第35話 冒険者さん、お侍にキレる

魔猪ワイルドボアが二体だ! 気付かれてる! 突進して来るぞ!」


「先行してる方に弓だ! 後続は接近戦で仕留める! バルト、動きを止めてくれ!」


 クロスとマウリの矢が猛スピードで突進して来る巨大な魔猪の後脚に命中し、転倒させた。続く一体の突進をバルトが歯を食いしばって止める。


「ぬぅううッ! 今じゃッ! やれぃ!!」


 フランツの剣が横腹を抉り、パメラが脳天に杖を叩き込む。フラついた魔猪の脇にクロスが剣を突き刺し、心臓を破壊してトドメを刺した。


「こっちも終わったぜ〜」


 転ばせた魔猪を仕留めに行っていたマウリが、手をプラプラと振りながら戻って来る。


「みんな、お疲れ。やっぱり洞窟の時よりも魔物が手強くなってきたね」


「そうじゃの。あの突進はなかなかこたえたわい」


「でも、これでやっと干し肉とはおさらばできますよ! これ嫌いですっ!!」


 パメラはよっぽど嫌だったのだろう、魔法袋マジックバッグから干し肉を取り出して遠くへブン投げた。


 わざわざ捨てなくてもいいのに…………


「近くに水場もなさそうだし、ここで解体しちまおうぜ。肉と魔石でいいんだよな?」


「たしか牙も売れたはずじゃ。皮は大した値にゃならんが……。荷物にはからの。回収しておくとするか」


 バルトは豊かなひげを持ち上げるようにしてニッと笑った。


 手分けして猪を解体し、次々と肉を魔法袋へ放り込んでいく。両手を血で汚しながらも、フランツは満悦の表情を隠し切れなかった。


 魔法袋、魔法袋だ…………!


 低位冒険者の憧れであり、高位冒険者には必須とまで言われる逸品。金があれば買えるという代物ではないため、中位の者たちですら血眼になって探しているお宝だ。


 フランツは小汚い皮袋を、まるで生まれたての赤ん坊に触れるかのように大切に手に取り、感動に打ち震えていた。じーんと胸が熱くなって、思わず涙が出てきそうになる。


 栄光の階段を何段かすっ飛ばして駆け昇ったような気分。運良く手に入れたアイテム一つで舞い上がるのも大人気ないと思い、仲間たちの前では平静を装ったが、本当は雄叫びを上げて小躍りでもしたいくらいだった。青臭いと言われてしまうかもしれないが、自分にとって、今、この瞬間が、間違いなく冒険者人生の絶頂期なのだ。


 まさに有頂天。昨日の疲れはどこへやら、体中に充実感がみなぎっていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「獣くせぇが……。めちゃくちゃ美味うめえな」


「私、今なら一人で丸々一匹食べられそうな気がします」


 ちょうどいい時間だったのでその場で昼食を摂ることにした。


 狩ったばかりの猪肉に香草ハーブと塩をまぶして焼くだけの簡単な料理だったが、ここまで食べていた保存食と比べると、感動してしまうくらい美味しい。皆しばらく無言で食事を続けたほどだ。


「フランツ、次の門番はどんな魔物でしたっけ?」


蜘蛛猿スパイダーモンキーが一体だね。攻撃力や防御力は弱いけど、動きが素早くて身軽な魔物らしいよ」


「あの広間の中を逃げ回られると厄介じゃな。さて、どうやって仕留めたもんかの」


「とりあえずは弓で狙うとして、それがダメなら全員で連携して広間のすみに追い込むしかないかな。今日中に六階層の安全地帯セーフゾーンまでは行きたいから、余計な体力は使いたくないんだけど……」


 フランツが作戦を考えていると、夢中で肉をむさぼっていたマウリがクロスの様子がおかしいことに気が付いた。


「おい、どうしたんだよ?」


 クロスは食事の手を止め、目を瞑って静止している。


「…………森の空気が変わった。先ほどまで聞こえていた鳥や獣の鳴き声が止んでいる。近くに何か、大物がいるかもしれん」


 そう言われて耳を澄ましてみれば、確かに、妙に静かだ。全員が示し合わせたように武器を手に取り、警戒態勢に入る。フランツは素早く地図を開いて五階層に書かれている注釈を読み込むと、とある文言に目を付けた。


