第60話 冒険者さん、連れ去られる

「おぉー! 歩いてるヤツみんな冒険者だなー!」


「ハシャぐんじゃねえよタイメン。見られてんじゃねぇか」


「おのぼりさんですねぇ」


 迷宮探索の用意を終えた一行はガーランドにやって来ていた。ギルドの受付に直通門の使用許可証を提示し、長い階段を降りて行く。


「じゃあ今のうちに今日の予定を伝えておくよ。十階層はDランク推奨、俺たちにとって格上の階層だ。今日一日は無理に進まず、とりあえず様子を見る。もし余裕がありそうなら本格的な探索の開始だ。いいね?」


 大切な部分を強調し、暴走しがちな仲間の一人を名指しするように見つめる。


 フランツは遠征の準備と並行して、アンギラの冒険者たちに迷宮の情報を聞いて回っていた。その結果、やはり前回の探索はでき過ぎなほど幸運に恵まれていたことが判明したのだ。宝箱の中身はもちろん、十階層に至るまでの戦闘回数もどうやら通常の半分以下だったらしい。


 危険を冒して深い階層に潜らなくても、生活するのに十分な収益は得ることができる。同じ階層に留まったり、逆に浅い階層に戻って門番を狩り続ける"周回"という手法もあるのだ。


 冒険者としてさらなる深層へ挑戦したい気持ちはあるが、仲間の命を預かるリーダーとしては危機管理リスクマネジメントを優先すべきだと考えていた。


「クロスさん、聞きましたね? ムチャは絶対ダメですよ!」


「分かっている」


「強い魔物が出ても戦わずに逃げる。分かっとるな?」


「わ、分かっている」


「……前に何かあったのかー?」


「何かあったどころじゃねえよ。この馬鹿、前に鬼熊を見つけて────」


 階段を降りながら暗号のように同じ言葉を何度も繰り返し、念のためクロスには復唱までさせた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



魔牛ワイルドブルの群れだ! 数十三、気付かれてる! アイツに矢は刺さらねえ!」


「パメラ、群れの中央に火砲! マウリは投げナイフで撹乱! 鼻先を狙え! 前衛は二人を囲うように展開しろ!」


「撃ちますよー!」


 集団の中央が炎に包まれ、直撃を食らった数頭がその場で煙を上げて倒れた。群れ全体が混乱したように散らばり、バラバラになって突進して来る。


「ぬぉおおッ! 今じゃ、タイメン!」


「任せとけ! オラァッ!!」


 バルトが盾で止めた相手にタイメンが戦斧を叩き付ける。が、角に当たって跳ね返された。


「頭と首周りは硬い。前脚の付け根か股関節の血管を狙え」


 クロスは魔牛の間をすり抜けながら、剣で太腿を撫でるようにして次々と戦闘不能にしていく。フランツとマウリもそれに倣い、倒れた敵はパメラの魔術とタイメンの強撃によってトドメを刺された。


「一匹一匹は大したことねぇけど、これだけ数がいると大変だな」


「範囲攻撃ができるのはパメラだけじゃからの。気取られる前なら罠を仕込むのが有効かもしれん」


「この階層に入ってから群れてる魔物が多くなったよね」


 話しながら魔牛を肉のブロックに解体し、"防腐紙"で包んでいく。


 これは迷宮探索のために新たに購入した道具で、防腐効果のある植物を使って作られた特殊な紙だ。使い切りの消耗品ではあるものの、少し濡らして包むだけで一ヶ月近く食材を保存可能な優れものである。


「足の肉は安いんだったよな?」


すね肉はそうじゃな。ももと肩の肉はそこそこ高値で売れるぞ」


 一頭につき二百キロ以上はありそうな牛なので、高く売れる部位だけを厳選して回収することにした。魔法袋の容量に余裕はあるが、探索初日から肉だけで満タンにするつもりはない。


「すまねー……。オレ一匹も倒せなかったわ」


 タイメンは単独で相手を倒せなかったことを気にしているらしく、落ち込んだ様子だ。自慢の尻尾もすっかり垂れてしまっている。


「相性が悪かったな。その戦斧では細かい部位は狙えんだろう」


「デビュー戦だから華々しく活躍してやるつもりだったのによー……。迷宮の中って外よりあったけーから、体の調子はいいはずなんだけどなー」


「タイメンさん、こっちにもお水をお願いします!」


「あいよー」


 タイメンが手の平を向けると、そこから噴水のように清水が噴き出して血だらけの肉を洗浄した。飲み水を出す程度の力しかないと言っていたが、流石は貴族と言うべきか、彼の魔術は自分やバルトよりも遥かに優れているようだ。


「タイメンって、魔力量はどれくらいあるんだっけ?」


「日に大樽二杯分ってとこだ。頑張りゃもうちょいイケっけど、なんでかお湯になっちまうんだよなー」


「えっ? それって────」


「火の適性も持ってるんですか!?」


 "形質変化"

