第56話 冒険者さん、感動する

 とんでもない戦いを見てしまった…………。


 この辺鄙へんぴな空き地で行われた立ち合いは、後々まで、いや、死ぬまで忘れられないほど衝撃的な名勝負だった。想像を遥かに超える絶技の応酬を目の当たりにして、ぼーっと突っ立っていただけなのに、運動したあとみたいに体が熱っぽい。


 限界まで集中していたつもりだが、それでも、自分程度の剣士ではきっとやり取りの一割も理解出できていないという確信めいた思いがあり、行き場のない無念さと焦がれるような憧れの気持ちがもやもやとして胸の中に鬱積する。


 しかし、今はそんなことよりも──────


「やっぱり、そうだ……」


 フランツはクロスと親しげに話している大柄な騎士を尊敬の眼差しで見つめていた。


 ご挨拶させていただいた時には気が付かなかったが、その流麗な槍捌きを見て思い出したのだ。十八年前に終結したオルクス帝国との大戦を勝利に導き、たった一人で戦局を変えるとまで言われた王国最強騎士の勇名を。


 、ラウル・バレステロス。


 王家直属近衛騎士団への勧誘を蹴り、飽くまで西方の守護に拘ったとされる言わずと知れたアンギラの偉人である。当時、身体強化の奇跡において大陸で右に出る者はおらず、敵国からは恐れをもって"ファラス王国の魔槍騎士"と呼ばれていたそうだ。

 自分がまだほんの小さな、五歳か六歳の頃の伝説だが、ギルドの資料室にある王国戦記にもその名はしっかりと記されている。


 戦後、唐突に前線から姿を消して行方不明となったことから、王国の弱体化を他国に知られないために戦死を隠匿されたなどとまことしやかに噂されていたが…………


 紛れもなく、本物の英雄が目の前にいる。その現実味のない状況に、頬をつねればまともな風景に変わるんじゃないかとさえ思えた。


「フランツよ。ありゃあ、まさかとは思うが────」


 自分と同じような表情をしている所を見るに、バルトもその正体に思い至ったらしい。


「うん、俺も今気付いたよ。あの人、"魔槍"だ」


「では、クロスがヘコませたあの鎧は……。陛下から下賜されたという総魔銀製の────」


「いや、やっぱり別人なんじゃないかな」


 ラウル様は魔術を使用していなかった。

 レナルド様が魔力を失ったと言っていた気もするが…………


 人違いだ。うん、そうに違いない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 別れを惜しみつつレナルドたちが去り、すっかり静かになった拠点には陽気な蜥蜴人だけが残された。屋敷を囲む鉄柵の中を狂ったように爆走していた彼の愛馬を何とか木に繋ぎ、改めて居間のソファーで向かい合う。


「俺は風呂に…………」


「馬鹿もん、止血が先じゃ!」


 さりげなく席を立とうとしたクロスをバルトが捕獲し、肩口に布を押し当てる。それほど重い傷には見えないので、初対面の貴族を残して消えられては困ると気を回してくれたのだろう。


「それで、タイメン様は────」


「おいおい、"様"は止めてくれよ! 鱗が逆立っちまうぜ! 冒険者同士なんだから呼び捨てで構わねーって」


「なんか……。貴族ってもっとこう、偉そうなヤツらだと思ってたぜ」


 同感だ。クロスのような例外は別として、これまで貴族と面と向かって話す機会などなかったが、レナルド様やラウル様も意外なほど気安い雰囲気だった。


 ご領主様の演説や騎士団による旗行列パレードの印象が強いため、先入観があったのかもしれない。


「田舎貴族なんか平民とたいして変わんねーって。オレも親父も漁師と船乗って漁に出てんだぜ? 親父はまだしも、ナバルにゃオレを貴族扱いするヤツなんか一人もいねーよ」


「じゃあ、タイメン。クロスからここに住みたいって聞いたけど、事情を教えてもらってもいいかな?」


「オレは生まれてから一度もナバルを出たことがなくてよー」


 タイメンの語った話は、故郷を飛び出してきたフランツたちにとって共感を覚える内容だった。


 田舎で暮らしていると、なんだか自分だけが世界に取り残されているような、大きな可能性をふいにして生きているような。そんなやり切れない想いに駆られることがあるのだ。


 身分は違えど、同じ田舎者として都会に憧れる気持ちは痛いくらいによく分かる。


島亀アスピドケロンのせいで今は代官の仕事もねーから、その間だけでもアンギラで暮らしてみてーんだ。オレも冒険者として少しは稼いでたから、もちろん家賃も払わせてもらう。だから頼むっ! 少しの間だけ、オレを仲間に入れてくれ!」


