第68話 冒険者さん、葛藤する

「フランツよ、ありゃあクロスとタイメンではないか?」


 戦場を見下ろす小高い丘の上。バルトの指さした方向へ目を向けると、大勢の中でも一際よく目立つ巨大な蜥蜴人リザードマンの姿をすぐに見つけることができた。


 不死者たちのド真ん中でクロスは何故か剣を地面に突き立ててロープを手にしており、それを綱引きでもするかのようにタイメンが必死に引っ張っている。さらにその脇ではブランドンが二人を怒鳴りつけているように見えるが────


「みたいだけど……なんだろうね? 戦闘の方針で揉めてるのかな」


「おおかた、剣に飽きたから縄術で戦わせろとでも言っておるんじゃろ」


 言いそうだなぁ……。


 思い返せば一回目の探索を終えた日の夜、クロスは"薙刀なぎなた"という武器を迷宮に持って行きたいと話していた。聞けば槍に近い武器らしく、バルトですら知らない得物だったので今度一緒に探しに行こうと約束していたのだが、結局、本人がナバルへ出かけてしまったこともあり時間が取れずに終わっている。


 色々な武器を使いたいという欲求は剣士であるフランツにはよく分からない感覚だったが、あらゆる武術を習得している彼だからこその願望なのかもしれない。


「おぉーい! こっち手伝ってくれー!」


「はーい! 今行きまーす!」


 睡眠不足で朦朧としている頭を再起動させるように自らの頬をピシャリと叩き、気合いを入れ直す。仲間たちの様子も気になるが、今は仕事に専念しなければ。


 フランツたちに割り当てられた任務は最前線から逸れてきた敵を処理することだ。魔物には人だかりに集まる習性があるため大部分は先発隊に群がっているが、戦列を組んで行儀よく行進している訳ではないのでどうしても討ち漏らしが出る。丘の頂上付近に広く展開し、坂を登ってくる相手を索敵、殲滅を繰り返していた。


 広い盆地を隔てて向こうに見える丘からは敵の増援が次から次へと舞い込み、未だ途切れる気配がない。二千体規模との情報からして、夜明けまでに終わるかは微妙な所だ。


 篝火は焚かれているが冬も間近なこの季節、痛さを感じるほどの冷たい空気が氷のように肌にしみる。駆け足で向かう二人の弾む息には、白いもやが漂っていた。


 フランツは口の辺りを両手でまるく囲み、ハアーっと息をかけて冷え切った指先を温める。ここ最近ずっと暖かい迷宮内で過ごしていたのが祟り、防寒装備を準備していないのは失敗だった。


「にしても、今回はやけに屍人グールが多いの」


「ホントだね。もしかして吸血鬼が複数いるのかな?」


「だとしたら厄介じゃが……。バラバラに動いとる所を見るに、おったとしても中位までじゃろうな」


 屍人の性能は宿主の強さに比例する。上位個体が使役している場合は知能が高く、それこそ人間の軍に匹敵するほどの連携を取ることもあるらしい。


「くっそ! コイツ速ぇぞ!」


「矢が当たんねぇ! 誰か動きを止めてくれっ!」


「聖水ぶっ掛けてみるか!?」


 喧騒のもとに駆けつけると、十人ほどの冒険者が一匹の屍人を相手に苦戦していた。完全に包囲はしているものの、この場にいるのはいずれも低位ランクの者ばかり。囲んだはいいが決め手に欠けると、二の足を踏んでいるらしい。


「バルト」


「うむ」


 一声掛けると、バルトは背負っていた大盾を手にして集団へ割り込んだ。


 パーティーの中で最も付き合いが長い彼とは、多くを語らずとも意思疎通を図れる。同じ価値観を持った者同士、以心伝心、熟年夫婦のようなものだ。


「儂らがやる。ちょいと退いとれ」


「お、おう」


 バルトの低く、落ち着いた声に自然と冒険者たちは従った。


 フランツも攻撃に備えて剣を抜き、背後に立って構える。支給された聖水を鞘の中に注いでいるため、右手に持つ片手剣からはポタポタと雫が垂れていた。


「行くぞッ!」


 バルトが猛然と突進する。屍人は横っ跳びに避けようとしたが、それを見越していたかのように即座に追走。先回りして逃げ道を塞ぐ。


 日々の訓練の甲斐もあり、今のバルトは極短距離であればフランツよりも素早く動ける。特に前後左右への小回りは徹底して鍛えられているため、瞬時の方向転換などお手の物だ。


