第69話 お侍さん、いい物を発見する

「これ預かっとくかんな! 他に予備とか持ってねーだろうなお前!?」


「……それだけだ」


 フランツたちの稽古相手にはどの屍人がいいかと品定めしていたところ、タイメンに縄を奪われてしまった。単純な力比べでは分が悪い。


 この程度の魔物であれば腰に巻いた帯革ベルトでも十分拘束できるが、ここまで嫌がるのなら断念した方がいいか。


 渋々と地面に突き立てた剣を引き抜いて鞘へ納め、小腹が空いたので兵糧袋から堅焼きパンを取り出して齧る。以前、迷宮で仲間たちが食べ残した物をいくつか仕舞っておいたのだ。


「…………お前、ここが戦場だってことくらいは分かってんだよな?」


 ボリボリとパンを噛み砕く黒須をブランドンは呆れたような顔で眺めた。


「だからこそだ。腹が減っては戦ができぬ」


 戦陣食での腹ごしらえは空いた時間に手早く行う。本来はほしいいもち、炒った生米などが好ましいが、この国に来てから米を見掛けた試しがない。携帯に便利な兵糧丸ひょうろうがん味噌玉みそだま、忍どもが使う飢渇丸きかつがん水渇丸すいかつがんは作り方を知らん。


「この臭いの中でよく食えるよなー。……いや、いらねーって。オレそれ嫌いだし」


 一つどうかとタイメンに差出したが、迷惑顔で断られてしまった。いつ終わるかも知れない戦場では食える時に食い、寝れる時に寝るべきなのだが…………。


 日本の合戦場であれば、商人どもが見物がてら雑炊の屋台を出したりもするが、アンギラの住民は全員避難したとフランツが言っていた。戦況が落ち着いたところで温かい飯など望むべくもないだろうに。


「………………」


 しかしこの堅焼きパンという食い物、腹持ちはいいが口内の水分を全部持っていかれる。黄粉きなこでも食ったかのように口の中がパサパサだ。


 水筒に手を伸ばしかけ、そういえば随分前に飲み切ってしまったことを思い出す。仕方なく懐から取り出した小瓶を傾けて喉を潤していると────唐突にブランドンが慌て声を上げた。


「おいっ!! 後ろ────!」


「分かっている」


 背後から飛び掛ってきた屍人を逆手で抜いた銀剣で斬り払う。噴き出る鮮血を潜るようにして躱し、続けざま右側に接近していた死人の両腕を切断。返す刀で首を落とした。


「…………文句言ってたわりに使いこなしてやがんな」


 そろそろこの剣にも慣れた頃合だ。豆腐を扱うように優しく握り、氷柱つららを扱うように軽く振れば、よほどの無理をしない限り折れることはないだろう。


「って、ちょっと目ぇ離した隙にお前は何してんだ!」


 振り向けば、タイメンがふらふらと浮かび漂う火の玉を捕まえようと追いかけ回している所だった。


 夢中になって鞠のようにピョンピョン跳ねるその姿。『玉や、玉や、吹けば五色の玉が出る』と唄いながらさぼん玉を売り歩く行商人へ群がる童子によく似ている。


「それは何だ。人魂ひとだまか?」


 タイメンは浮遊していた火の玉を乱暴に掴み取り、そのまま握り潰した。てのひらから水を出したらしく、熱された刀を焼入れするような音が鳴る。


「あちちっ……。鬼火ウィル・オ・ウィスプって魔物だ。水掛けるだけで死ぬ雑魚だけど、自爆特攻して来るから気ぃつけろよー」


「聖水使えや!! 馬車ん中で配っただろうが!!」


「こんなん相手なら素手の方が早えーって」


 黒須たちは銀武器と共に、小瓶に入った水を受け取っていた。不死者に浴びせ掛けるか武器を濡らして使えと言われていたが、使い道がようとして分からず、毒気も感じなかったので────