「まずい……! この階層にはCランクの鬼熊マーダーベアが出現するみたいだ。食事の匂いで引き寄せてしまったかもしれない」


「巨人と同格かよ……。どうする? 逃げ────」


 次の瞬間、遠くに見える木々がバキバキと音を立てて大きく揺れたのが見えた。大木を揺らすほどの巨体。まず鬼熊で間違いないだろう。


「かなり距離がある。こっちの存在にはまだ気が付いていないはずだから、気配を消しながら急いでここを離れよう」


 幸いにも手荷物は全て魔法袋の中だ。せっかくのご馳走を捨てて行くのは悔やまれるが、まだまだ肉は沢山残っている。


 フランツの指示を受け、皆がその場から動こうとした。が、クロスの言葉ですぐ足を止める羽目になる。


「俺が狩って来てもいいか?」


「「「「……………………」」」」


 クロスと出会ってからまだ一ヶ月ほどだが、フランツたちは生活を共にする中で彼の性格をおおむね把握していた。


 一言で言えば、。普段は紳士的で仲間想いの青年なのに、強者の存在を知ると戦わずにはいられない難儀な一面を持っている。


 案の定、彼はキラキラと期待に満ち溢れた少年のような表情をしており、とても断れるような雰囲気ではない。


 フランツは観念したように一つ大きなため息を吐いた。


「クロスなら大丈夫だと思うけど、それなら俺たちもついて行くよ…………」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 堂々と肩で風を切って歩くクロスの後方を、四人は身を隠しつつ静かについて行く。彼は自らの存在を誇示するように調子外れな鼻歌を歌いながら、時折、手に持った枝でパシパシと木を叩いている。


「た、楽しそうですね。あの歌……。キンタローって何なんでしょうか」


「あの姿だけ見れば子供みたいじゃがの……」


「恐怖心ってモンがねえのか。アイツには」


「クロスからすればただの熊なのかもね……。俺はただの熊でも怖いけど」


 しばらく進むと、周りの木をへし折りながら鬼熊が姿を現した。


「グゥォオオオォオォ────ッッ!!!!」


 周囲の木々が震えるほどの凄まじい咆哮。近くで受ければ卒倒してしまったかもしれない。巨人を上回る巨躯はまるで毛皮の山だ。両手の爪は一本一本がよく研がれた剣のように鋭く、剥き出しの牙は見る者を威圧する。


「立派な熊だな」


 えぇ……?  あの化け物を見た感想が、それ……?


 鬼熊はその巨体に見合わない機敏な動きで立ち上がると、風切り音を響かせながら腕を振り回した。クロスはひらりひらりと木の葉が舞うように、紙一重で攻撃を躱し続ける。顔のすぐ横を爪が掠めているにも関わらず、剣を抜く気配すらない。


