第72話 お侍さん、手本を見せる

「さてはお前……蜥蜴人リザードマン巨人トロルあいの子か」


「いきなりなに言ってんだテメー!! お袋ならオレんちで会ってるだろーが!」


「何?」


 タイメンいわく、会食の席でピナと共に給仕をしていた蜥蜴人が彼の御母堂ごぼどうなのだとか。騎士たちから馬を預かり、追加の刺身を運んできてくれた、あの人物。


 一言も発さなかったので、てっきり男爵家の使用人だとばかり……


 それに大変失礼ながら、雌雄しゆうの見分けが全くつかなかった。頭髪はなく、体格や服装にもこれといった特徴はない。代官殿と比べて多少小柄で、鱗の色が若干薄かったような覚えがあるが、敢えて違いを挙げるとしてもそれくらいのものだ。


「いや、にしてもだ。たかが十二でその図体、納得がいかん」


「んなこと言われても……。まぁ確かにオレって、卵の頃からやたらとデカかったらしいんだよなー」


「た、卵? 蜥蜴人は卵からかえるのか?」


 蜥蜴である以上、卵生らんせいでも不思議ではない……のか?


 前に動物扱いして苦言を呈されてしまったので尋ねづらいが、そうなると自切じせつ、尻尾も生え替わるのでは────

 

「そーだけど……って、後ろ後ろ! 来てんぞっ‼︎」

 

「おっと」


 右手の槍を支柱にして、上体をさっと後ろへ反らす。眼前を大振りの拳が猛烈な速度で通過した。

 

 ……いかん、完全に気が抜けてしまっていた。


 柄を脇で挟むようにしてグルリと槍を半回転、遠心力を乗せた斧部を相手の横面へ叩き込む。生き鎧は拳を振り終えたばかりで体勢を崩していたため、そのまま横倒しに転倒した。


 胸のすくような清々しい手応え。これこそ柄物つかものの美点だ。全力で叩きつける際の爽快感は、やはり刀に勝るものがある。

 

 槍士の中には"槍は突くための武器である"と勘違いをしている未熟者もいるが、集団戦での槍は刺突よりも、こうして叩いて使うことの方が多い。この槍のように斧が一体となっている拵えは、実に理に適っているのだ。

 

「持っていろ」

 

 タイメンに槍を投げ渡し、縄を取り出してリビングアーマーを縛り上げる。壮絶な殴り合いによってすでに瀕死の状態だったのか、大した抵抗は受けなかった。


 ただし────


「もうこの手は使えんな」


 一体目に浪費してしまったため、これで縄は品切れだ。捕具として使うのに袖鎖そでぐさりでは短すぎる。このような魔物も多くいるのであれば、今後は鎖分銅くさりふんどうでも持ち歩くべきだろうか。

 

「あっ! 斧のトコ割れちゃってんぞコレ。せっかく手に入れたのにもったいねー」


 全力で振ったので当然と言えば当然なのだが、鉄兜に衝突した刃は大きく欠け、蜘蛛の巣のような亀裂が全体に広がってしまっていた。


「捨て置け。まだ代わりはある」


 油を受け取って火を放ち、タイメンが投げ捨てていた二本目の斧槍を拾い上げる。幅広剣ブロードソードには愛着が湧いているので荒く扱う気はないが、拾ったばかりの槍や銀武器など、どうなろうと別に構わん。


 敵が沈黙したのを確認し、魔石を回収しつつ周囲の戦況に視線を走らせる。


 ブランドンは二体を仕留め終え、三体目と交戦中だ。他の生き鎧にも冒険者が群がり、苦戦はしているものの助太刀が必要なほどではない。


 むしろ長時間の連戦が祟っているのか、続々ぞくぞくと押し寄せる屍人や骨人と戦う先発隊が劣勢を強いられている。


「…………………………」


 ヘルマンは魔力が回復するまでの時間稼ぎをしろと言っていた。恐らく何か奥の手があるのだろう。であれば、ここは味方の数が減らないよう立ち回るべき場面。助けに入るならこちらの方か。


 瞬時にそう判断し、キョロキョロと所在なげに辺りを見回している大蜥蜴に向き直る。


「いいか、小僧」


「誰が小僧だ!!」


「……いいか、タイメン。これから先発隊の加勢に入るが────」


 年齢の件を知り、黒須はタイメンに対する評価を再度改めた。その歳であれば未熟も当然、武人としての下地が整っていないだけだ。


 "啄木鳥きつつきの子は卵から頷く"

