第37話 お侍さん、手紙を受け取る

「素材の買取が合計金貨十三枚。そして、こちらが直通門の使用許可証になります。凄いですね! 初回探索で十階層踏破はEランクパーティーでは快挙ですよ!」


「ありがとうございます!」


 一行は迷宮を出てすぐ素材の買取と許可証の申請を行っていた。アンギラと違って、狩場とギルドが近いというのは便利なものである。


「聞きました? 快挙ですって!」


「後半はクロスのおかげじゃがの」


「でもまぁ、悪い気はしねえよな!」


「……………………」


 受付の女に褒められフランツたちはまさに喜色満面。嬉しくて堪らないというように顔を輝かせているが、黒須は一人、釈然としない心境だった。迷宮という場所が尋常ならざる魔境だと納得はしたものの、たかが穴蔵を深く潜ることに一体何の栄誉があるのか。正直言って理解に苦しむ。


 ちまたの若侍どもの間で肝練きもねりと称した度胸試しが流行っており、冬眠している熊の巣穴に潜り込むような遊び、乃至ないしは胆力鍛錬法があると以前耳にしたが────それと似たような趣意しゅいなのだろうか。


 皆がニコニコと上機嫌なので野暮やぼなことは口にしないが、迷宮探索に金を稼ぐ以上の意味合いがあるとはにわかに思えず、むしろ、その受付の言葉には冒険者をより深く潜らせるための取って付けたような作為の意図を感じた。


 ギルドとしては冒険者の狩る魔物の素材。冒険者としては魔物の素材を売った金。互いの利害は一致しているのだろうが、若人わこうどを焚き付けるような姑息な手段は虫が好かない。


 "寸善尺魔すんぜんしゃくま"

 出立の際に兄上が申していたように、人の世とはこれ地獄に似たり。一寸の幸福には一尺の魔物が必ず付いて回るものだ。誰も信用できない旅の身の上だったゆえ穿うがった物の見方やも知れないが、仲間に向けられる害意は自分こそが蹴散らしてやらねばなるまい。


「クロスさん?」


「おい、難しい顔してねぇでさっさと行くぞ」


 黒須は腕組みをして考え込んでいたが、二人に袖を引かれてギルドを後にした。次は戦利品を鑑定してもらうための店へ向かうらしい。


「えーっと、どっちだったかな?」


「ガーランドに魔道具屋はいくつかあるが、儂の知っとる店はこっちじゃ」


 バルトの案内で奥まった路地を進み、ひっそりと佇んでいる一軒の店に辿り着いた。大通りに出るとあれほど人でごった返しているのに、ここだけは人を寄せつけない磁場のようだ。人通りがほとんどない。


 立て付けの悪い扉を開いて中に入ると、薄暗い店内には埃をかぶった雑貨がひしめくように置かれており、奥の帳場ちょうばに白髪の老婆が座っていた。


「すみません、鑑定をお願いしたいのですが」


「あいよ。一つにつき銀貨一枚いただくが、構わんかね?」


「お願いします。鑑定してもらいたいのは────」


 フランツは魔法袋、指輪、片眼鏡を取り出して老婆の前に並べた。


「おやおや、魔法袋かい。アンタら随分と運がいいんだねぇ。さて、ちょいと見てみようかね……」


 店主は魔法袋を左手に持つと、右手をかざすようにして目を瞑った。はたから見れば胡散臭いト占師そのものだ。


「……おい、眼を閉じたまま鑑定するつもりか?」


「へっ?」


「あっ、いや、すみません。続けてください」


 こちらの問い掛けに店主は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、フランツが慌てた様子で黒須を店の隅に連れ出す。