 目を瞑り、意を決したような面持ちで頭を下げるその姿には、相違点よりも共通点の方が多いように思えた。


「……分かった。タイメンを荒野の守人の臨時メンバーとして歓迎するよ。気難しいクロスが連れてきたってことは、信頼もできるだろうしね。じゃあ、二階の物置部屋を片付けるからそこを使ってくれ」


「やったぜ!! ありがとなー!」


 タイメンは喜びで尻尾を床に打ち付けた。その音でパメラがビクッとなり、悪い悪いと苦笑している。


「それにしても島亀か……。ナバルも大変なんだね」


 島亀はSランクの中では比較的温厚な魔物だ。手出しさえしなければ害はないのだが、その背には希少な鉱石や植物が存在するとされており、過去、一攫千金を夢見た小国の王が軍を派遣して国ごと滅ぼされたという逸話がある。


 そのため、出現した場合は絶対に攻撃してはならないという法がどこの国にも定められているのだ。


「話にゃあ聞いたことがあるが、見たことはないのう。クロスよ、お前さんもその姿を見たのか?」


「ああ、マウリが一万人乗っても平気なほどの巨大な島だった」


「フランツならどうですか?」


「…………三千人だな」


「おいコラ。俺がフランツの三分の一サイズのチビだって言いてえのかテメー」


「マウリンって旅行小人ハーフリングだよな? それにしちゃー……」


「何だよ? 言いてえことがあんなら言ってみろよ蜥蜴野郎」


 憐れむような表情で口を濁したタイメンをマウリが睨み付ける。


 なんというか、実に対称的な二人だ。蜥蜴人にしては大柄なタイメンと旅行小人にしては小柄なマウリ。圧倒的な体格差も相まって、大人と子供のように見える。


「あっ、そうだ。俺たち、もうすぐ二回目の迷宮探索に入る予定なんだけど、タイメンはどんなタイプの戦い方をするんだ?」


「オレは重戦士だ。魔術は水の適性を持ってっけど、使えるのは創水クリエイトウォーターの奇跡くらいだなー」


「……飲み水が出せるのは助かるよ。前は意外と水場が少なくて困ったんだ」


 ちょうど昨日、トトの店で大きな水筒を買ってしまったばかりなので少しショックだが、返品を頼むしかないか。


「遠征の準備はどうなっている?」


「ほぼほぼ完了ってとこかの。あと足りんのは防水用のテントと────」


水薬ポーションだ。トトの店は売切れで、エリオの店も増産中だとよ。ガーランドで買うと高ぇし、領都こっちで用意しときてえよな」


「よし。じゃあどうにか明日一日で準備を終わらせて、明後日の朝に出発しようか」


 フランツの立てた方針に仲間たちは首肯して同意を示した。




 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 いつも拙作をお読み頂き誠にありがとうございます。


 昨日、総閲覧数が100万PVを突破いたしました!!

 ここまで応援して頂いた読者の皆様に心から感謝いたします。


 今後とも『お侍さんは異世界でもあんまり変わらない』をよろしくお願いいたします。


 P.S.

 最近、他の作者様の小説を読んでいて拙作は一話あたりの文字数が多過ぎる(五千〜七千)ことに気が付きましたので、今回は出来るだけ短めにしてみました。

 筆者自身はあまり気にしたことがないのですが、一千〜二千文字くらいの方が気軽に読めますでしょうか?

 手探り状態の素人仕事につき、ご意見を頂ければ幸いです。

 ※ヘタレのため返信は出来ておりませんが、頂いたコメントは全て拝読しております。

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