「ていうかコイツ、さっき聖水ソレ飲んでやがったぜ?」


「うまい水だな」


「……よぉーし、分かった。お前ら本物の馬鹿野郎なんだな?」


 ブランドンは顔を真っ赤にして額にむくむくと青筋を這わせた。まるで茹で蛸だ。


「つーかお前、水筒空っぽなら早く言えよ。入れてやるから貸せって」


「いや、要らん」


「…………なぁ、何で毎回断んの? ちょっと傷つくんだけど」


 フランツたちはいつも平然と飲んでいるが、黒須はタイメンによって生み出された水を口したことは一度もない。魔術であるとは知りつつも、他人が汗や小便のように放出した液体で喉を潤す神経が理解できないからだ。


「それにしても」と、取って付けたような言い方で話題を逸らす。


「不死者とやらが厄介なのは分かったが、この程度の数であれば街に着くまでに殲滅できるのではないか?」


「こんな雑魚ばっかならそうなんだけどよ……。お前ら、吸血鬼ヴァンパイアって一匹でも見たか?」


「オレは見てねーな。クロス、お前は?」


「そもそも吸血鬼がどれか分からん」


「…………」


 ブランドンは腑に落ちないという風に首を傾げたが、それ以上尋ねようとはしなかった。


「何か気になることでも────」


「突破したぞっ! 今のうちに突っ込め!!」


 いつの間にやら先発隊との間にいた敵は討ち滅ぼされ、冒険者たちはこちらを待たずに走り出していた。黒須たちも眼を見合わせて後を追う。


「ブランドン、早かったな」


 集団の中央まで進むと、仁王立ちのヘルマンに迎えられた。


 いつもの質素な格好ではなく、派手な深紅の鎧に身を包み、背丈を超える程の細長い銀の棍棒……いや、戦棍メイスという武器だったか、を手にしている。


 周囲には負傷者と思われる者が何人か座り込んでいるが、流石に冒険者ギルドの長というだけあって疲れの色は毛程も見せず、威風堂々、毅然として落ち着いた様子だ。


「ギルマス、状況は?」


 ヘルマンは不快げに敵勢を睨みつけると、顎に手をやって一瞬考え込むような仕草を見せた。


「今回の大量発生スタンピード、何か妙だ。屍人が異常に多いにも関わらず吸血鬼は下位個体レッサーばかり。あんな下等種カスにこれだけの数を使役できるはずがない」


 戦場という状況もあってだろうか。普段の気取った口調は鳴りを潜め、神経質な尖った声だ。吐き捨てるように言った"下等種"の部分が特に尖っている。


 誰一人として気にする素振りも見せないことから察するに、こちらの方がこの男のなのかも知れない。


「下位個体は何体いたんで?」


「すでに四、五匹はしている」


「たったそんだけですか。そりゃたしかに妙だ」


 二人のやり取りを聞いていた冒険者が一斉に深刻な雰囲気になったが、一体何が妙なのかさっぱり分からず、黒須は説明を求めるようにタイメンに眼を向けた。


「いや、オレも詳しくねーけどな。下位の吸血鬼って屍人五匹使役するぐらいが精々らしいんだよ。今回二千体の群れって言ってただろ? 全部が屍人じゃねーけどよ、普通に考えりゃ数が合わねーんだ」


「敵軍が想定より弱いという意味か? 朗報ではないか」


「吸血鬼ってのは上位個体ほど悪知恵が働くからな。何かの罠ってこともあり得るっつー話だろ」


「罠……? 魔物がか」


 黒須の見る限り、敵の布陣に軍学の気配は全く感じられない。むしろ最悪手と言われる横並び。戦線を伸ばし過ぎている。


 とてもすいがいるとは思えんが…………


 野戦において陣形とは動く城である。本丸としての本陣があり、二の丸、三の丸などに相当する複数の部隊が周囲を固め、城壁や城門の役割までも果たす。指揮を執る意志が存在するのであれば、帥を護るべく臨機応変に機動するのが常道のはず。


