメンが持ち前の社交性の高さを発揮し、『クロスとどんな関係?』『出身どこ?』『好きな食べ物は?』『耳触っていい?』などと、無遠慮にベラベラと話しかけるので、今ではすっかり気を許したようだ。
ちなみに、耳の件はやんわりと拒絶されていた。承諾されれば便乗しようと考えていたため、少し残念である。
「そういや、フランツとバルトって先に帰ったのかな?」
「一時間くらい前に丘の上で見かけましたよ。魔術師ギルドと入れ替わりで撤退命令が出たみたいです」
何気なく交わされたその会話に、黒須は僅かな違和感を覚える。
「お前、二人と面識があったのか?」
新人講習の際、仲間たちが観戦に来た時点でユリウスは気絶していたはずだ。走り込みで脱落した小娘以外の新人は、皆そろって訓練場の隅に転がされていたと記憶している。
「いっ、いえ、その────ボクが一方的に知っているだけですっ!」
視線を逸らして口ごもったかと思えば、畳みかけるような早口が続く。
「…………なるほどな」
ネネットとの模擬戦で、やけにあっさり倒されていたが……。
人遁術、
呼吸音がしなかったので、全く気配に気付けなかった。魔物との戦闘を避けるために自然と身についた技なのだろうが、やはり、ユリウスは
…………遁法や陰法だけでなく、陽法や足並十法でも覚えさせれば、忍者として大成しそうだな。
と、思った矢先。遥かに遠ざかっていた丘の辺りに激しい閃光が走った。
少し遅れて、ドォーン、ドォーン、ドォーンという雷鳴のような轟音が連続する。
「始まったみたいですね」
よく晴れた夜空を覆い尽くす光の
「はぇ〜……。こうやって見るとキレイなもんだなー」
────『
"
丘向こうに撃っているので炸裂する瞬間は目視できないが、それを差し引いたとしても圧倒的に美しい。
亡者を
ふと横に眼をやると、二人も瞳を大きく開けて夜空を見上げていた。まさに夢見心地、うっとりとした表情だ。
無筆の身では何も思いつかないが、もし歌とか俳句とかいうものをやっていたら…………こんな時に気の利いた、面白いことが
以前どこかの町で遭遇した
花火は好きだ。
流星、狂い獅子、七ツ傘、柳、五葉牡丹、花車。花火に重なる花火、爆音につづく爆音、滅茶滅茶な火の乱舞、光の狂射、色の躍り。
鮮やかな光をぶちまけて咲く、あの一瞬がいい。消えた後しんと静まり、いつもより広く感じる、あの空がいい。
「………………………………」
若かりし頃、どのような仕組みで打ち上げているのかがどうしても気になり、花火屋を訪ねたことがある。
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
「花火
火薬と
どっこらしょと、相手に聞かせるために発したようなわざとらしい掛け声。頭に巻いていたねじり鉢巻きを解き、やれやれといった風に汗をぬぐいつつ、無造作に置かれた大樽の一つに腰掛ける。
「俺ァてっきり、
「…………………」
煙火師が後ろ腰に隠していた
自分の口下手が原因なので文句は言えないのだが、
が、問答を続けるうちに『本気で花火に興味があるだけの変わり種』だと察してくれたらしく、出逢ったばかりの
「敵陣に撃ち込む
乾燥中と思われる"星"という名の粒を勝手に拾い上げ、くんくんと臭いを嗅ぎながら答える侍に、煙火師は呆れたような表情を浮かべた。
「俺らも世間様にゃ命知らず呼ばわりされる身分だけどよ、やっぱし、
「爆薬の上に座って平然としているあたり、そうでもなさそうに思えるが。ここらの樽は全部火薬だろう。この量、間違って点火すれば隣三軒もろとも粉微塵だぞ」
「……冗談でもよしてくんな。火事と黒玉は花火屋の
眉間に深い皺を刻み、苦々しく、吐き捨てるような口ぶり。不快さがありありと滲んだ言い方だった。
「火事は分かるが……。黒玉とは何だ?」
"橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし"
かの有名な玉屋の
「未練玉とも言うんだがな。打ち上げた花火が
「不発弾か……」
砲術を学んだ者なら誰でも
雨が降ると戦が長引くのはそのせいだ。多少の
それほどまでに繊細な代物。たまたま発火しない一発があったところで、非難されるような話ではないように思えた。
ましてや、町を追われるなど──────
「ンなことでかよって
「…………いや」
幼少からの酷使によって荒れに荒れ、もはや足の踵に近い触感の両手。定期的に小柄や短刀で皮を削っているが、いつしかほとんど汗は出なくなった。
「だろ? 大工だろうが百姓だろうが、そもそも本職ってのァ滅多なことじゃ手汗を掻けねえんだ」
男はこちらに
多くを語らずとも雄弁に分かる、長年使い続けてきた職人の手。幾度も火傷を繰り返したのだろう。その肉のひきつりは
「分かるかい?
"
「所詮、俺らァ気負いの稼業よ。こちとら恥晒して生きてけるほど
────たかだが花火の不発ごときを、そこまで絶大な恥辱とするとは。
「…………そうだな」
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
「おーい、起きろー。そろそろ着くぜー」
脇腹をツンツンと肘でつつかれ、ゆっくりと
………いかん、珍しい景色に気が逸れていた。
眼を閉じたまま永いこと考え込んでいたので、眠っていると勘違いされたらしい。戦場慣れするのも考えものだなと、黒須はふやけた気持ちを引き締め直した。
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