第38話 冒険者さん、お侍に付き添う

「傭兵ギルドの────サリアさんって人からですね。お知り合いですか?」


「…………知り合いと言えば知り合いだが」


 傭兵ギルドからの手紙と聞き、フランツの顔には困惑の色が浮かんでいた。


 自分も長く冒険者をやっているが、ギルドからそんなものが届いたことなんて一度もない。ヘルマンから呼び出された時がそうであったように、通常、何らかの通告がある場合は当人がギルドを訪問した際に直接伝えられるものだ。


「そういやお前、いちおうCランクの傭兵だったな。忘れてたぜ」


「緊急かもしれないし、とりあえず読んでみなよ」


「ああ」


 クロスは乱暴に封を破り、手紙を取り出して声に出して読み始めたが────


「依頼……ギルド……来い……?」


「クロスさん、貸してください。私が読みますよ」


 彼は毎晩のように共通語を勉強しているが、まだ簡単な単語しか読むことができない。それも、依頼書を読むために冒険者用語を中心に教えているので、知識にはかなりかたよりがある。


「『指名依頼が発出されているため、至急ギルドまで来られたし』、だそうです」


「指名依頼とは何だ?」


「依頼者が特定の相手を直接指名して出す依頼のことじゃ。高位の者にはよくある形式じゃが……。お前さん、登録した日から一度も傭兵ギルドに顔を出しておらんよな? 何か妙じゃな」


 バルトは訝しげに首を傾げる。それもそのはず。そもそもCランクに指名依頼が出ること自体がまれまれなのだ。


「誰か、クロスの知り合いからの名指しなのかな?」


「いや、指名依頼って普通に依頼するより手数料も高くなるんだぜ? 知り合いなら、直接コイツに頼めばいいだけじゃねぇか」


 それもそうか…………。


 ギルドを介さずに依頼を受けることは禁止されているが、依頼者が顔馴染みに受注してもらうために、事前に本人と交渉をすることは認められている。ギルドに依頼を提出する時に依頼者と冒険者が揃っていれば、実質、指名依頼と同じ手続きを取ることが可能だ。


「どういうことだろう……」


「差出人のサリアさんはどんな方なんですか?」


「傭兵ギルドのギルドマスターだ。決闘に割り込まれて、少し頭に血が上ってな。その……。殺しかけたが、お前との約束を思い出して和解した、はずだ。────いや待て、そんな顔をするな。俺は怪我ひとつ負わせていないぞ。約束は破っていない」


 クロスの口から飛び出した突然の爆弾発言に、居間の空気が凍りついた。人は心底驚くと咄嗟に声も出せないらしい。


「────は、はぁっ!?」


「殺しかけたって何だよ!? そんな話聞いてねえぞ!」


「ギルドマスターを……!?」


「クロス! 説明を、ちゃんと説明をしてくれ! イチから全部だっ!!」


 あの日の出来事について自分たちが聞いたのは『傭兵ギルドで少し揉めたが、大怪我は負わせていない。興味が失せたからもう二度と行かない』、その程度だ。そのあとはいかに傭兵ギルドが下らない場所だったか、心底嫌そうな顔でブチブチと愚痴をこぼしていたが、ギルドマスターの話なんて微塵も説明されていない。