 二つ以上の属性を持つ大魔術師にのみ可能な技術だ。


「一応なー。つっても火の魔術はからっきしだし、魔力量はあっても出力が弱ぇーから戦闘にゃ何の役にも立たねーんだけどよ」


「それでもすごい才能ですよ!! うらやましいですっ!」


「お前さん、魔術学校に行こうとは思わんかったのか? キチンと学べば魔術師も目指せたじゃろうに」


「いやいや、この体格ガタイだぜ? 魔術師なんてガラじゃねーって。親父にゃ散々勧められたけどよー。小難しい勉強なんざ、考えただけで吐きそうになるわ」


 タイメンはそう言って露骨に顔を歪めた。ものすごく嫌いな食べ物を無理やり口に押し込まれたような表情だ。


「もったいない……。魔術学校って、確か複数属性があれば学費も免除されるんだよね?」


「そうですよ。私なんて学費を稼ぐために冒険者になったんですから」


「……その"学校"とやらに通えば俺にも魔術が使えるようになるか?」


「いや、お前さんの場合はそもそも祝福の儀があんな結果だったからの。シスターの調子が悪かったのかもしれんが……。魔力の有無すら分からん者に入学の許可は出んじゃろうな」


「オルガ様が直々にやってくれたんだよね? 俺もお会いしたかったなぁ」


 聞くところによると、昨日クロスは教会で祝福の儀を受けたのだとか。


 それも、シスター・オルガに。


 彼女はアンギラに暮らすルクストラ教徒で知らない者はいないほどに高名な人物だ。現場に強い思い入れがあるらしく修道女シスターと名乗ってはいるものの、実際には管轄司祭に叙聖されており、領都近辺に点在する教会を統括するような立場の女傑である。


 フランツは拠点から近い別の教会に通っているため、直接言葉を交わしたことは一度もない。同じ教区に属しているので何度か祭日行事でお見掛けしたが、遠くから説教を聞いていただけだ。


「有名な神官なんだよな? そんなヤツが失敗したのかよ」


「魔力欠乏症みてーだったし、オレらが来る前に魔力を使い切ってたんじゃねーか?」


「そうだと思うよ。オルガ様はあの辺一帯の祭事を一人で担当されてるから、数人くらいじゃ絶対に失敗なんてしないだろうし」


「そうか……。なら、また日を置いて行くとしよう。俺も魔術を使ってみたい」


「次は火神の寺院に連れて行ってやるわい。儂が頼めば儀式もやってくれるはずじゃ」


「解体終わりましたよー!」


「こっちもこれで最後────ん?」


 全ての肉を包み終えて探索を再開しようとした矢先、マウリが何かに気が付き空を見上げた。


「…………おい、何か飛んで来てんぞ」


 指差された方向に目をやれば、巨大な鳥の群れが低空飛行でこちらに向かって来ている。一匹一匹が大きいため、直下の地上には巨大な影が差していた。


「Eランクの大鷲グロウイーグレットの群れだ! 遠距離攻撃用意!!」


 フランツの指示にクロス、マウリ、パメラが構え、その他は彼らを守るように陣形を組む。


「射程に入り次第撃て! 大鷲は地上には降りて来ない! 滑空からの爪攻撃に注意しろ!」


 矢と魔術が次々に放たれるが、矢は刺さっても効いている様子がない。魔術に当たった個体だけが悲鳴を上げて墜落する。


「三体落ちた! 残り……八体!! 矢は効いてねえ!」


「パメラはそのまま撃ち続けろ! 他は攻撃にきた所を叩くぞ!」


 大鷲たちは上空をグルグルと旋回しながらこちらを狙っている────かと思えば、一体が翼を畳んで猛烈な速度で突っ込んで来た。


「儂が止める!」


 大鷲は両足の爪を大きく開き、掴みかかるようにしてバルトの盾に衝突する。


「よしっ、思ったより軽いぞ! やれぃ!」


「おっしゃあ、今度こそっ!! ドラァッ!!」


 タイメンの戦斧が一撃で頭部を粉砕した。


「いいぞ! 残り七! この調子で続けろ!」


 同じようにしてさらに四体を仕留め、その間にパメラも二体を撃ち落とした。


「あっ……! 危ないっ!!」


 悲鳴に近いパメラの叫びに振り返ると、魔術で焼かれた大鷲が炎を纏ったままこちらへ墜ちて来るところだった。


「──────避けろッ!!」


 全員がその場から大きく跳んで距離を取る。大鷲はきりもみ回転しながら急降下し、轟音を立てて地面に激突した。


「全員無事────」


「クソ鳥が!! 離しやがれっ!!」


 こちらの隙を狙ったかどうかは分からないが、唯一健在だった最後の大鷲がマウリのベルトに爪を引っかけ、そのまま空に舞い上がろうとしていた。マウリは腰のナイフを抜こうと藻掻いているが、体勢が悪くうまく動けていない。


「マウリンッ!!」


 タイメンが捕まえようとマウリの足に手を伸ばす。が、僅かに届かず上空へ逃げられた。


「マウリ、動くな!!」


 クロスが脇差を引き抜き、大鷲に向けて思い切り投擲する。


「ピィイィイイィィ────ッ!!」


 右脚に突き刺さったが……大鷲は少し高度を落としただけで、そのまま飛んで行ってしまった。




 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 いつも拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。


 コロナに感染して1週間ほど経過致しました。肺炎と言う割に咳の症状はまったく無いのですが、微熱がずっと続いているので少々しんどいです。


 筆者が言えるような立場ではございませんが、皆様も感染対策は十分お気を付けくださいませ。

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