第66話 お侍さん、ゾンビに出逢う
…………よく分からんな。
アンギラへ向かう荷馬車に揺られながら、黒須は腕を組んで考えを巡らせていた。
"
話を聞いて
彼らの雰囲気は戦端の火蓋が切られている状況にしては、どことなく、余裕のような
負けることを想定していないと言うべきか、自身の命が脅かされることはないと確信していると言うべきか。明らかに、己の立場が有利であると知っている者の顔付きである。
いくら旧友と再会したからとはいえ、あのパメラが花の咲くような微笑を浮かべていることからしても、その認識に間違いはないだろう。
「強制依頼への参加は冒険者の義務ですからね。依頼を発動したギルドで参加報告をしないと、除籍処分にされちゃいます。だからみんな急いでアンギラに向かってるんですよ」
「義務、か」
これまでに、雑兵として戦に参陣する農民どもを何度も見てきた。半農半士、先祖代々の足軽胴を着込んで意気揚々と馳せ参じる下級武士もいるが、奴らの大半は量産品の
"
戦地へと向かう行軍の
恐怖に耐えきれず蒼白になって昏倒する者、現実から眼を逸らすようにゲタゲタと笑い転げる者、後に
戦とは尋常な勝負に
そんな死地に赴くにしては、仲間たちの様子はあまりにも呑気に過ぎる。害獣の群れを駆除するような取組みなのかも知れぬと、黒須は一人、悶々と想像を膨らませていた。
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「ほれ、お前らの得物だ。今のうちに手に馴染ませとけや」
フランツたちと別れ、普段街で見掛ける物の倍はあろうかという巨大な馬車の荷台の上。ブランドンは端に積まれた荷物の山をゴソゴソと漁ると、黒須とタイメンにそれぞれの武器を投げて寄越した。
「…………何だこれは。玩具か?」
鞘を払い、冷たく輝く銀色の長剣を眺めながら、黒須は不快げに鼻を鳴らす。
ただ剣の形をしているだけで、魂が欠片も入っていない。振るまでもなく、一眼見てうんざりするほど愚にもつかない粗悪品だ。
茶の間に飾る美術品としてなら価値もあろうが、武器としては失格もいいところ。実戦において爪の垢にも値しない
重い刀を腰に差すことを嫌う化粧武士が竹に銀箔を貼った銀紙竹光を身につけると聞いたことがあるが、こんな剣とも呼べぬ雑な刃物であれば、竹光の方がまだ有用とさえ言えるだろう。
「たしかに銀武器はナマクラだがな、そう見えて
「……よく分からんが、こんな棒切れでは一振りしただけで折れてしまうぞ」
「そこを加減して使うのが腕ってもんよ。お前ならできんだろ?」
「…………………」
"
こちらを煽るようにニヤリと笑って見せた金柑頭に、腹の虫がむずむずと
「なぁなぁ、それよりオレの武器ってコレしかねーの? つーか、何コレ? どーやって使うんだよ」
閉口した黒須と入れ替わるようにして、今度はタイメンが渡された武具を両手に不満を漏らす。
「
「あっ、ここ握ればいいのか。……クロス、どーよ?」
似合ってる? と、得意満面で拳を構えて見せる大蜥蜴に、
拳頭拳面に鋭い棘がついた、
「それはそうと。お前、まさか剣四本とも持ってくつもりじゃねえよな?」
「そのつもりだが?」
「いやいや、流石に重てぇだろ。せめて二本にしとけ。荷物になっちまうぞ」
「オッサン、言ってもムダだと思うぜ。コイツってば武器大好きっ子だからよー」
武具好きを否定するつもりはないが、これから向かう先は魔物との戦場なのだ。通常の戦であれば、刀槍など死体から奪うことで幾らでも替えが利く。しかし、犬畜生の分際がまともな武器を持っているとも考え難い。
そもそも、二千という数からして本来は剣にそぐわん状況だ。
後方部隊として
「少なく見積もってもこっから数時間は戦いっぱなしなんだぜ? お前の体力は知ってっけど、途中でヘバっても助けちゃやれねえぞ」
「構わん。戦場で他人に頼るような恥を晒すくらいならば死を選ぶ」
「オレは戦斧置いてくかなー。コレ重てーし」
しばらくブランドンと押し問答を続けていると、御者をしていた鍛治人の男から夜のしじまを切り裂くような声が上がった。
「ブランドンさん! 見えて来たぜ!!」
冒険者たちの視線が一斉に前方へ集中する。
小高い丘を登る坂道の道中。真夜中にも関わらず、頂上の辺りだけが日の出を迎えたかのように明るく浮き上がっていた。乳白色の、霧が漂っているような薄ぼんやりとした明るさだ。
八頭が連なる馬車馬の騒音で気づくのが遅れたが、耳を澄ませば微かに戦いの喧噪らしき叫びも聞こえる。
「光属性の
体力を温存するように座り込んでいた者たちも中腰になり、隣合った相手と思い思いに話し出す。
「神官が前線に出てんのかね?」
「んなわけねーだろ。あいつら今頃聖水作りでテンテコ舞いしてるはずだぜ」
「中級魔術が使えるような冒険者って……誰だ?」
「ギルマスだろ。あの人、ああ見えて
坂を登り切ると、眼下は草原が緩やかに起伏するだだっ広い盆地だった。いくつかの小さな太陽のようなものが上空をふらふらと浮遊し、地上を昼間の如く鮮やかに照らしている。
ちょうど今いる場所からは戦場を俯瞰して見渡すことができるが───そこには、阿鼻叫喚の地獄絵図が月夜に顕現したような光景が広がっていた。
「うへぇ〜。不死者って初めて見たけど、ハンパねーなこりゃ」
「………………」
"
臓物を垂らしながら腐れた四肢を緩慢に動かす者、歯を剥き出しにして獣のように四つ足で駆ける者、完全に白骨化しながら平然と歩く者、さらには蒼白く光り漂う鬼火まで。そんな亡者の軍勢が、方円陣を組んで戦う冒険者どもへ蟻のように群がっている。
これは────……百鬼夜行というやつか?
