第63話 冒険者さん、地上に戻る

 沈みかけた夕日を浴びて絶壁の岩肌が茜色に染まる。西空はまだぼんやりと明るいが、辺りにはもう夜のとばりが下りようとしていた。


「よし。これで今回の準備にかかった経費は十分補填できそうだよ」


「「「おぉ〜……」」」


 車座になって座る面々に向かってフランツは嬉しそうに報告したが、返ってきたのは気だるげな、力のない歓声。やれやれと苦笑し、中身を計算し終わった皮袋をジャラリと地面に置く。


 いくつかの鞄から財布が見つかり、それだけでも合わせて金貨十五枚分はあった。今回の遠征準備には金貨五枚ほどしか使っていないため、装備の補修費用を考えてもこれで黒字は確定である。


「ほら、貴重品もたくさん見つかったんだからさ。もう少し喜ぼうよ」


 輪になった一同の中央に所狭しと並べられた戦利品を手で示すも、仲間たちの反応は今一つ盛り上がらない。


 鑑定をしている最中は大騒ぎしていたのだが、切羽詰まった状態で長距離を走り続けたのはやはり相当に堪えたらしく、疲労困憊といった様子だ。緊張し続けていた気が弛み、みな背中を丸めて疲れをあらわにしている。


 例に漏れずフランツも全身の筋肉がぶちのめされたようにクタクタだが、どちらかといえば心労の方が大きかったため、マウリとクロスの無事が分かって肩の荷が下りたように感じていた。


「武器防具の類は残念じゃったが……。魔銀ミスリルのナイフは大収穫じゃの」


 白銀色の美しいナイフを片手で弄びつつ、バルトは乱雑に積み上げられた廃材の山を無念そうに眺める。


 湿気の多い洞窟であったことが災いし、残念ながら回収した金属製の装備品は、その多くが朽ちてしまっていた。元は豪華な装飾が施されていたと思われる立派な甲冑には赤銅色の錆が孔を穿ち、突き立てられた武具には所々に青カビのような物が浮いている。辛うじて使えそうなのは両手剣と槍が一本ずつと、小型のナイフが数本だけだ。


 屑鉄くずてつも鍛冶屋に持ち込めば売れるには売れるのだが、運ぶのに苦労する割には大した金にならない。話し合いの結果、魔法袋の容量を廃材に使うのは無駄だと判断して捨てていくことに決めていた。


土壁クレイウォール盲目ブラインド巻物スクロールも当たりですねぇ……」


 地面に腹ばいに寝転がって、足をパタパタさせながらパメラは笑みを零した。その目は半分閉じてしまっており、頭はウツラウツラと揺れている。


 前回手に入れた衝撃波ティルトの分も合わせると、これで荒野の守人が所有する巻物は三本目だ。管理は魔術師であるパメラに任せているが、そろそろ巻物差スクロールホルダーの購入を検討してもいいかもしれない。


 寺院系の神官────武僧モンク侍僧アコライト祈祷師シャーマンは複数の巻物を携帯して変幻自在の攻撃をすると聞いたことがある。巻物を自作することが可能な彼ら独自の戦闘形態スタイルではあるが、手札は多いに越したことはないはずだ。


「ちょっとそれ貸してくれって! 順番だろ!!」


五月蝿うるさい、今は俺の番だ。お前はそっちの腕輪でも試していろ」


「どうやって試せっつーんだよ!? こんな小っせー腕輪、オレに使えるわきゃねーだろ!」


 魔道具に興味津々な二人は"魅了無効の首飾り"と"毒耐性の腕輪"を奪い合っている。興奮したタイメンは尻尾をベシベシと地面に打ちつけているが、クロスはそれを横目でチラリと一瞥しただけで、譲るつもりはないようだ。


「尻尾の先にでもはめればいいだろう」


「ハッ! その手があったか……!」


「二人とも……。さっきも言ったけど、その魔道具は実際に危険な状況に遭わないと発動しないからね? 身につけるだけじゃ何も起きないよ」


 ため息混じりに忠告してみるも、フランツの言葉は彼らの耳を右から左へ素通りしただけのようだった。クロスは首にぶら下げた首飾りを無言のまま凝視し続け、タイメンはいそいそと尻尾を保護する革鎧を取り外し始めている。