 本丸の位置を悟らせぬよう、敢えて不規則に展開する戦法もあるにはあるが、それは数に不利がある場合や劣勢に立たされた終盤戦にこそ効果を発揮する兵法だ。


「何にせよ、一度負傷者連れてあそこの丘まで引いてください。俺らが代わりに戦線を張りますわ」


「勘繰っても時間の無駄か。分かった、ともかく今は────……何事だ?」


 集団の後方がにわかに騒がしくなった。黒須の位置からは人混みで見えないが、ざわめきは徐々に悲鳴へ変わり、ついには絶叫に近い大音声になる。


「何か見えるか?」


「なんか、黒っぽいのが────」


 背の高いタイメンならば見通せるかと尋ねてみたが、その返答は猛烈な衝突音によって遮られた。同時に、群衆の頭上に血飛沫を撒き散らしながら三人の男が放り上げられる。


「「「〜〜〜〜〜〜!!」」」


 さらに二発、三発と、立て続けに人が舞う。冒険者だけではなく、死人や骨人も諸共もろともだ。


「なっ、なんだッ!?」


「吸血鬼か!?」


「どうなってやがる!!」


「ちくちょうっ!! 何人やられた!?」


 "狂瀾怒濤きょうらんどとう"

 細切れになった肉塊と臓物が雨のように降り注ぎ、冒険者たちは瞬く間に恐慌状態に陥った。


「────ッ!! リビングアーマーの群れだ!!」


 血を浴びながら現われたは、一見して騎士によく似た姿をしていた。


 漆黒の全身甲冑に槍と斧を掛け合わせたような長柄の武器、身の丈はタイメンに引けを取らず、擦り切れた腰布をたなびかせて悠々とこちらに向かって歩いて来る。槍先を揃えて整然と行進する様子は武人然としていて、見掛けだけではなく練度も高そうだ。


 ……こんな魔物もいるのか。


「総員傾注────ッッ!!!!」


 蟻の巣を踏みつけたような大混乱の中、ピーンと耳をしびらすような大声が辺りいっぱいに炸裂し、全員の視線がヘルマンに集まる。


「先発隊は周囲の敵を足止めしろ! 負傷者は中央へ固まれ! ブランドン、私の魔力が回復するまで時間稼ぎを頼む!」


「増援組は左右を警戒しつつ俺に続け!! アイツらにゃ斬撃は効かねえ! 打撃武器を持ってる奴が前衛だ!!」


 どの程度の時間を戦っていたのかは知らないが、ヘルマン率いる先発隊は明らかに疲弊している。即断即決、悪くない判断だ。


「タイメン、あれはどんな魔物だ?」


「Bランクの不死者アンデッドで……たしか、怪力とバカみてーに硬い防御力が特徴だったかな。名前の通り動く鎧だ。中身は空っぽらしいぜ」


「…………………」


「おい、なんだその顔。何考えてんだお前」


「あの槍、。一本欲しい」


「盗賊かよ! ……まーいいや。じゃーそろそろ、オレらも本格的に暴れっか?」


おう


 鮫のような歯を剥き出しにして、ニンマリと獰猛に笑うタイメンに破顔して返す。つまらん相手に飽き飽きしていた二人は、魔物の群れに向かって猛然と突撃した。




 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


 いつも拙作をお読み頂き誠にありがとうございます。


 更新が滞っており申し訳ございません。仕事が忙しいという理由もあるのですが……。


 ゾンビ関係で何か参考になる物はないかとNetflixを検索しておりました所、有名な海外ゾンビドラマに行き着きました。タイトルは知っていましたが未視聴だったので何気なく見始め……どハマりした次第でございます。


 特殊メイク、CG技術、荒廃した街並みのリアリティもさることながら、主人公を始めとした登場人物の演技が素晴らしい!寝る間も惜しんで視聴し続け、現在シーズン4まで進んでおります。ダ〇ルとミ〇ョーンがかっこいい……


 未視聴の方がおられましたら、是非おすすめしたい作品です。


 今後とも『お侍さんは異世界でもあんまり変わらない』をよろしくお願いいたします。

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