思いもよらない状況に、食い入るように戦場を凝視する。
具足が統一されていない上に、旗印も合印もないため敵味方の判別がし辛いが、ざっと見て五百対百ほどの合戦のようだ。小勢の冒険者も奮戦してはいるものの、こちらと反対側の丘からは敵の増援が坂を転がり落ちるようにして続々と舞い込んでいる。
静かな
「あれが魔物なのか? 人の姿をしている者もいるぞ」
「アイツら元は冒険者なんだよ。迷宮の中で死んで、その死体が魔物化した成れの果てが
誰にともなく呟いた問いに、横にいた見知らぬ男が泥を噛むような苦々しい顔で答えた。
しかし────実に興味深い話である。
魔物とは凶暴ではあるものの、あくまでも獣の延長線上にある生き物だとばかり思っていた。つまり、人も魔物になり得るということか。
「奴らは一度死んで
「違げぇな。ありゃ単に死体が動いてるだけだ。下位の不死者に意識はねえよ」
少々落胆する回答だったが、それでも依然関心は薄れない。
"死"とは、森羅万象の全てに分け隔てなく、平等に訪れるべき天運である。人の身ではどうすることもできないが、魔物になることによってその
「死してなお戦う兵か。夢のある話だな」
「────怖ぇえこと言うなよお前。発想が
「死霊術師……?」
男は怯えと軽蔑が等分に混じり合ったような表情でこちらの顔を斜めに見返した。まるで
不思議に思っていると、離れた場所からタイメンが手招きしていることに気が付く。
「あのな、死者蘇生ってのはどこの国でも絶対にやっちゃならねー禁術扱いなんだよ。口に出すのもヤベーんだ」
タイメンは黒須の肩に腕を回すと、内緒話でもするかのようにボソボソと耳打ちした。
「何故だ? 誰でも蘇らせたい者の一人や二人いるだろう」
「宗教上の理由ってのが一番だけど……。つーか、お前って無神論者じゃねーのかよ? 蘇りなんか信じてんのか?」
「輪廻転生は存在すると思っている」
母上のように熱心な信者からは、
「お前って、自分で見た物以外は信じねータイプだと思ってたわ」
「あの世は一度、覗いたことがあるからな」
「はぁっ!?」
以前紛れ込んだ戦で落ち武者狩りに追われた際、不覚にも身体の調子を見誤ったらしく、飲まず食わずの十日目に黒須は一度死んでいる。
あの時のことは今もはっきりと覚えているが、少し休もうと身を隠した深い森の洞穴の中、岩壁を背にして座り込み、眼を閉じた途端に真っ暗な所へ意識がどんどん沈んでいった。
海底に堕ちるような心地いい感覚に身を任せていると、何やら見知らぬ蝶々のようなものが急に眼の前を飛び始め、慌ててそれに掴まった拍子に生き返ったのだ。
極限状態で見た幻覚やも知れないが、あれこそ伝説に聞く
「ようするに不可知論者ってヤツかよ? 相変わらず変わってんなー」
「ふかち……?」
この男、普段おちゃらけている割に時たま難しい言葉を使う。
「全員降りろ! 仕事の時間だ!!」
馬車は戦地から
「いいか! まずは今戦ってる部隊と合流する!! てめぇら、俺のケツだけ見失わねぇように追っ掛けて来い!! ……行くぞッ!!」
猛然と駆け出した金柑頭に続き、十数人の同勢は天地も裂けよとばかりに鬨の声を上げて疾走した。
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