「……あの日、ギルドに入ってすぐに受付の男が────」


 全員から詰め寄られ、クロスは居心地が悪そうに傭兵ギルドで起きたことを詳細に話した。


「なんともはや……」


「よかった……! パメラがあの時ああ言ってくれて、本当によかった……!!」


 思い返せば、確かにあの朝、パメラは絡まれても相手を殺すなとクロスに念を押していた。冗談のようなやり取りだったので気にも留めていなかったが…………。


「あの約束がなかったらとんでもねえことになってたな……。パメラ、お手柄だぜ」


 バルトが放心し、フランツとマウリが賞賛する中、パメラはそんなことはどこ吹く風でジーッとクロスの顔を見つめていた。


「クロスさん。さっきサリアさんのお名前を見た時に、ちょっとだけイラッとした顔になりましたよね? 何を考えていたか正直に話してください」


 クロスはパメラからサッと目を逸らしたが、言い逃れはできなさそうだと観念してぽつりぽつりと本音を語る。


「その、だな……。あの時、次に無礼を働いたら手討ちにすると警告したにも拘わらず、詳細を書きもしないふみで人を呼びつけるとは何様のつもりなのかと────……」


「フランツ、これはダメじゃ。こやつを一人で行かせれば大惨事になりかねんわい」


「傭兵ギルドが血の海になる未来しか見えねえ」


「そうだね……。しょうがない、明日俺が付き添うよ。皆は予定通り探索の準備を進めてくれ」


 子供ではないのだから付き添いなど要らないと文句を言うクロスをパメラが一喝して黙らせ、フランツの同行が決まった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「よく来てくれたわね、クロス。……そちらの方は?」


「はじめまして。クロスの所属するパーティーのリーダーで、Eランク冒険者のフランツと申します。彼はこの国の事情にうとい部分があるので、俺も付き添わせていただければと」


 傭兵ギルドの受付に手紙を見せるとすぐにギルドマスターの部屋に通された。想像もしていなかった美しい森人族エルフの登場に、フランツは少しドギマギしながら挨拶をする。


「そう……。まぁ構わないわ。座ってちょうだい」


 冒険者ギルドに比べて随分豪華なソファーに腰を下ろすと、クロスが不躾ぶしつけに話を切り出した。


「それで、何の用だ? 俺は傭兵ギルドに関心はないぞ」


「ク、クロス! 相手はギルドマスターなんだから、敬語を────」


「いいえ、大丈夫よフランツさん。クロス、まずは急な呼び出しをお詫びするわ。少し事情があって、貴方の手を借りたいの」


 サリアはクロスに軽く頭を下げたあと、座り直して神妙な顔つきになった。


「………………」


 森人の美貌は有名だが────それにしても、思わず脱力してしまいそうになるほどの絶世の美女だ。フランツは状況も忘れて白痴のようにぼーっと見蕩みとれていたが、次にサリアから出た言葉に、口にしていた紅茶を吹き出しそうになった。


「ここアンギラの領主、ジークフリート・アンギラ様のご子息が二日後にナバルまで視察に出向かれる。貴方にはその護衛をお願いしたいの。報酬は金貨十五枚、ナバルでの宿泊、飲食などの諸経費はギルドで負担するわ」


「ごっ、ご領主様からの依頼ですか!?」


「正確に言えばご子息の専属護衛からの依頼ね」


「……フランツ、ナバルとは何処にある?」


 予想を遥かに上回る内容に不意を突かれ、突然胃の辺りを鷲掴みされたような感覚が走ったが、顔色一つ変えず平然としているクロスを見て少し冷静になる。


「えっと、南に馬車で二日ってとこかな。海に面した漁師町だよ」


「往復で四日か。滞在日数は?」


「一日の予定よ。往復で五日間の行程を計画していると聞いてるわ」


 お貴族様からの依頼には度肝を抜かれたが、ここまでの説明を聞くに、内容としてはよくある要人護衛依頼だ。しかし、バルトも気にしていたように、そもそもの疑問がある。


「あの、どうしてクロスに指名依頼が出たんですか? ご領主様なら騎士様や領兵に護衛させることもできますよね?」


「…………二人とも、ここでの話は内密に頼むわね。三日前、北の農村がオルクス帝国から焼き討ちにあったのよ。村人はほとんどが殺されて、何人かの女と子供が拉致されたらしいわ。それに領主が激怒してね。昨日、全軍を引き連れて自ら北に向かったのよ。傭兵ギルドにも招集が掛かったから、今手練てだれは全員北に出払っているの。私も今日中には出ないといけない。だから、先方から要請された条件に合う傭兵がクロスしかいなかったのよ」