「お前さんら。遊ぶのは構わんが、絶対に壊してくれるなよ。特にタイメン、腕輪は少しでも歪めたらお終いじゃからな」


「わ、分かってるってー」


 太い尻尾を腕輪に無理矢理ねじ込もうとしていたタイメンの動きがピタリと止まる。


 状態異常耐性の魔道具は一般的だが、その中でも無効系は希少レアだ。生憎と"魅了"は需要が少ない部類に入るが、それでも売れば金貨十枚にはなるだろう。


 ただ、洞窟で見つけた中で最も高価な魔道具は腕輪でも首飾りでもない。


「へへへ……」


 目を細めて手に持った魔道具を灯りにかざしながら、マウリは夢見るような表情を浮かべていた。


 "俊足のブーツ"

 使用者の脚力を倍近くまで引き上げる常時発動型パッシブの魔道具だ。脚部限定ではあるが、身体強化ブーストの奇跡とほぼ同等の強化バフを常に得ることができる、冒険者垂涎すいぜんの逸品。


 身体能力を向上させる魔道具は戦闘に携わらない一般人からも人気が高く、希少性は魔法袋に劣るものの、非常に高値で取引されている。特に全身を強化するタイプは目を剥くほどの高級品らしく、噂でしか知らないが、並の冒険者の年収を遥かに上回るような馬鹿げた価格なのだとか。


 ブランドンの持つ魔剣や、ラウルが装備していた甲冑が同様の効果を持つ魔道具だったはずだ。


「いいなーマウリン。オレも強化装備使ってみたかったなー」


「手に持つだけでは意味がないと言ったな。爪先立ちで履いても駄目なのか?」


「部位強化系の魔道具はキチンと装備せん限りは無効じゃ。儂らにゃどうやったって使えまいよ」


「俺……今日ほど旅行小人ハーフリングでよかったと思ったことねえよ」


 女性用か子供用か、それとも元から小人族ホビットのために作られたのか。その靴は二十cmくらいの可愛らしいサイズで、ちょうどマウリが履いている物と同じタイプのショートブーツだった。


 鑑定の片眼鏡モノクルでも素材までは分からなかったが、魔物の革をなめしたと思われる艶消しの焦茶色で、しっかりとした造りの上等そうな代物である。放置されていたため多少薄汚れてはいるものの、磨けば十分今後も使用できそうだ。


 他のメンバーには当然履ける大きさではなく、自然とマウリの手に渡った。彼も手足の打撲や細かい傷を負っているので、試すのは明日にするよう忠告したが、この様子ではきっと売却することにはならない気がする。


「さて、早いけど今日はもう寝ようか。タイメン、パメラをテントまで運んでくれる?」


「あいよー。パメラちゃん、こんなとこで寝たら風邪引くぜー」


「……むにゃ……」


「クロスよ、今夜の不寝番は儂らでやるからちゃんと寝るんじゃぞ。お前さん、迷宮内では一度も眠っておらんじゃろう」


「…………………」


「そんな顔してもダメだよ。立派な怪我人なんだから」


「せっかく一人用の防水テントも買い直したんだぜ? 使わねえともったいねぇだろ」


「…………承知した」


 渋々、嫌々という感情を、これでもかと顔に浮かべたクロスがテントに潜り込むのを見届け、フランツたちも交代で眠りについた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「もう治った」


「治ってないですっ!」


「傷が消えただけだってば。失った血はすぐには戻らないんだよ?」


「自分の体調は自分が一番よく分かっている。これだけ動ければ探索には申し分ない」


 翌朝、バルトが作ってくれた鬼熊ベーコン入りのサンドイッチを頬張りながら、荒野の守人の一行は揉めていた。フランツとしては朝から地上へ撤収する心算でいたのだが、それを伝えた途端にクロスがまだ帰りたくないと駄々をこね始めたのだ。


「あれだけの出血だったんじゃ。普通の人間は動けるようになるまで最低でも二日、完全回復にゃ二週間はかかるわい」


「俺は普通の人間ではないから大丈夫だ」


 ぐっ……妙に説得力のある言葉だ。


 たしかに一見して顔色はよく、呼吸も正常。食欲にいたっては普段よりも旺盛なのではと思えるほどに食べている。猫科の猛獣を思わせる鋭い眼光は黒々とした生気に溢れ、俺を馬鹿にしたら殺すとでも凄んでいるような強烈な威圧感もいつも通り。