 現時点でこれだけの武威を誇るのであれば、それこそ破格の部類に入る。大成する人物は大器晩成と栴檀双葉せんだんふたばに別れると聞くが、タイメンは明らかな後者。いわゆる麒麟児きりんじという奴に違いない。腑抜けと断じたのは早計だった。


「その有様では武器はお釈迦だろう。俺のを使うか?」


 右手に斧槍、左手に銀剣を差し出しつつ尋ねる。タイメンの拳鍔ナックルダスターは見るも無残に潰れ、すでに武器としてのていを成していない。


「いや、槍なんか使ったことねーし、その剣オレが振ったら一発で折れちまうだろ。効くかどうか分かんねーけど、とりあえずこのまま戦ってみるわ」


 タイメンは両の拳をガンガンと打ち鳴らし、歪な形の拳鍔を平らに整えた。


 …………あんな得物でも、無いよりはマシか。


 まともな武器を持たずに戦うなど正気の沙汰ではないように思うが、丸腰で刀剣と渡り合う武芸者も大勢見てきたため、徒手格闘そのものを否定するつもりはない。


 黒須家においても次兄が組討術の達人だった。


 甲冑同士の戦闘では一刀両断など滅多に起きず、十度に七度は揉み合い掴み合いになる。そのため組討は武士の必須技能と言えるのだが、鎧を着込んだ状態の兄上にはついぞ一度も勝てたことがない。とにかく具足の扱いにけている上、異様なほど力が強く、組み伏せられたまま丸裸に剥かれてしまったこともあった。


 要するに、無手でも十分に戦えるのだが────……


「……殴るにしても場所は選べよ。先ほどのような殴り合いは素人の喧嘩と変わらんぞ」


 これまでの戦闘を見る限り、タイメンには武術の心得がない。生まれながらの強靭な肉体でもって本能的に暴れているだけだ。


「場所? 急所を狙えって意味か?」


「そうだ。お前も武芸者を志すのであれば、敵を倒すためではなく仕留めることを意識しろ。人体は頑丈にできている。鍛錬を続けた武人であれば尚更な。殴り殺すには大変な手間が掛かるものだ」


