第73話 お侍さん、再会する
「総員、戦闘を中断して中央に集まれ!! 繰り返す! 総員、中央へ────!」
雑魚を相手に
広大な草原の端々にまで響き渡り、思わず耳を塞ぎたくなるような大音声。拡声の魔道具を使っているらしい。あれも使い所によっては有用な品だと思うのだが、声が大きすぎて、逆に相手との距離感が分からなくなるのが難点だ。
それにしても────
「…………ようやくか」
不愉快げに一言呟き、乱れた服装に視線を落とす。
返り血を浴びた着物は
実際、仲間だと思われたのか、何度も真横を素通りされた。どことなく小馬鹿にされたような気分になり、一匹残らず始末したが。
連中は嗅覚に頼って獲物を判別しているのかもしれないな────などと、どうでもいい考察をしていると、ドタバタ慌ただしい足音が近寄ってきた。
「クロス、何匹仕留めた? 見ろよ! オレ五十三匹だぜ!!」
こちらの返答を待たず、自慢でもするかのように膨らんだ皮袋がジャラリと眼前へ差し出される。もう鼻が麻痺してしまっているのか、あるいは死臭に慣れたのか。強烈な臭気を発しながらもタイメンの表情は明るかった。
「知らん。手柄にならん首の数など、いちいち数えていない」
「えっ!? お前、魔石は!?」
「……………………………」
途中から面倒になり拾っていなかったため、何体屠ったのか正確には分からない。ただ、フランツが知れば青褪めるだろうなと思うくらいの数を放棄したのは確かだ。
「強制依頼の報酬ってクッソ安いんだぞ! 魔石拾わなきゃ大損だろーが! ……おい、こっち見ろテメー!!」
強制依頼の報酬は配属される部隊と入手した魔石の数で決まる。しかし、ギルドに所属する冒険者のほぼ全員が参加するため、往々にして一人当たりの報酬は極めて安くなるのだそうだ。指揮官に活躍を認められた場合には多少の上乗せがあるらしいが、それを加味したとしても微々たるものなのだとか。
そもそも緊急で発令されるという状況が故に、依頼のランク自体も事後設定。そのため冒険者は強制依頼の危険度も、予測される報酬額も分からないまま参加する形となっている。
バルトの言葉を借りるなら『努力と成果が見合っておらん。普通に依頼を受けておった方がなんぼかマシじゃ』とのことだ。
事前にそう説明を受けてはいたものの────敵を斃すたびに腹を裂く手間が阿呆らしくなり、なんなら後半、再生しない死人と骨人は脚だけ斬って放置していた。
周囲に芋虫のような連中が大勢いるのはそのためだ。
「……そんなことより、ブランドンが睨んでいる。さっさと行くぞ」
ぎゃあぎゃあと口やかましく騒ぎ立てている大蜥蜴を無視して、黒須は集団の方へと足を急がせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「諸君、よく耐えてくれた。じきに援軍が到着するだろう。これより我々は仲間の遺体を回収し、この場から速やかに撤退する」
「最後の仕事だ! テメェら、気合い入れ直せ!!」
円陣を組んだ冒険者の中央で指揮官二人が采配を振る。
彼らの右隣には負傷者が三十名ほど座り込み、互いに傷口を洗ったり、水薬を掛けあったりして治療を施しているようだ。そして左隣には、負傷者と同数に近い死体が累々と横たえられていた。
「わざわざ遺体を持ち帰る? 撤退戦では荷を捨てるのが基本だぞ。敵を片付けてから迎えに来てやればいいだろうに」
円陣の外周で中央を覗くようにつま先立ちをしながら、黒須は率直な疑問を口にする。
当初二百いた兵のうち、三十が手負い、三十が討ち死に。馬車でもあれば話は別だが、残る百四十で運ぶには骨の折れる人数だ。
「────……フツーならそうなんだけどな。こんだけ
タイメンは視線を一点に縫い付けたまま、若干の間を空けてそう答える。死体の山を見慣れているわけでもないだろうに、その瞳には怯えや悲哀の色はなく、ただただ呆然としているように見えた。
…………まだ、現実味がないのだろうな。
初めて悲劇に直面した者は、一人の死には敏感だが、大量の死には鈍感になる。そのように残酷で、無残なことが身近で起こり
遠い砂漠の物語のように、遥かに
ところが戦後、ふとした瞬間に思い出す。何故あのとき自分は悲しまなかったのか、どうして涙を流せなかったのか。
思考と感情の矛盾は自己否定に繋がり、大きな傷となって心に残る。生き残ってしまってよかったのか、自分も死んでおくべきではなかったのか、と。
酒や女に溺れる者、抜け殻のようになってしまう者。その傷跡がどう精神に影響を及ぼすかは人それぞれだ。
「────おい、嘘だろ!? オリバー、目ェ開けろ! オリバー!!」
「あぁ、ちくしょう……! 誰か、コイツの最後を見た奴はいねぇか!?」
仲間の亡骸に
"滅びの美学"
年端もいかぬ
…………心の傷が癒えるまで、しばらく休ませてやるべきだな。
横眼でタイメンの様子を窺いつつ、フランツに休息期間を進言してみるかと思案していると────
「お、おい!」
「何だコイツ!?」
唐突に、円陣の反対側でざわめきが起きた。生き鎧が現れた際と酷似した状況に、全員が武器を構えて臨戦態勢に入る。
またかと地面に突き立てていた槍を引き抜いた矢先、人の壁を飛び越え、
不測の事態に皆がどよめく中、その物体はストンと、指揮官二人の前に音もなく着地する。
「────伝令です!!」
場違いに甲高い少年のような声が張り上げられたのと、ブランドンの振り下ろそうとした大剣が動きを止めたのは、ほとんど同時だった。
「あれは…………」
「ん? 知り合いかよ?」
「ああ、前に少しな」
あのふにゃふにゃと揺れる耳には見覚えがある。新人講習を共にした兎獣人、ユリウスだ。
しかし…………今見せた
さらに、単身で亡者の群れを走破しただけでなく、ブランドンの一閃もあえて避けなかった。相手の力量を理解した上で、太刀筋を完全に見切っていた証拠だ。
どうやら、しばらく見ないうちに劇的な成長を遂げたらしい。
あの凄まじい蹴りも────さぞや強靭になっていることだろう。
「…………………………」
ユリウスを見つめる黒須の顔には、
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
いつも拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。
短い上に、変な所で終わってスミマセン・・・・!
一話のつもりで書いていたら9,000字を越えてしまい、さすがに長すぎるので二話か三話に分割して投稿します。。。
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