第71話 お侍さん、衝撃の事実を知る

「さてさて……」


 落ちていた槍を拾い上げ、お宝の査定でもするかのようにしげしげと観察する。


 約八尺二.五m、残念ながら長槍と呼べる代物ではない。が、軽い割には頑丈そうなこしらえだ。穂先の左右にはそれぞれ斧と、鎌に似た鉤部かぎぶが備え付けられている。握ったつかの形状は真円ではなく、楕円形。刃の角度が手の感覚だけで分かるよう、敢えてこのような造りになっているのだろう。


 "突けば槍、払えば薙刀なぎなた、引けば鎌"

 初見の柄物つかものだが、よく考えられたいい武器だ。差し当たり斧槍おのやりとでも名付けようか。


 さっそく手に慣らそうと身体の前後で槍を振り廻しつつ、足元で白煙を上げている敵の姿に眼を向ける。炎の消えたリビングアーマーは光沢を失い、見るからにボロボロといった風情。


 ただし────


「……死んでいるのか?」


 元より生身の相手ではないため、一見して生死は不明。ピクリとも動かないが、劫火に巻かれても悲鳴一つ上げなかったことを考えるに、屍人のように何事もなく立ち上がってくることも十分あり得る。


 確かめてみるかと、土下座のような体勢になっている鎧の肩につま先を引っ掛け、仰向けに転がそうとした────途端、予想外のに、勢い余って蹴り上げてしまった。


「!?」


 大きく宙を舞った生き鎧は背中から地面にぶつかり、くしゃりと、紙風船が潰れるような乾いた音を立てて粉々に砕け散る。あれだけ重厚だった鎧が、あたかも最初はなから砂や灰でできていたかのような呆気なさだ。


 魂の抜けた肉体は生前よりも軽くなると聞くが、これは…………?


 不意の出来事に眼をパチクリしながら、変わり果てた鉄屑の山へ歩み寄る。そこには焼け焦げた縄と、拳大こぶしだいの魔石だけが埋もれるようにして残されていた。


「「「「「うおぉぉぉ────っ!!!!」」」」」


 遠巻きに観戦していた冒険者から一斉に歓声が上がる。なんとも拍子抜けする幕切れだが、どうやらこれで終幕しまいらしい。


「オイ、やったなクロス!」


「強えって評判は聞いてたけど、お前すげえな! 一人で勝っちまうなんてよ!」


「よっしゃ! 俺らも負けてらんねぇぞ!!」


「……………………」


 随分と馴れ馴れしいが、誰だ、こいつらは。


 武器を持ったままバシバシと背中や肩を無遠慮に叩かれ、いささか機嫌が悪くなる。目に余る無礼に文句の言葉を口にしようとした、その矢先。


「ゴルァアアアァァ────ッッ!!!!」


 鼻息も荒く息巻いていた連中がしんと静まり返るほどの砲声。立て続けに金属を打ち付ける鋭い音が響き、その場にいる全員の視線が一箇所に集まる。


「しッつけーんだよ!! いい加減倒れろテメーッ!!」


 相手の槍を奪い取ったタイメンはそれを遠くへ投げ捨てると、生き鎧と正面切っての殴り合いを始めたのだ。


 敵の鎧はあちこちがベコベコに凹んでいるが、タイメンの銀武器もまた同様。尖っていたはずのびょうは潰れ、すでにただの銀塊になってしまっている。


「オラァ────ッッ!!」


 腕を振り上げ、腰が回り、唸る拳を相手の顔面めがけて全力で振り抜く。物を遠投するときのような体重の乗った殴打だ。


 対して生き鎧は正拳突きのような小さな挙動。タイメンの背中のうろこが弾け飛んでいるところを見るに、素手でも発勁は使えるらしい。


 殴り、殴り返され、また殴る。血飛沫ちしぶきが舞い、豪音がとどろき、目まぐるしく攻守が交代する。


「何だよあれ……。Bランクと殴り合いって、イカれてんのかアイツ」


「見ねぇツラだな。誰だ?」


「よその街から応援で来た冒険者だろ。アンギラに蜥蜴人リザードマンの拳闘士なんかいねーよ」


「いや、こないだエリオの店でバルトと一緒にいるとこ見たぜ。守人もりびとの仲間なんじゃねえか?」


「また増えたのかよ!? フランツの野郎、凄腕ばっか集めてやがんな……」


 口々に褒めそやす声が耳に届いたのか、タイメンの拳に勢いが増す。たしかに、素人のど突き合いと違ってそれなりに見応えはあるのだが────……


「おい、いつまで遊んでいる。大鎧などと正面から打ち合うな。時間の無駄だ」


「つってもオレ、ロープとか使えねーもんよ!!」


 口から鮮血を撒き散らし、へし折られた牙を剥き出しにして、吠えるような返事が返ってくる。


「力も重さもお前が上だ。引き倒してさっさと潰せ」


 以前から思っていたがこの男、せっかくの怪力を活かし切れていない。徒手格闘とは当身あてみなどの打撃技よりも、締め技や極め技、投げ技の方が敵を仕留めるのに向いている。


