第64話 冒険者さん、アンギラへ急ぐ

「急げ急げッ!!」


「うるせえ! 乗り合い馬車が来ねえんだよ!」


「うちのパーティーは馬でガーランドに来てる! 二人乗りでよかったら乗せてくぞ!」


「おぉ! 頼むわ!」


「こっちも乗せてくれ!」


 迷宮から地上に戻ると、ギルドは蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。誰も彼もが殺気立ち、猿みたいにわあわあ吠えまくっている。


「正門からアンギラ行きの特急便が出ています! 馬がいない冒険者の皆様は城門へ向かってくださいっ!」


 時折ギルド職員のものと思われる声が建物内に響き渡るが、それは最早悲鳴に近い絶叫に聞こえた。


「俺たちも急いで城門に向かおう!」


「オレが道を空ける! マウリン、パメラちゃん、肩に乗れ!」


「────きゃあっ!」


「うおぉ! 高っけえ!」


 どこもかしこも押し合いし合いの大混雑。タイメンはひょいと二人を両肩に座らせると、芋洗い状態の群衆を力ずくでかき分け始めた。


「オラオラ、邪魔だ! どきやがれっ! 踏み潰すぞオメーら!!」


「な、なんだコイツ!」


「押すんじゃねえよバカ野郎!!」


 無理やり追い立てられた冒険者たちから抗議の罵声が飛ぶが、彼は知ったことかと言わんばかりに人混みを割ってズンズンと出口へ進む。


「……まさかこやつが貴族だとは誰も思わんじゃろうな」


「……だね」


 あまりにも乱暴な振る舞いだ。タイメンの背に張り付くようにして歩きながら、フランツは周囲の冒険者たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「殺気を垂れ流したまま俺の間合いに入るな。たたっ斬るぞ貴様」


「ひぃ……!」


「クロス! 今はそれどころじゃないからっ!!」


 森人族エルフの男を脅しつけていたクロスを引っ張り、どうにか外に出ることができた。先を争う冒険者の群れが城門に向かって殺到しているため、大通りは混乱した人の波で埋め尽くされている。


「裏通りから迂回して行こう! タイメン、東側の脇道に向かってくれ!」


「よっしゃあ! 二人とも、掴まってろよー!!」


 一際目立つ格好で吼えるタイメンに人々の視線が集中する。パメラは両手で顔を隠して固まってしまっているが、対照的にマウリは目を輝かせて楽しそうな様子だ。


 前回魔道具を鑑定してもらった店がある細い路地に入ると、人のざわめきが急に遠のいた。前に歩いた時にも思ったが、普通の通行人のためではないような薄暗い隘路あいろだ。道幅は一mほどと狭く、垣根がせり出していたり色んな物が路上に置かれているせいで、体を横に向けないことには通り抜けられない場所も何ヵ所かある。


「あっちだ、あっち!!」


つの引っ張んじゃねーよマウリン! 折れちゃったらもう生えて来ねーんだぞ!」


 複雑に入り組んだ路地をしばらく走り、ようやく城門が視界に入る。


 そこには、ギルドが手配したものと思われる大量の馬車が長蛇の列をなしていた。一頭立てから四頭立て。乗用馬車だけではなく、荷馬車、幌馬車、果ては御者席のない二輪馬車までが、冒険者を満載した状態でずらりと並んでいる。


 恐らくはガーランドに暮らす商人たちが協力をしてくれたのだろうが、それにしても随分と仕事が早い。


「アンギラへ向かう冒険者はどれでも構いません、空いている馬車に乗ってください! 満員になり次第順次発車いたします!」


 案内担当とおぼしき女性の指示に従い、小型の荷馬車が空いていたので御者に一言掛けて全員で乗り込む。先に四人組が乗っていたため、これで荷台は満員だ。


「出発しますぜ!」


 御者の男がピシャリと手網を振るい、行進する行列に割り込んだ。


「失礼。僕たちはFランクパーティーの"西岸の要塞"です。よろしくお願いします」


「こっちはEランクの"荒野の守人"だ。よろしく頼むよ」


 声を掛けてきたのは濃紺のローブを身に纏った魔術師風の青年だった。見る限り杖を持っておらず、連射力重視の短杖ショートワンド官杖バトンの使い手と推察する。彼の仲間たちも揃いのローブを着ているため、四人全員が魔術師という珍しい構成のパーティーだ。