「クロス、鑑定アイデンティファイの奇跡っていうのは、哲学者フィロソファス以上の魔術師にしか使えない闇属性の魔術なんだ」


「哲学者?」


「あーっと、そっちはまだ教えてなかったっけ……。パメラが魔術師ギルドにも入ってるのは知ってるよね?」


「いや、初耳だが」


「……うん、その辺は今度パメラから詳しく教えてもらおうか。とりあえず、使い手の少ない珍しい魔術でね────」


 フランツによると"鑑定"とは言葉通りの意味ではなく、この店のように素性の知れない雑貨を買取る場合や、商人が品の真贋しんがんを見極める際に重宝される魔術らしい。


 説明を聞いてもピンと来ないが、要は、よく分からない道具の正体をあばくことができるという意味か。どうやら魔術とは想像以上に万能なようだ。


「アンタら、本当にツイてるよ。こりゃ中位の魔法袋だ。容量はだいたい馬車三台分で……重量軽減効果もあるね。時間停止は付いてないみたいだが、ウチで買取るなら金貨六十枚は出すよ。もし王都で競売オークションにかけるなら、運がよきゃ金貨七十枚はいくかもね」


 フランツたちは手を叩いて歓声を上げた。金が足りないと意気消沈だった姿を思い出し、黒須の頬も僅かに緩む。


「たった一回の遠征でこれかよ! 迷宮ってやべぇな!」


「普段受けてる依頼とは比べ物になりませんね!」


「初回探索の成果としちゃあ間違いなく大金星じゃな!」


「おやまあ……。これが初めての挑戦だったのかい? 女神様の祝福だねぇ」


「金貨……七十枚……っ!」


 フランツは感極まったように顔を背け、わなわなと震え始めた。


 本人はあれで隠しているつもりらしいが、黒須も仲間たちも、彼がよく泣いていることには当然気が付いている。今も店主以外はわざとらしくフランツを視界から外し、眼を見合わせて『まただよ』というニヤけ面だ。


 しかし────金貨七十枚、か。


 黒須の認識からすれば、それでもまだ飛び切りに。その性能を考えれば文字通りの値千金あたいせんきん百萬両ひゃくまんりょうに匹敵する価値がある。


 "夜討ち朝駆けは武士の習い"

 もしこの魔法袋を奇襲戦に転用するならば、その威力は絶大だ。この袋がいくつかあるだけで、兵站、軍備の輸送も思うがまま。圧倒的な進軍速度でもって、町一つと言わず国一つさえ容易くることができるだろう。希少な品らしいが、今後また手に入るようなら是非とも生家への手土産にしたい。


「この指輪は弱いが魔力回復の効果があるね。買い取るなら金貨二枚と銀貨五枚だ。こっちの片眼鏡は────」


 片眼鏡を見つめていた老婆の顔が汚物でも見たかのように急にしかめられる。


「最後の最後でツイてなかったね。こりゃアタシらからすりゃあ天敵みたいな魔道具でね、鑑定の片眼鏡だ。使い方を知ってりゃ鑑定料は掛からなかっただろうに。買取金額は金貨六枚だね」


 老婆によると、これを装着した状態で魔力を込めて見れば鑑定の奇跡と同じように品物の詳細が分かるのだと言う。つまり、魔力が何なのかも分からない自分にとっては無用の長物だ。


「で、どうするね? 売ってくれるならアタシとしちゃあ嬉しい限りだが」


「そうですね…………」


 フランツは碁盤にでも向かい合うかのように眉を八字に寄せ、長い間考え込んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「守護塔が見えましたよ!」


「やっとだな。尻が痛ぇ……」


 ガーランドで一泊し、馬車を二度乗り継いでようやくアンギラの門を潜る。乗合馬車の揺れは筆舌に尽くし難いほど酷く、ロロの御者としての腕前がいかに優れていたか思い知らされた。


「行きに比べたら荷物がない分マシだけどね」


 フランツは大事そうに魔法袋をぽんぽんと叩いて苦笑する。


「……本当に売らなくてもよかったのか? 金貨七十枚は大金だろう」


 一行は魔道具を売ることはせず、老婆に礼を言って持ち帰ってきていた。皆して最後まで頭を抱えて悩んでいたが。


「どれも今後の活動に役立つ物ばかりだからね。それに、魔道具は破損して効果が消えない限り価値も下がらないんだ。いざとなったらその時に売ればいいよ」


「素材の買取額だけでもしばらく安泰じゃからの。よほどの出費がない限り数ヶ月は持つわい」


「三人ともー! 話してないで行きますよー!」


 久々の帰宅に浮かれているのか、パメラに急かされるようにして脚を早める。朝一番にガーランドを出発したのでまだ陽は高いのだが、彼女の気持ちも分かるため、誰も文句は言わなかった。