 ここは戦場で、やっているのは殺し合いだ。角力取すもうとりでもあるまいに、わざわざ同じ土俵で力比べをしてやる必要はない。


「んなこと言ってもコイツ頑丈すぎ! 全然効いてねーんだわコレが!!」


 そうこうしているうちに生き鎧が反撃に出た。タイメンの首に腕をかけて持ち上げ、頭から地面に叩きつける。


「ぐへェ!」


 角の生えた後頭部が激突し、その衝撃で首がおかしな方向に曲がったように見えた。


 お手本のような"首投げ"。魔物あいての方がよほど格闘戦というものを解っている。


助勢じょせいは要るか?」


 武芸者にとって戦場いくさばでの助太刀は死に値する汚名。しかし、このままでは本当に殺されかねん。


「お、お願いします…………」


 こちらからの問い掛けに、タイメンは間を空けることなく弱々しい声で即答した。そして同時に、黒須はわずかばかりの落胆を覚える。


 …………なるほど。これは心胆を鍛え直さねば、どうにもならんな。


 厚顔無恥こうがんむちは言い過ぎになるかもしれないが、恥を恥とも思わぬ、助けてもらうことが前提の弱音。あの時の言葉の真意がようやっと腹に落ちた。


『私も愚息も根っからの海男です。ナバルの海は我々に多くの恩恵を与えてくれますが、決して人に優しくはない。船乗りにとって、危険は日常茶飯事なのですよ。中でも遠洋漁業は命懸けの船旅に近く、冷静さを欠いた者から命を落とします。私は息子に、何があっても動じない強い男になって欲しい。どうか、よろしくお願いします』


 代官殿は息子の本質を見抜いた上で、これを危惧きぐしておられたのだろう。


 タイメンには、命を捨ててまで戦うという覚悟がない。度胸はある。身体は立派。力も強い。だが、何よりも精神こころが弱いのだ。


 どれだけ才覚に恵まれていようとも、それでは宝の持ち腐れ。


 "人の上に立つべき者は、不動明王と愛染明王の如くあれかし"

 土壇場で一歩前に出られぬ者に続く臣下などいはしない。臣下から信頼されぬ者に得られる人心などありはしない。


 いざとなれば危険をかえりみず、損得を度外視できるその性根しょうね、その気概きがい。それこそに人はせられる。


 要するに、跡継ぎに足る器に達していないと判断されているのだ。


 現時点では武芸者と呼ぶにも値しない、半人前の未熟者。大負けに負けてその評価が妥当だろう。


「……退いていろ」


 小さな嘆息を一つ、黒須は前に出て槍を構える。


 豪放磊落ごうほうらいらくな振舞いや血気盛んな性格から、一端いっぱしの武人かと期待を寄せていたのだが……。少々、高く見積もり過ぎたか。本能のまま勢いに任せて戦うなど、わっぱの喧嘩も同然で…………?


 ────そういえば。バルトを含めた三人で街を散策していた際、タイメンは妙なことを口にしていた。


『アンギラは王国でも有数の大きさを誇る巨大領地じゃからの。領内に迷宮を三つも抱えとるのはここだけじゃ』


『はぇー……。それって、?』


 あの時は疑問に思わなかったが、これだけ魔物に詳しく、冒険者としての知識に深いこの男が"自国の迷宮の数を知らない"などということがあり得るのか?


 言行の不一致といい、何かがずれているような、釈然としないちぐはぐ感。思い返してみれば、他にもいくつか違和感はある。


 まともに馬に乗れず、貴族の息子なのに敬語どころか礼儀作法すらままならない。あの過保護な男爵がその程度の教育をおこたるか?


 領主の顔を見たのは幼い頃にナバルで開かれた進水式での一度きりだと言っていた。レナルドとラウルの東奔西走が始まったのは十五の成人を迎えてからという話だ。レナルドはどう見ても二十を少し過ぎたくらいの年頃。つまり、辺境伯が僻地に足を運ばなくなくなったのは、ここ数年のはずではないのか?


「────時に、タイメン。お前、歳はいくつだった?」


「あん? えーっと、十一歳かな。あれ、待てよ? 今年で十二だったかも」


「…………………………」


「オレたちゃ人族と違ってイチイチ歳なんか数えねーからなぁ。つーか、何で今そんなこと聞くんだよ?」


 相槌も打てないほどの衝撃に絶句し、思わず思考が停止する。


 マウリやサリアの年齢を訊いたときにも驚いたが、まさか、この図体で、元服にも至っていないとは────


 黒須は猛然と疾走してくる生き鎧には眼もくれず、口を開いたまま、キョトンとした表情の大蜥蜴をしばし見つめた。

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