第54話 お侍さん、驚かせる
ナバルからの帰路はタイメンという新たな戦力が加わったこともあり、行きよりも遥かに速くアンギラの門を潜ることができた。
「はじめまして! アンギラ辺境伯家の第三子、レナルド・アンギラです!」
「ボレロ男爵家の長男で、Eランク冒険者のタイメン・ボレロだ! よろしくなー!」
「レナルド様に仕える騎士、ラウル・バレステロスである!」
「騎士見習いのアクセルであります!」
「同じく、オーリックであります!」
「「「「…………………………」」」」
フランツたちは揃いも揃って大口を開けた間抜け面で硬直している。
……やはり、連れて来たのは
本来、南門に到着した時点で彼らとは解散するはずだった。しかし、レナルドが仲間たちに一目逢いたいと駄々を捏ねるので、黒須は仕方なく拠点へ案内してきたのだ。
馬の足音を聞きつけた仲間たちが玄関から顔を出し、今、この状況である。
こうなるかもと少し予想はしていたが、正直、南門から乗合馬車で帰るのも面倒で、風呂にも早く入りたかった。ナバルの宿は黒須の嫌いな蒸し風呂であった上に、女中どもが
貴族相手なら風呂の世話も気遣いになろうが、武士の入浴に無許可で立ち入るとは、高級宿が聞いて呆れる無作法である。一刻も早くいつもの風呂桶に辿り着きたいと考えるのも、仕方のないことと言えるだろう。
黒須は無言のマウリとパメラに腕を掴まれ、レナルドたちから離れた場所へグイグイと連行される。
「おォォォい! 何で連れて帰って来てんだよ!? 貴族だろアレ!? 送れよ! 城に!」
「何で行きより人数が増えてるんです!? あの
「奴らがどうしてもお前たちに逢いたいと言って聞かなかったのだ。タイメンはナバルで拾った。家に住まわせたい」
「貴族を捨て犬のように拾ってくるでないわ! 何がどうなればそんなことになるんじゃ! ……どうする、フランツ。貴族だらけじゃぞ」
「とっ、とりあえず……。とりあえずご挨拶をしないと────」
フランツはガチガチに緊張しながらレナルドたちに向かい合い、絞り出すような声で挨拶をした。
「お、お初にお目に掛かります。Eランクパーティー"荒野の守人"のリーダー、フ、フランツと申します。その、本日はどのようなご用向きで……?」
「突然の訪問、失礼いたします。クロス先生のお仲間の皆様にどうしてもご挨拶がしたくて、無理を言って押しかけてしまいました。貴方が先生のリーダーなのですね!」
「クロス、先生?」
フランツはギギギと音がしそうな動きでこちらに顔を向けた。他の仲間たちも眉をひそめた疑わしそうな眼で黒須を見ている。
「誤解だ。今回は本当に何もしていないぞ」
「と、とにかく、立ち話もなんですので中へお入りください。汚いところですが、お茶でもお淹れいたします」
フランツは一行を拠点の中へ案内し、居間のソファーを勧めた。そして来客全員が腰を下ろすには場所が足りないことに気が付くと、真っ青な顔で階段を駆け上がって行く。
恐らく二階の物置部屋に椅子を取りに向かったのだろうが、実戦でさえ見せたことのないような素早い動きだった。
「お、おい……。お貴族様に出せるような茶なんかねえぞ。どうすんだ、いつものでいいのか?」
「フランツがお茶でも淹れると言ってしまった手前、出すしかなかろうよ……。水よりはマシじゃ」
「あの、私はメイドのピナと申します。よろしければこちらの茶葉をお使いください。私もお手伝いいたします」
逃げるように台所へ向かおうとしたマウリとバルトにはピナがついて行った。
「お前たち、こちらがパメラ嬢だ」
「おお、貴女が! 魔術師でありながら近接戦闘もこなされると先生から拝聴いたしました!」
「な、何でも
「えぇ!? い、いえ、私は、その────」
パメラは騎士たちに囲まれてあわあわしている。
「クロス、お前スゲーとこに住んでんだな。オレん家よりデケーんじゃねーか?」
「きっと優秀なパーティーなのでしょうね。名のある冒険者は貴族以上に稼ぐと聞いたことがあります」
