第55話 お侍さん、騎士と戦う
「すごいじゃないかラウル! 本当によかった!!」
「隊長! おめでとうございます!」
「じ、地獄の特訓の甲斐がありましたね!」
歓喜が弾け、レナルドたちは誰彼ともなく抱き合わんばかりに沸き上がった。事情を知らぬタイメンと仲間たちはポカンとしているが、黒須も思わずラウルの肩を叩いて祝福する。
「やったな、ラウル殿」
「全ては貴殿の力添えのおかげである。クロス殿…………」
ありがとうと小さな声で呟き、ラウルは感極まった表情を隠すように顔を背けた。
「礼を言うにはまだ早いだろう。早速、腕を見せてくれ」
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外の空き地で二人は向かい合う。黒須は剣、ラウルは槍。どちらも訓練用ではない本身の真剣を手にしていた。
「……なるほど、纏う空気が変わったな。以前よりも強い覇気を感じる」
眼付き、表情、構え────肩の力はほどよく抜け、背筋がピンと伸びたいい立ち姿だ。こちらの心臓に向けられている槍も無機質な気迫に溢れ、まるで鉄砲を突きつけられているような嫌な感覚に産毛が逆立つ。
皮膚がヒリつくような心地いい殺意。久々の尋常な立ち合いに胸が高鳴る。
「雰囲気だけではないとご覧に入れよう。……いざッ!!」
"
ラウルは甲冑の重さを感じさせない風のような突進で間合いを詰めると、凄まじい速度の突きを連続で繰り出した。
速い────が、ネネットには及ばんな。
確かに以前に比べると敏捷な動きではあるが、驚嘆に値するほどではない。傭兵ギルドで戦った……名は忘れたが、あの時の槍士といい勝負と言った所だろう。
するりするりと脚捌きで槍を躱しつつ、どう攻めようかと思案する。ラウルの持つ十文字槍の長さは目算で
……槍をかち上げてから懐に飛び込むか。
槍の利点は間合いの長さだが、裏を返せば接近するだけでその優位性は失われる。ラウルたち騎士は格闘術を嫌うため、蹴撃を警戒する必要もない。
胸を狙った刺突をギリギリまで引き付け、下段から剣を斬り上げ右脚を一歩踏み込んだ、その瞬間────槍先が大きくブレた。
「─────ッ!?」
太刀筋が外れて手首を斬られそうになり、咄嗟に後ろへ大きく飛び退く。
「…………
何だ、今の突きは。
驚愕する黒須を他所に、兜の奥から覗くラウルの
「まだまだッ! こんなものではないぞ!!」
もう隠す意味もないと言わんばかりに、得体の知れない刺突が連発される。
これは……止められんな。
ラウルが腕を突き出すたびに、濡れた手拭いを振り回すような轟音が辺りに響く。紙一重で躱し続けるも、
「クロスが、押されてる!?」
「何だありゃ……。バケモンじゃねーか。
「あの槍の動き、魔術か?」
「いいえ。ラウルは魔力を失っているはず、なのですが……」
不可視の刺突は
しかし────少々驚かされはしたものの、何度も観察するうちに
「
ラウルの槍には管などついていないため、恐らく、仕掛けがあるのは篭手の方だ。
弓を射ることを想定して指を露出させている黒須と違い、ラウルの篭手は手袋状に五指を鈑金で覆っている。一見すると分からないが、手袋の内側に鉄板を仕込み、それが管と同様の役割を果たしているのだろう。
「む、この技をご存知か。私が独自に編み出した槍術と思っていたのだが……。お恥ずかしい限りである」
バツが悪そうに構えを解いたラウルに対し、黒須は
この男────……我流でここまでの技を身につけたのか?
武技とはつまり、幾千幾万の
「ラウル殿、非礼を詫びよう。どうやら俺は其許を甘く見積もっていたようだ。ここからは、殺すつもりで行かせてもらう」
「貴殿の本気を引き出せたのなら、私はそれを誇りに思おう。では、仕切り直しであるな」
どちらからともなく距離を取り、互いに武器を構え直す。数秒の睨み合いのあと、示し合わせたように双方が同時に駆け出した。
眼前に円形の刃が
唸りを上げて耳元を掠める穂先を潜り、槍の間合いの内側に踏み込む。脇構えから逆胴を目掛けて剣を薙ごうとしたが、ラウルは槍を縦に回転させ、
こちらの攻撃を読み切った完璧な合わせ拍子に、思わず舌打ちが出る。ほとんど反射的に身体が防御の姿勢に動くが、迫り来る石突の方がやや速い。
「────当てられたか。まるで別人のような槍捌き、見事だ」
黒須は右頬から出血していた。
「マジかよ!? クロスに一撃入れたぜ!」
「二人とも、なんちゅうスピードじゃ……」
「スゲーなラウルさん! そのままノシちまえっ!!」
「僕には速すぎて何が何やら……。アクセル、オーリック。今の、見えたかい?」
「申し訳ありません。全く見えませんでした……」
「自分もです。ほ、本来の隊長の槍はあんなに速いのですね」
頬を伝う鮮血をペロリと舐め取りながら、黒須は静かに破顔していた。
本能に身を任せ、鎖を引きちぎった虎のような勢いで一直線に走り出す。
突き出された槍先が肩口を抉るが────どうでもいい。
毛ほども気にせず全力の前蹴りを放つ。
「ぐうぅッ!」
純白の鎧が歪み、踵が肝臓に食い込む感触。
ラウルが仰向けに転倒する。
兜の隙間を狙い、顔面を刺し貫かんと両手で剣を振り下ろす。
ゴロゴロと横に転がって躱された。
「もう私の刺突は通用せんようだな。ならば…………」
黒須が地面に深く突き刺さった剣を引き抜いている間に、ラウルは体勢を立て直し、柄の先端を掴んで風切り音を立てながら振り回し始めた。
その速度はどんどん加速し、ついには槍が視認できないほどになる。
「はは、槍を鞭のように扱うとは。初めて見る槍術だ。心が踊るな」
黒須は心底嬉しそうに笑うと、腰に装備しているナイフを投げつけた。甲高い音と共にナイフは弾かれ、明後日の方向へ飛んでいく。
「攻防兼ね備えた技という訳か。これは小手先の技では崩せんな」
持っていた
弾かれたように飛び出し、二人の姿が交錯する。
「「……………………」」
槍で巻き上げられていた砂埃が晴れた時。そこには槍を地面にめり込ませたラウルと、その喉元に剣を突き付けている黒須の姿があった。
「────どうであっただろうか? 少しは貴殿を驚かせることができたか?」
「素晴らしい剛槍だった。これまで戦った槍使いの中でも類を見ない技の冴えだ。其許に戦いを離れていた期間がなければ、勝負の結果は分からなかったかもな」
ラウルは兜を脱ぐと、胸に手を当てて頭を下げた。
「クロス殿。私は騎士として、この大恩を生涯忘れないと誓う。いつか必ず、受けた恩義に報いてみせよう」
ラウルはこちらに右手を差し出した。
握れ……という意味だろうか。
「よせ、水臭い。我らは共に誇りのために生きる者、言わば
二人は固い握手を交わし、少年のような笑顔で互いの健闘を讃え合った。
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