「やっと帰ってこれたね」


「ただいま戻りましたー!!」


「誰に言ってんだよ」


「風呂に入る」


「儂は酒じゃ!」


 到着するなり黒須は風呂へ入り、バルトは酒を飲み、他の三人は昼寝をすると言って自室へと向かった。


「────ふぅ」


 湯に浸かり、海藻のように頼りなく揺蕩たゆたう髪を弄りつつ、細く長い息を吐く。この風呂桶から眺める景色も今では見慣れ、川瀬のせせらぎに耳を傾けながら過ごすひと時はいつの間にか至福の時間になっていた。


 眼を閉じて、ただただぼんやりと湯に身を任せる。本来この国に帰る場所などないはずの男の顔には、隠し切れない安堵の色が浮かんでいた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「みんな、初めての迷宮はどうだった?」


 その日の夕食には、迷宮探索中に各自が恋しいと漏らしていた食べ物が揃っていた。露店で買った豚鬼の串焼き、柔らかいパン、新鮮な野菜のサラダ、瑞々しい果物、葡萄酒。どれも久しぶりのご馳走だ。


「初見の魔物も多かったが、案外危険は少ない印象かの。とにかく、全員が無事に帰れて何よりじゃわい」


「危ねぇ噂もあるから入るまではビビってたけど、聞いてたほどじゃなかったよな。それに、やっぱり普通に依頼を受けるより迷宮は金になるぜ」


「宝箱を開ける時のワクワク感はたまりませんでしたね! 今回は特に運がよかったみたいですけど、便利な魔道具が手に入るのは嬉しいです!」


「魔の森と違って、わざわざ探さなくても魔物がいる環境はよかったな」


 順調な探索だっただけに、皆の反応は概ね好意的だ。


「俺も正直、今回の探索は余裕を持って終われたと思う。でさ……。俺たち、今後しばらく迷宮探索をメインに活動しないか?」


「いいんじゃねぇか? 十階層から先は格上の階層だが、調子に乗らなきゃまだまだ進めると思うぜ」


「俺も異論はない。最近は剣と弓ばかり使っていたからな……。次は槍か薙刀を持って行くか」


「手に入れた魔道具も迷宮探索向きだしの。特に魔法袋があるのは大きい。お前さんの武器くらいならいくらでも持ち込めるぞい」


「今回の探索で足りなかった物も持っていけますからね。柔らかいパンに調味料、雨対策の装備に予備のブーツ。あっ、意外と水場が少なかったから大きな水筒もあった方がいいですね」


「よし。それじゃあ明日からしばらく休息期間にして、その間に長期で迷宮に潜るための準備を整えよう」


 話を総括するようなフランツの言葉に、皆は首肯して同意を示した。


「────ん? 何だこれ」


「どうした?」


 今後の方針も決まり、次は何を持って行くかと話し合っていると、パンを落としてテーブルの下を覗き込んでいたマウリが不思議そうな声を上げた。


 椅子に座り直したその手には、装飾の施された薄い紙。いや、色味からして動物の皮か。


「手紙? 珍しいね。留守の間にドアの隙間から誰かが入れたのかな」


 マウリから手紙を受け取ったパメラがくるりと裏返して観察する。


「これ、クロスさん宛のお手紙ですよ」


「……俺か? この国にお前たち以外の知り合いはいないはずだが。誰からだ?」


「傭兵ギルドの────サリアさんって人からですね。お知り合いですか?」


 その不愉快な名を聞いて、つい先ほどまで食事を楽しんでいた黒須の眉間に深い皺が刻まれた。

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