 案の定、屍人はすぐに槍を突き出す人の壁まで追い詰められ、やけを起こしたように牙を剥いてバルトに飛び掛かった。


 金属の大盾と頭部が激突し、鈍い音が周囲に響く。


「軽いわいッ! フランツ、やれッ!!」


 その言葉を聞き終わらないうちにフランツは動き出していた。バルトの影から出て片足軸回転で屍人の背後を奪うと、渾身の斬撃に遠心力を加えて首元を狙う。


 力任せに振るのではなく、ほどよい脱力、刃筋、角度を意識し────接触の瞬間を見極めて、刃を滑らせるようにして


 ────ぼとり。


 大きな木の実が地面に落下するような音を立て、屍人の頭部が転がった。


「うおぉぉ!! すげーなオメーら!!」


「一撃かよ!!」


「片手剣で屍人の首を……!?」


「アンタらホントにEランクなのか!?」


 夜の帳も張り裂けんばかりの大喝采が巻き起こる。しかし、手を挙げて愛想笑いで応えるフランツの顔には僅かに苦い色が滲んでいた。


 称賛されるのは悪い気分ではないが、チヤホヤされて自惚れるほど不遜にはなれない。自分たちのパーティーには最前線へ引き抜かれるような猛者がいるのだ。彼であれば、屍人など意に介することもなく瞬殺してのけるだろう。


 自身の成長を実感することは、同時に、クロスとの実力差を痛感することに繋がっていた。洗練された"剣術"というものを学んだ今だからこそ分かる。彼我の間にあるのは、少し訓練したから埋まるなどという生易しい差ではない。


 どの程度距離が離れているのか想像もできないが…………。きっと天と地、赤ん坊と兵隊、小鬼ゴブリンドラゴンくらい隔絶した差だ。


 マイカへの道程で盗賊を撃退し、迷宮でもそれなりに戦えていると思っていた。実力がついたなんて下らない勘違いをして、高慢にも思い上がっていたのだ。


 自分は巨人の時から何も変わっていない。いや、もしかすると小鬼相手に逃げ出したあの日から、何一つ変わっていないのかもしれない。


 また───大切な場面で戦えなかった。


 自分にはこれまでのように同じEランクの冒険者と背比べをしている暇などない。いざという時に仲間を守るには、クロスと対等に並び立つには、血を吐くような努力と死を覚悟するほどの修羅場が必要だ。


 それが、鷲獅子グリフォンとの戦いで逃げることしかできなかったフランツの抱いた覚悟だった。


「うげっ……。まだ動いてるぜコイツ」


「やっぱ聖水だけじゃ仕留め切れねえな。誰か銀武器持ってねぇか?」


 頭を失った屍人はバタバタと地面を泳ぐように手足を動かしていた。聖水の効果で再生はしていないが、このままではいずれ復活する。


「俺がやるよ」


 魔法袋から魔銀ミスリルのナイフを取り出して手早く処理をしていると、いつの間に現れたのか、唐突に集団の後方から大声が響いた。


「伝令ですっ!!」


「あれ? あの子は…………」


 小柄な兎獣人ラピヌの青年。名前は失念してしまったが、たしかクロスと同じ新人講習を受けていた子だ。


「フランツ」


 バルトは自分の冒険者証を指先で摘んで青年を顎でしゃくる。


「………………」


 彼の首元には自分たちと同じ、銅の冒険者証が輝いていた。


 新人講習に参加できるのはFランクまで。つまり、この短期間でEランクに昇格したのか────


 言っていたそばから、これだ。


 "種族が違う"

 "才能が違う"

 "あの子が特別で"

 "どうせ俺なんか"


 人に嫉妬する自分自身に、負け犬根性の染み付いた思考回路に、言いようのない自己嫌悪を覚える。


 フランツは胸に込み上げてくる毒々しい感情を振り払うように頭を振った。


 振り捨てようとすればするほど、この手の邪念は執拗に取り憑いてくると経験則で知っているが、このままではダメだ。何か、根本的な部分から考え方を改めなければ、自分はこれ以上先へ進めない。


 他人と比べるのではなく、自分自身と向き合って生きるのだ。

 誰よりも自らに厳しく生きる、彼のように。


「魔術師部隊の編成が完了! 三十分後に到着する見込みです! この高台から攻撃するとのことですので、前線部隊は丘の麓で待機せよとの指示です!!」


 青年は同じ言葉を二度繰り返すと、そのまま風のような速度で戦場へ走り去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る