 これほど育て甲斐のある人材は滅多におらず、指南の言葉にも自然と熱が入る。


「そりゃなんとなく分かってっけど……。屍人あいつらの急所ってどこよ? 顔?」


「都合よく練習相手は大勢いる。少し、手本を見せてやろう」


 槍を地面に突き立て、屍人の群れへ歩み寄る。集団から数匹が飛び出して向かってきた。


「まずは当身で動きを止める。狙うのは正中線の急所。顎、喉、水月、金的だ。どれを叩いても構わんが、正面ではなく斜め下から打ち込め。その方が効く」


 人差し指から小指、四指の関節を屈折させ、平拳ひらけんで相手の喉を殴りつける。グシャリと喉仏が潰れる感触。くぐもった呻き声が上がった。


「これらを不意に打たれると敵は一瞬硬直する。その隙を突いて組み付き、ここからさらに戦力を削ぐ。一番に狙うべきは眼玉だ」


 素早く背後へ周って首を締め上げ、右手の親指を眼球に。グリグリと掻き回してやると、屍人は喉も張り裂けんばかりに絶叫した。


「うわ……っ!! おいマジか……!?」


 嫌がるように伸ばされた手を払いのけ、躊躇うことなくもう片方も潰す。この様子から察するに死人ゾンビ骨人スケルトンと違い、多少なりとも痛覚は残っているらしい。


「慣れないうちは必ず親指を使え。他の指だと折られてしまうことがあるからな」


 バタバタと暴れる相手の背におぶさるようにして地面へ組み伏せる。背中から馬乗りになってやれば、後は煮るなり焼くなり、思うがままだ。


「敵が素人の場合はこれでほぼ無力化できるが、武芸者であればここまでやってもまだ足掻あがく。お前の巨体を跳ね除けられる者などそうはいないだろうが、気は抜くなよ」


 両腕で抱え込むように頭部を掴み、相手の首に力が入る前に勢いよく回す。ゴキリと頚椎がへし折れる鈍い音が聞こえた。


「絞め殺してもいいが、くびを折る方が早くて確実だ。最後にとどめを刺すことを忘れるな」


 立ち上がって土にまみれた着物を払いつつ、後頭部に向けてかかとを踏み抜く。茶碗を砕くような感触と共に、屍人はピクリとも動かなくなった。


「そら、すぐに再生して起き上がるぞ。次はお前がってみろ」


「────いやっ!! ムリムリムリムリッ!!!!」


 前に突き出した両手を忙しく振り、不快感をできるだけ表したいと努めているかの如き表情。全身の鱗は膨らんだように逆立ち、取り乱した口調も僅かに震えている。


「……何故だ。お前、さっきは平然と殴り殺していただろう」


「そ、それとはなんか違うじゃねーか! 目ん玉潰すとか────いくら魔物相手でも、やり方がエグすぎんだって! 罪悪感っつーか、なんつーか……分かんだろ!?」


「分からん。猿の頭は握り潰せるのに、屍人が相手だとどうしてそうなる」


「猿は猿だろ!! コイツら、元はオレらと同じ冒険者だぞ!?」


「知ったことか。敵は敵だ」


 通常、罪悪感とは距離に比例するものだ。素手よりも剣、剣よりも槍、槍よりも弓、弓よりも鉄砲……遠ければ遠いほど罪の意識は希薄になる。だからこそ、覚悟のない農民兵には三間五.五m槍を持たせるのだ。


 そういった連中が敵を憐れみ、良心の呵責かしゃくさいなまれるのは理解できる。しかし、タイメンは普段から頻繁に素手で戦っている上、曲がりなりにも貴族の跡取り息子。民を守護すべき護国の兵に、そのような道徳心は必要ない。


 自分のものを護らなければ、いずれ人のものになる。土地や財、家も国も全てだ。それこそが世の原理原則であり、絶対不変の真理。


 フランツの不殺の信条といい……どうにも、この国の者はいびつな思想を抱えているように思えてならない。平和な国で日々を安寧に過ごしていると、自然界の掟すら忘れ去られてしまうものなのだろうか。


「憐れむのであれば死に恥を晒している今の姿を憐れんでやれ。さっさと逝かせてやるのが情けというものだ」


「殺すにしてもやり方があんだろって話をしてんだよ! わっかんねーヤツだな!!」


「自分を喰い殺そうとしている相手にそんな綺麗事が通じると思うのか。ここは戦場だぞ。世間知らずも大概にしろ」


 価値観の異なる者同士、不毛な論争は尽きることがない。喧嘩腰の会話が続いている間に、周囲を屍人の群れに囲まれてしまった。


「……もういい。話はこいつらを片付けてからだ。好きに戦え」


「言われなくてそうするっての!!」


 二人して八つ当たりでもするかのように敵を蹴散らして暴れ回る。意見はまるで合わないが、腹を立てると破壊衝動に駆られる点は共通しているらしい。


「…………………………」


 縦横無尽に槍を振りつつ、聞き分けのない腕白坊主をどうしたものかと頭を捻る。ああだのこうだの屁理屈を並べ立てているものの、結局は"敵に対する罪悪感"をどう克服するかという問題だ。


 …………帰ったらあれを試してみるか。


 黒須一門の若侍わかざむらいを対象とした胆力鍛錬法の一つに"熟柿じゅくしノ業"という修練がある。仰向けに寝転んだ者の眼球の上に熟した柿の実を置き、そこへ指を突っ込む。悲鳴を上げ、もがき苦しむフリをする相手を力ずくで押さえつけ、見事柿の実を潰してみせよという内容。


 はたから見れば下らぬ飯事ままごとに思えるが、何度も繰り返していると、これが意外に効果的なのだ。


 アンギラの市場にも唐柿からがきに似た"とまと"なる野菜が売っていた。マウリが好んでサラダに使うため、拠点にもいくつか備蓄があったはず。


 練習台には────やはり、フランツが最適か。


 敵を殺さないという信念はさておきとして、いざという時に躊躇わぬよう、訓練だけでもしておいた方がいい。理由は知らないが、近頃のフランツは妙にやる気に漲っている。巨体のタイメンを相手にすれば寝技を鍛えることにも繋がり、一石二鳥だろう。


 さっそく明日の鍛錬に取り入れようと決め、魔物の群れに意識を戻す。








 この時の黒須は、仲間と再会できる未来を信じて疑っていなかった。

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