第41話 騎士さん、傭兵の実力を知る

「全騎停止せよ! 前方、犬鬼コボルド三体!」


 荒地に入り山が近くに見え始めた頃、街道上に魔物が現れた。ラウルは大声で指示を出しつつ対応を考える。


 護衛はたったの四人。守るべき馬車を放置して全員で向かうわけにはいかん。見習いたちでも十分に倒せる相手であるが、奴らには実戦経験がないため万が一が有り得る。


 となると、馬車を見習いに任せて私が出るか? いや、それもまた不安である。

 ここは────……


「ラウル殿、ここは俺がやろう」


 こちらの思考を先読みするように傭兵が声を掛けてきた。


「すまぬ。頼めるであろうか」


「ああ。この護衛体制なら、よほどの大群でない限りは俺が戦うのが最善だ」


 言うが早いか、クロスはその場で弓を構えると即座に馬上から速射した。こちらに気付き駆け出そうとしていた犬鬼の眉間に風穴が空く。


「な……っ!?」


 速い────!

 それに何という威力と精度だ……!


 速射性の低い長弓ロングボウを使っているにも関わらず、構えてから射るまで三秒と掛かっていない。それも、不安定な馬上からだ。


 騎士には馬上から弓を射るという様式はないが、たとえ歩射であったとしても、頭部を貫通させるほどの威力を出せる射手は滅多にいない。


 驚愕しているラウルを他所に、クロスは間を置かずに馬を走らせる。手網を手放し腰の剣を引き抜くと、狼狽えている二体の間を縫うように走りながら、すれ違いざまに首をねた。


 これは────想像以上であるな。


 彼の持つ得物は長剣と呼ぶにはいささか刃渡りが短く、騎乗戦闘に向いているとは言えない代物だ。それを物ともせず、まるでくらと下半身が接着しているのではと思えるほど上体を傾けて剣を振って見せた。下肢が未熟な者があんな真似をすれば、またたく間に落馬してしまうだろう。


 まさ人馬一体じんばいったい。自分たちとは全く系統をことにする馬術だが、騎士団の訓練でもお目に掛かれないような神技である。


「いやはや、お見事。クロス殿は剣士と聞いていたが、弓や馬も一流なのだな」


 ラウルは心から感服していた。腕の良さも然ることながら、彼の取った行動は明らかにこちらの心中を察した動きだった。


 あの速射ならば間違いなく三体とも弓で仕留められたはずだ。敢えて突撃したのは、彼の実力を知らない自分にその腕を見せるためだろう。サリアから凄腕と聞いてはいたが、初対面の傭兵の実力を不安視するのは護衛責任者として当然のこと。だが、今の戦闘だけで彼の実力は信頼に足ると否応いやおうなく確信させられた。


「俺の国では騎射は花形、最高位の武芸とされている。馬上弓術は武士たる者の必須技能だ」


「ブシ……? いや、それでもあの威力は素晴らしかった。クロス殿は生国でも有数の使い手だったのではないか?」


「弓馬の道はそこそこたしなんだが、俺など鎧三領の射通しが精々せいぜいだ。誇れるほどの腕ではない。故郷の熟練者には八町ちょう……八百七十めーとる先の船の横腹を射抜いて沈める者さえ居る」


「────……なるほど」


 弓の話をしていたつもりが、いつの間にやら投槍ジャベリンの話にすり替わっている?


 いや、投槍器アトラトルを使ったとしても百mの射程が限界であるはずだ。共和国から弩砲バリスタを仕入れた際にアンギラの城壁で試射に立ち会ったが、あの大型兵器でさえそこまでの射程はない。


 微塵の笑みもない仏頂面だが、これは冗談と受け取ってもいいのだろうか。


「この国で弓騎兵は珍しいのか?」


「うむ、馬上から弓を射る兵種は存在しておらんな。森人エルフの国にはそのような様式もあると聞き及んでいるが」


道理どうりで……。何処を探しても尖矢とがりやしか見当たらんはずだ。鏃工やじりこうがいないのか。いや、魔術が存在する故に弓や砲が軽視されていると考えればそれも頷ける。今度オーラフに頼んで柳葉やないば楯割たてわりだけでも造ってもらうとするか────」


 なにやら突然ブツブツと自分の世界に入ってしまった。束の間話し込んでいると、馬車を警護していた見習いたちも恐る恐るやって来る。


「手網を持たずに脚だけで馬を操るとは……。恐れ入りました」


「い、一体どうやって……。こう、いやっ、こうかな?」


 オーリックは太腿で馬を強く挟んで体を捻ってみるが、馬は嫌そうに鼻を鳴らすだけで思うように動いてくれない。見習いたちも当然騎馬戦闘の訓練は受けているが、両手を離したまま走る馬術は初めて見た。


「いや、この馬が優秀だっただけだ。魔物を全く恐れない。よく訓練されたいい軍馬だな」


「ふはは、ご謙遜であるな。まぁ、貴殿がそう言うならそういうことにしておこう」


 北に全軍を向かわせている状況で優秀な軍馬が残っている訳がない。ラウルたちの乗る馬はどれも一線を退いた老馬ばかりだ。


「クロス殿。そ、それはどうされるのですか?」


 少し目を離した隙に、クロスは犬鬼の死骸に歩み寄りそれぞれの右耳を切り取っていた。


「"事後受注あとだし"と言ってな。討伐証明を持ってギルドへ行き、もしその魔物の討伐依頼が貼り出されていれば受注して即達成となる場合がある。冒険者としての知恵だ」


 …………何故だろう。弓や馬のことを語っていた時に比べると、随分と嬉しそうな満面の得意顔に見える。冒険者としての矜恃のようなものがあるのだろうか。


「冒険者としての知恵でありますか……!」


「ぜ、是非詳しくお伺いしたいです!」


 見習いたちは傭兵もそうだが、冒険者ともこれまでの人生で関わったことがなく、クロスの話に興味津々だった。騎士を目指す者として非常識と言われるかもしれないが、得てして英雄譚とは冒険者を題材にしているものが多い。若い二人が目を輝かせるのも無理のない話だ。


「これ、続きは進みながらにせんか。レナルド様をお待たせしておるのだぞ」


 ラウルは興奮する見習いに一言掛けて落ち着かせると、御者席のピナに目をやって行進を再開させた。

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