「────あれ? ティルタン?」


「ん? ……うわっ! パメラさんじゃないですか! お久しぶりです!」


「きゃーっ! 卒業式以来じゃない!?」


「おい! 元気にしてたかよ!!」


「相変わらず可愛いねぇ」


「ファディア、ロス、モルカー! みんな冒険者になってたんですね!」


 彼らは嬉しげに手を取り合い、笑顔を弾けさせた。どうやら魔術学校の同級生のようだ。


「宮廷魔術師の試験に落ちちゃいまして……。僕らは地元もこっちですし、就職先が決まるまでってことで一緒に活動しているんですよ」


「そうだったんですか……。あっ、私の仲間を紹介しますね!」


 パメラを介してお互いに名乗り合う。やはり彼女とは同じクラスで学んだ学友なのだそうだ。


「君たちも探索中に呼び戻されたの?」


「いえ、僕らはついさっきローズミルから到着したばかりです」


「着いていきなりこの騒ぎで驚いたねぇ」


「聞いた話だと、先週くらいからはあったみたいッスよ」


「「「…………………」」」


 ロスという青年の何気ない一言に、フランツたちは目を見合わせて苦りきった表情になる。


 やけに馬車の手配が早いと思ったが────そういうことか。


 迷宮における大量発生スタンピードには明確な前兆がある。通常決まった階層に生息しているはずの魔物が、突如として別の階層にも出現し始めるのだ。


 浅層探索中に深層の魔物を見かけた場合はギルドへ報告の義務があり、現在では、その内容を分析することによって大量発生の大まかな日時も予測可能となっている。

 そして、そういった兆候に関する情報は即座に各地のギルドへ共有され、依頼書と並んで掲示板に掲載される仕組みなのだが………。


 最近は迷宮探索にかかりきりで、ロクに掲示板を確認していなかった。ガーランドのギルドでも迷宮専用の窓口にしか目を向けておらず、見逃してしまったに違いない。


 駆け出し冒険者がやりがちなミスの代表格に、フランツは思わず赤面しそうになるほどの羞恥の情に駆られた。


「大量発生とは魔物の群れが押し寄せる現象だと言っていたな。しかし、何故アンギラへ向かうと分かる?」


 ただ一人、失態に気が付いていないクロスが澄まし顔のまま尋ねる。


「理屈はいまだによく分かっていないんだけど、奴らは人が大勢いる場所を目指して進むんだ。不死者の迷宮から一番近い街はアンギラだからね」


「………………途中にある村々は見殺しか?」


 彼は不愉快そうに目を尖らせたが、そうではない。


「そもそも道中に人里は一つもないぞ。迷宮の周囲にゃあ防衛目的以外で村や町を築いてはならんと、王国法で決まっておるからの。ガーランドに来る途中にも集落は見掛けんかったじゃろう?」


「それに、不死者の迷宮の近くには人っ子一人住んでねえって噂だぜ。監視用の駐屯地と冒険者ギルドだけが並んで建ってるって……前に誰かから聞いたよな。戦鎚の連中だったか?」


 実際に見たことはないが、不死者の迷宮は石造りの廻廊と玄室が連なる巨大な陵墓りょうぼで、常に瘴気しょうきが吹き出しているために周辺は不毛の大地と化しているのだそうだ。


 探索どころか、近づくにも専用の装備が必須となる攻略難易度の高い迷宮として知られている。長期滞在には多額の費用が掛かる上に、光属性の魔術師がいなければ対処できない魔物も多く、その攻略は何十年も前から遅々として進んでいないらしい。


物見ものみがいるのか。ならば何故わざわざ冒険者をアンギラに集める? 籠城戦は有利だが、後始末が面倒だぞ。敵の所在が分かっているのなら、直接出向いて叩き潰せばよかろうに」