 その説明にフランツは息を飲む。オルクス帝国と小競り合いが続いているのは知っていたが、それは互いの要塞を攻撃するような、あくまで軍同士の戦闘だと思っていたのだ。


 まさか、民間人を虐殺するとは────


「そんなことが……。その、本格的な戦争が始まるということですか?」


「分からないわ。一般には知られていないだけで、こういった挑発行為は以前から何度も繰り返されているの。でも、領主が戦地に出向くのはこれが初めてのことよ」


「そんな状況で、どうしてご子息様は視察に? 日程をずらせばいいでしょう」


「これもここだけの話にしてね。実は、ナバルは今年に入ってから不漁が続いていて、代官が減税を嘆願していたの。領主も事情を理解して承認の約束をしていたのだけど……。もしかすると今後、戦争に資金が必要になるかもしれなくなった。だから視察と銘打ってはいるけれど、実際は早急に違約の釈明に行く必要があるという話なの。長男は領主代行として動けず、次男は領主に同行したから、貧乏くじを引いたのは三男ね」


「三男、ですか? ご領主様のご子息はお二人では?」


「…………いいえ、息子は三人いるわよ」


 フランツはサリアの態度に少し違和感を覚えたが、それを言葉にする前にクロスが結論を述べる。


「なるほどな、事情は理解した。……フランツ。俺はこの話引き受けてもいいと考えているが、構わんか?」


「うーん……。今は休息期間中だし、五日くらいの不在はパーティーとしては問題ないんだけどね。ギルドマスター、護衛はクロスだけなんですか?」


「ご子息直属の騎士が三名とメイドが一名同行するわ。本来はこの人数にクロスを加えても、護衛としては不十分なのだけどね」


 いや、逆にクロスだけの方がマシだったのに────……


 フランツは護衛の戦力不足を不安視したのではない。頭にあるのは別のことだ。


「その、クロスは何と言うか、少し気難しい所があります。ご子息様や騎士様に不興を買わないかだけが、俺としては心配なんですが」


「ええ、彼の性格は理解しているつもりよ。……むしろ、貴方に同意を求めている姿にすら私は驚いたくらいだわ。フランツさん、貴方の本音は彼が怒って貴族に手を出さないか。心配しているのはそっちじゃない?」


「……はい。ご明察めいさつです」


 クロスの大暴れを経験しているからか、サリアはこちらの言いたいことをすぐに察してくれた。


「無用な心配だぞフランツ。"騎士"や"めいど"が何かはよく知らんが、俺は貴族に払う敬意くらいは持っている。それに、余程のことがなければ怒ったりはしない」


 いやいやいやいや…………。


 確かにクロスは理不尽に怒ったり暴れたりはしないが、一度逆鱗に触れてしまえば、手が付けられなくなることをフランツは嫌というくらい知っている。


「クロス、私も一応は騎士爵位を持った貴族なのだけれどね。貴方、私が今フランツさんを侮辱したら、どうする?」


「以前警告した通り、この場で手討ちにする。俺にとってそれはだ。死にたいのか貴様」


 サリアの問い掛けにクロスは即答した。


 やっぱりこうなるよなぁ…………。


 フランツは嬉しいような困ったような複雑な気持ちになる。彼は仲間を害されたり、自らの誇りを傷付けられることを絶対に許さない。その逆鱗は案外多いのだ。


「ギルドマスター…………」


「……ええ。今回同行する騎士は傭兵を見下したりしない、真面目なタイプと聞いているから大丈夫だと思ったのだけれど……。責任者は私の知り合いだから、改めて彼のことを警告──いえ、説明しておくわ。それならどうかしら?」


「そういうことなら……俺も構いません。クロス、帰ってからちょっと話そう」


 何故こいつらはこんな反応なんだ? という顔をしている戦闘狂の肩に手を置き、フランツは彼が出発するまでに何とかしようと決意するのだった。

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