「いや、この家はだな────」
修繕した廃墟を安い家賃で借りていることを説明する。
一見立派に見えるこの屋敷は、その実、黒須が暮らし始めてからも幾度となく手直しが加えられていた。壁の
とにかく雨漏りが酷く、雨垂れに襲われたパメラが悲鳴を上げる度に『またか』という気分になる。テーブルや床をよく見れば、天井から垂れた水滴が丸い染みを残していることが分かるだろう。
各々が話をしている内に席の準備が終わり、テーブルには人数分の紅茶が並べられた。穏やかな雰囲気のレナルドに多少は緊張が
「レナルド様。道中、クロスがご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「迷惑など、とんでもありません! 先生に依頼を受けて頂いて本当によかったと思っています。また機会あれば、次も必ず指名させて頂きますよ」
「そうですか……。それはよかったです。ええ、本当に」
フランツは心底安堵したという風に胸を撫で下ろした。出立の朝に心配無用と言ったはずなのだが、この心配性はもう少しどうにかならないものだろうか。
「それで、その"先生"と言うのは一体?」
嬉しそうな口調で話して聞かせるレナルドとは裏腹に、説明が進むにつれて仲間たちの顔が曇る。
「お貴族様にお説教を……。こ、これはギリギリセーフですかね?」
「本当にギリギリじゃがな。レナルド様が気にしておられんのなら、まぁ良しとしようぞ」
「その、怒って暴れたりはしませんでしたか?」
「えーっと、確かに一度は剣を向けられましたが…………」
「騎士として恥ずかしい限りですが、血だらけでにじり寄って来るクロス殿には戦慄しましたな。本気で殺されるかと思いましたぞ」
二人が余計なことを言った途端、仲間たちが泡を食ったようにいきり立つ。
「クロスゥゥゥ!! テメーさっき今回は何もしてねえつってたよな!? 何やってんだ大馬鹿野郎!」
「あれだけ我慢するよう言い聞かせたじゃろうが! 相手は領主様のご子息じゃぞ!?」
「お前ってやっぱヤベー奴なんだな……。高位貴族に手ぇ出したなんてバレたら、処刑されても文句は言えねーぞ」
「ち、違う。あれは野盗どもを斬った直後で、たまたま剣を持っていただけだ。確かに少し腹は立てていたが、彼らに向けていた訳ではない。俺は約束を破っていない」
「レナルド様、ラウル様! どうかお許しくださいっ!! 彼は外国からやって来たばかりで、まだこの国の常識を知らないんです!!」
フランツは椅子から立ち上がると思い切り頭を下げた。その顔色は死人のように血の気を失っている。
「おやめください、フランツ殿。ご心配には及びませんよ。罪に問う気などさらさらありません。あれは僕らが勘違いをさせてしまったようなものですから」
「その通りですな。それに今となってはクロス殿の考え……。武士道という精神も理解できました。我らの行動は、彼にとっては侮辱と取られてもおかしくはなかったでしょう」
無事に黒須の冤罪も晴れ、そこからは和気藹々とした談笑が始まった。
レナルドがナバルの様子や旅路の出来事を語れば、フランツは迷宮探索や普段の冒険者生活について話す。バルトとマウリは貴族とは眼を合わせようとしないものの、冒険者に興味津々な見習いたちに気をよくしたのか、躍動感たっぷりに
黒須は特にすることもないので
ひとしきり会話を楽しみ、そろそろ解散しようかと皆が玄関に向かおうとした所、不意打ちのようにラウルが黒須の前に立ち塞がる。
「クロス殿。最後に一手、手合わせ願えるであろうか」
「構わんが……。ラウル殿、もしや────」
壮年の顔に喜色が表れる。
嬉しくてたまらない悪戯小僧のような笑みだ。
「帰路で魔物と戦って確信した。どうやら、体の感覚が戻ったようである」
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