「コイツ、朝イチで素振りなんかしてやがったぜ」


「そのあとマウリンと競走してたじゃねーか。例のブーツで遊んでたんだろ? 負けたー!ってデッケー声で叫ぶから、目ぇ覚めちゃったっつーの」


「馬鹿野郎! 余計なこと────」


「安静にしておれと言ったじゃろうが!!」


 怒鳴りつけられ、マウリはサッとタイメンの背に隠れた。


「治癒の水薬ポーションもなくなったし、どのみちこれ以上は進めないよ」


「そうですよ! 次に誰かがケガしてもどうにもならないんですからね!」


「…………………」


 朝食を食べ終えて野営地の片付けをしながら、フランツたちは同じことをゆっくりと穏やかに、繰り返し言って説得を続ける。クロスは反論しないまでも、真一文字に結ばれた口元には物足りないという不満がありありと表れていた。


 しかし、迷宮に立ち入る時にも言った通り、今回はあくまで十階層の様子見が主な目的だ。


 マウリが死にかけ、クロスが大怪我を負った。これだけの危機に瀕しておいて、このまま探索を続けようなどとリーダーとしては絶対に言えない。


 Dランク階層の恐ろしさを学び、十分な成果も得られたのだ。今回の挑戦はここまででいい。


「オレだってもうちょい進みたいけどよー、水薬なしじゃ流石にヤベーって」


「もしこのデカブツがぶっ倒れたら、地上まで引きずって行くハメになるんだぜ?」


「何で引きずるんだよ! おんぶしてくれよ!!」


「アホかテメー。自分の体重考えろよ」


「こう見えても二百キロくらいだぜ!? バルトかクロスならギリいけるって!」


「儂は無理じゃ。潰れるわい」


「米俵三つほどか。担げはするだろうが、走るには少々辛いな」


 マウリとタイメンが上手く話題を逸らしながら、何気ない仕草でクロスを伴い直通門の方向へ歩き出す。ギャーギャーと騒ぎつつも、彼らは後ろを歩くフランツに向けて背面で親指を立てていた。


 その見事な連携プレーに思わず吹き出しそうになったが、不意に、遠くから風に乗って微かな叫び声が耳に届く。


「───中の───者は───地上───!」


 示し合わせたように全員の足が止まる。


 風の加減だろうか。音節の一つ一つを区切って発音するような、途切れ途切れに聞こえる奇妙な叫びだ。


「この声……。拡声の魔道具を使っとるな」


「何でしょうね。クロスさん、何て言ってるか聞き取れます?」


「………いや、距離が離れすぎている」


「これ、どんどん遠ざかって行ってねーか?」


「みてえだな。どうする、フランツ?」


「何かあったのかもしれない。行ってみよう」


 フランツの号令で一斉に走り出す。俊足のブーツの効果が発揮されているらしく、指示を出さなくても自然とマウリが先頭になった。一歩一歩の歩幅が大きいため、まるで宙を飛んでいるかのような速さだ。


「マウリ! 少しスピードを落としてくれ!」


「あっ、悪りぃ! まだ慣れてなくてよ!」


 声の主はなかなかの健脚らしく、追い付くまでに結構な時間が掛かってしまった。


 後ろ姿を捉えるのと同時に、ふさふさとした灰色の尻尾と尖った獣耳が視界に入る。狼獣人ウルガルドだ。


「繰り返す! 迷宮探索中の冒険者は至急地上へ帰還せよ!」


「Eランクパーティーの荒野の守人だ! 何があった!?」


「強制依頼が発動された! 今すぐ街に戻ってくれ!」


「────ッ! 大量発生スタンピードか!?」


「そうだ! 不死者の迷宮が!!」




 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


 いつも拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。


 ご心配をお掛けして申し訳ございません。小康状態が続いておりますが、何とか生きております。


 暖かいコメントを多数いただき感謝の念に堪えません。いつもスマホで小説を書いているので執筆活動に支障はないのですが、なかなかどうして気分が乗らず、毎日をぼんやりと無為に過ごしてしまっています。

 元々拙作にはプロット(あらすじのようなもの?)は無かったのですが、この期間に先の展開をメモしておき、退院後に一気に書こうと計画しておりますので、もうしばらくお待ちいただけると幸いです。


 P.S.

 先日Twitterにて拙作のキャラ絵を描いてくださった方がおられ、それを見ながらニヤニヤするのが日課になっております。ご許可をいただいておりませんのでお名前は伏せますが、この場を借りて御礼申し上げます。

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