「元からアンギラいる連中はそうしてんじゃねーか? オレらの場合は一旦戻んなきゃなんねーんだよ」


「強制依頼への参加は冒険者の義務ですからね。依頼を発動したギルドで参加報告をしないと、除籍処分にされちゃいます。だからみんな急いでアンギラに向かってるんですよ」


 強制依頼への参加の有無は、事後、執拗なほど徹底的に調査される。冒険者の活動履歴は、各地の門兵やギルドに提示する冒険者証によってある程度把握されているため、よほどの理由がない限り不参加は厳罰に処せられるのだ。


 去年の夏頃だっただろうか。パメラが里帰りで不在にしている間に強制依頼が発動され、その数日後、ギルド本部の職員を名乗る男が拠点にやって来たことがある。


 リーダーとしてフランツが自室で対応したのだが、それはもう、完全な取り調べだった。狭い部屋で一日中職員の男と向かい合って、同じことを繰り返し繰り返し質問されるのだ。


 パメラが里帰りをした理由から始まり、前後三日間の生活、彼女と交わした会話の一言一言など、かなり高圧的な態度で叱りつけるように何度も訊かれた。こちらも街を出た記録があるはずだから調べてくれと一生懸命に説明したのだが、ハナから逃走を決めつけている様子で全く理解してもらえず、そんな詰問が食事の時間を除いて朝から晩まで延々と続いたのである。


 最終的に、パメラが地元のギルドに顔を出していたことが証明されて無罪放免となったものの、冒険者になったことを後悔するくらい酷い尋問だった。


 忌まわしい記憶が古井戸の底から這い上がってくるように蘇り、胸が詰まって少し息苦しさを感じる。心の傷は思った以上に癒えておらず、どうやら、今だに血を流し続けているらしいと気が付いた。


「義務、か。お前たちは今までに何度参加している?」


「俺とマウリが四回、パメラは今回が三回目だね」


「儂はこれでちょうど十度目じゃな。昔は今よりも頻度が多かったからの」


「オレは初めてだなー。ナバルの海で大量発生が起きたのは見たことあっけど、ガキの頃だったからあんま覚えてねーし」


「実は、僕たちも初参加なのですが……。低位ランクでも最前線に出ることはあるのでしょうか?」


 ティルタンは怯えた子犬のように目と口をパチパチさせた。


 しかし、初めてであれば不安に思う気持ちも当然である。腕を組んでまた何か別のことを考えていそうな戦闘狂と、ぼんやりと特に何も考えていなさそうな図太い大蜥蜴の方が異常なのだ。


「うんにゃ。戦況にもよるが、基本的に下っ端は補給や救護を担当することが多いからの。直接戦闘に携わることは滅多にないぞ。それに、心配せずとも魔術師は後方に配置されるわい」


「私はですからね! みんなを案内してあげますよ! 分からないことがあったら何でも聞いてください!」


 パメラは鼻息も荒く自慢げに胸を張る。いつも一人は嫌だと不安そうにしていることが多いのだが、友人の前なので気が大きくなっているらしい。


「ありがとね、パメラ。心強いわ」


 大量発生への対応はパーティー単位で動くのではなく、各自の技能や特性ごとに部隊へ振り分けられる。そのため、荒野の守人では魔術師のパメラと弓士のマウリが別行動になることが多く、きっと彼ら以外は前線での支援活動が主になるだろう。


 ただ……今回の強制依頼に限っては、少し気がかりな点がある。


 いつもであれば領軍と共同戦線を張るのだが、現在、兵士たちは北の戦地へ出払っているはずだ。つまり、冒険者だけで魔物の軍勢に相対することになる。


 そんな状況で、果たして自分たちは戦わずに済むのだろうか。


 よくないことが起きそうだという言い知れない不安が胸をかすめ、フランツは自分の心がざわざわと波立つのを感じていた。




 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


 いつも拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。


 皆様の応援のおかげで、なんとか無事にカクヨムコンの中間選考を突破することが出来ました!


 手探り状態で書き始めた拙作ですが、少しだけ誰かに認めていただけたような感覚で、選考結果を目にした時には思わず声が出てしまいました。また、いつの間にやら総閲覧数が200万PVを上回っており、どちらも遅くなりましたが改めて御礼申し上げます…!


 引き続き『お侍さんは異世界でもあんまり変わらない』をよろしくお願いいたします。

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