第40話 騎士さん、傭兵に話し掛ける

 審査を待つ者の群れで混雑している門前、人の海を割るようにして悠々と辺境伯家の馬車が進む。


「お、おい……。何かやべぇのが来たぞ」


「おかあさん、怖いよう」


「ほら、こっちに来なさい。端に避けましょう」


 最初は馬車に施された紋章の威光によるものかと誇らしく思っていたのだが……。過ぎ行く人々の囁きを聞き、それだけが理由ではなかったらしいと気が付いた。


「…………………」


 アクセルは馬車の後方で油断なく目線を飛ばしている傭兵に目を向け、新種の魔物を発見した学者のごとくまじまじと観察する。


 確かに、あれでは並の者は近寄れないだろうな────……


 クロスという名の傭兵は、どうやらすれ違う者たちをその鋭い眼光で威圧することによって馬車から遠ざけているようだ。特に武器を持つ者がいた場合には凄まじく、離れた位置にいる自分ですら後髪が逆立つほどの殺気を向けている。


 本来は馬車の左右を守る自分たちが露払いとして群衆を散らす役割を担うはずなのだが、おかげでその負担は大きく軽減されていた。専属護衛を拝任している者として、尊敬の念を禁じ得ない離れ業だ。


 一見して十代の自分と変わらない年齢に見えるが、あれで凄腕の傭兵なのだと隊長から説明を受けた。同時に、ギルドマスターがわざわざ警告するほどの乱暴者だとも。


 しかし、これから数日間は共に力を合わせて主を守る間柄だ。訓練でも、外部の協力者と連携する場合は早期に友好関係を築いておくことが重要だと教わっている。


 どうすべきかと逡巡し、アクセルは馬車の反対側に馬を向けた。


「なぁ、オーリック。クロス殿に話し掛けてみようか」


「そ、そうだね。でも、もう少し人通りが少なくなってからにしようよ。万が一通行人が襲ってきたら、ぼ、僕らがレナルド様を守らなきゃ」


 生真面目な親友は初の護衛任務という状況もあってか、幾分か緊張した面持ちで返答した。


「それもそうだな」


 忠告に従い、素直に馬を元の位置に戻らせる。


 生来の吃音きつおんのせいで臆病者と勘違いされることもあるが、オーリックは誰よりも慎重で用心深い男だ。彼とは年齢が近く、親同士が親しいということもあって兄弟のように育てられた。血を吐くような過酷な訓練を共に耐え、苦楽を分かち合ってきた本物の戦友。


 少し短慮な所がある自分をいつもたしなめ正しい方向へと導いてくれる男の言葉に、アクセルは気合いを入れ直して前を向いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「クロス殿、少しお話させていただいても大丈夫でありますか?」


「そ、そろそろ人通りも少なくなってきましたので、今のうちに親交を深めたく……」


 南門を出てしばらく、周囲に人気ひとけが無くなったのを見計らって見習いたちは傭兵に声を掛けた。騒然としていた門前と違い、晴天の街道には馬蹄ばていのカツカツという音だけが響いている。


「ああ、俺もちょうど退屈していた所だ」


「その……。隊長と話されているのを耳に挟みましたが、クロス殿は冒険者としても活動されておられるのでありますか?」


 可能な限り平静を装い、慎重に言葉を選ぶ。この男に対しては絶対に尊大な態度を取ってはならぬと厳命されているため、手網を握る手にはじんわりと汗が滲んでいた。


「俺は主に冒険者として活動している。傭兵として依頼を受けるのは今回が初めてだ。アクセル殿、オーリック殿」


「クロス殿。我らはいまだ未熟な見習いの身でありますので、敬称は不要です。どうか呼び捨てにしてください」


「そうか。では俺のこともクロスと呼んでくれて構わんぞ。近頃は呼び捨てされるのにも随分と慣れた」


「い、いえ、とんでもありません。我らは貴殿にご協力をいただいている立場ですので……。お許しを」


「まぁ、無理にとは言わん」


 主に対して膝をつかなかった時は情報通りの粗暴な男なのかと思ったが────その意外にも友好的な対応に、少しばかり拍子抜けする。


 見下されるのも覚悟していたのだが…………


 騎士見習いは自他共に認める半端者だ。貴族位は持っていないものの、主家に仕える者として一般兵よりは立場のある身分。そんな自分たちに相対した際、平民の反応は往々にして両極端に別れることが多い。


 あなどるか、へりくだるかだ。


 クロスの態度はそのどちらにも当てはまらず、自分たちに目線を合わせようとしてくれていると感じる。若者相手に使うには不適切な表現かも知れないが、孫の相手をする好々爺のような老練な雰囲気。親子くらい歳が違うはずなのに、ラウル隊長と話しているような不思議な感覚に陥り、見習いたちは思わず背筋を伸ばした。


「クロス殿はCランクの傭兵でいらっしゃるのですよね? い、依頼を受けていないのならば、何故?」


「話せば長いのだが────」


 彼の口から語られた話は、事前に聞いていた印象を百八十度変えてしまうほどに衝撃的な内容だった。


「なるほど……。お仲間を侮辱されたことに端を発しているわけでありますか」


「な、仲間を想う気高い精神、大勢を相手に一歩も引かない勇気! 騎士を目指す者として敬服いたします!」


 英雄譚を愛読しているオーリックはキラキラと目を輝かせている。


 しかし、これは一体どういうことだろう。これでは乱暴者どころか、高潔な騎士そのものだ。


「二人は何故騎士になろうと?」


「我らはどちらも代々アンギラ辺境伯にお仕えする家柄の者でありまして。幼い頃より、騎士である父から辺境伯家に相応しい男になるよう言い聞かされて育ったのであります」


「ラウル隊長から日々ご指導いただいておりますが、まだまだ騎士への道のりは遠いです。……じ、実は、実戦経験もありません。不甲斐ない身を恥じるばかりですが、クロス殿にお頼りする場面もあるかも知れません」


「構わん。お前たちはまだ若い。心さえ折れなければ、力などあとからついて来るものだ」


「心さえ……。そういうものでありますか?」


「俺の故郷には"心・技・体"という言葉があってな、三つのうち、どれか一つでも欠けていれば未熟者と看做みなされる。そして、最も重要とされているのが"心"だ。鍛え難く、折れ易い。だが、何かを成すためにはそれがどんなことであれ、強靭な心胆が必要になる。技や体だけに頼っていれば、大きな壁にぶつかった時に容易に諦めてしまうものだ。ゆえに、こころざしを持ってのぞめば成し得ぬことなど何一つない。少なくとも、俺はそうやって生きてきた」


「「………………」」


 二人の若者はその言葉に強い共感を覚えた。彼の言う通り、自分たちが尊敬する騎士は一人の例外もなく心の強い者ばかりだ。


 対して、自分たちはどうだろうか?

 未熟なのは本当に力不足だけが原因だっただろうか?

 親に言われるがまま日々訓練に励んでいるが、そこに確固とした志しはあっただろうか?


 そんな疑問が胸をかすめ、しばし頭を悩ませる。


 無言で馬を歩かせる見習いたちは、先頭を進むラウルが暖かい眼差しを向けていることには気が付かなかった。


 ラウルは目線を前方に戻すと、今の会話に思いを巡らす。


 強靭な心がなければ壁にぶつかった時に諦めてしまう、か。確かにその通りであったな。心をもっと鍛えてさえいれば、私はこんな、晩節を汚すような有様にはならなかっただろうに。


 後悔、悲しみ、切なさ、孤独。そうした押し隠すことのできない幾つもの感情が混ぜこぜになって、べったりとラウルの顔に張りついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る