 鬼熊は不機嫌そうに唸りながら四足になり、大口を開けて突進を仕掛ける。が、これもまたヒョイと簡単に避けられた。じゃれつく犬を避けるみたいに。


 そんなやり取りが何度も続き、ついに鬼熊の動きが止まった。


「ブフーッ! ブフーッ!」


「どうした。もう疲れたのか? …………おい! お前たち、出て来い!」


 茂みに隠れていたフランツたちは、その呼び声に顔を見合わせた。すごく、すごく嫌な予感がする。


「この熊はあの巨人よりも弱い! お前たちで倒してみろ!」


「じょ、冗談だろ……? Cランクだぞ……!!」


「……儂、あの突進は絶対に止められんからの」


「どど、どうしましょう……? クロスさんが諦めるまで、このまま隠れてます?」


「いや……。クロスは一度言い出したら聞かないよ……。出て行くしかない」


 フランツたちは重い足取りでゆっくりと茂みから出た。優に五十mは離れているのに、ここからでも鬼熊の威圧を感じる。


「おお、よく出てきたな! では、今からそっちに────」


「ちょっ、ちょっと待ってくれクロス! まだ心の準備ができてないんだ!」


「そうか! ならもう少し俺が遊ん……相手をしておくから、用意ができたら知らせろ!」


「おい、今アイツ遊んでおくって言ったぞ」


「間違いなく言いましたね」


「そんなことより、どうするんじゃ? まともにぶつかって勝てる相手じゃあないぞ」


「……あの突進を正面から受けるのは無理だ。バルト、受け止めるんじゃなくて、逸らすことはできる?」


「それならば────……。うむ、何とかしてみよう」


「よし、なら初撃は魔術と弓だ。そのあと、突進が来たらバルトがこっちに逸らしてくれ。俺が正面に立ってどうにか時間を稼ぐから、その間にマウリとパメラは中、遠距離から攻撃を続けて欲しい。二人は絶対に近距離には近付かないように。いいね?」


 全員の目に覚悟の光が灯るのを確認してから、フランツは大声で合図を出す。


「クロス、準備完了だ! やってくれ!」


「承知した! ……ほら、熊公。あっちに餌がいるぞ」


 クロスは鬼熊の鼻面を蹴飛ばし、無理やりフランツたちの方を向かせる。目の前の手強い相手より、数が多くても弱そうだと判断したのだろう。鬼熊は猛然と駆け出した。


「てめぇクロス、聞こえたぞ! 誰が餌だちくしょうっ! パメラ、やるぞ!」


「はいっ! 撃ちますよー!」


 パメラの火砲とマウリの矢が頭部を直撃する。鬼熊は一瞬足を止めて怯んだものの、前足で顔を拭うような動作のあと、すぐに疾走を再開した。


「パメラ、弱くても構わねえ! 連射しろっ!」


火弾ファイアーボールの奇跡を撃ちます!」


 パメラの杖から立て続けに火の玉が飛ぶ。火弾が鼻に当たると、鬼熊は嫌がるように小さく唸った。その間もマウリは矢を射続け、その内の一本が右目に突き刺さる。


「ギャォオオオッッ!!」


「よっし、右目は潰したぜ! だが矢が切れた! 残りは投げナイフが十本だ!」


「私は残り火砲二発か火炎嵐一発です!」


「二人ともよくやった! 一旦下がって息を整えてくれ! バルト、頼む!」


「おうッ!!」


 突進を斜めに受けて逸らしたが、その衝撃でバルトは後ろに吹き飛ばされた。


「ぬぁああッッ!! どうじゃっ!!」


「来いよ、熊野郎! 俺を喰ってみろ!」


 左腕の盾を剣でガンガン叩き挑発すると、その音が気に障ったのか、鬼熊はフランツに狙いを定めた。


 轟音を立てて振るわれる腕を死に物狂いで避ける。頬に強い風圧を受けるほどギリギリの回避。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。


 この爪が掠っただけで死ぬ……!

 盾でも剣でも受けられない。躱し続けるしかない!


 明確な死を予感しつつも、目を見開いて躱し続ける。マウリのナイフが刺さるたびに少しずつ動きが鈍くなっているが、それでも依然、一撃必殺の剛腕は変わらない。窒息してしまわないのだろうかと思うくらいの連続攻撃だ。


 "攻撃の拍子は目・肩・膝に顕著に現れる"

 確かに肩と膝を見れば攻撃のタイミングが、目を見ればどこを狙っているかは読めるが、一秒にも満たない間隔だ。こんなのをいつまでも続けられるはずがない。


 そのような必死の回避が何分続いたのか、何時間続いたのか。周囲の音が消え、一秒が永遠にも感じる不思議な感覚におちいっていたが、パメラの声にはっと我に返る。


「撃てますっ!!」


「俺が離れたらすぐに撃て────ッ!!」


 フランツが大振りの一撃をくぐるようにして回避し、そのまま目の前の藪に頭から飛び込んだ瞬間、鬼熊の全身が炎に包まれた。夢に出そうなほどの壮絶な断末魔を上げ、誰にともなく爪を数度振るったあと、ようやく鬼熊は崩れ落ちた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「クロスさんのアホーーっ!!!!」


「このクソボケ戦闘狂が!! てめぇ俺らを殺す気かっ!!」


「い、いや……。俺は今のお前たちの実力なら必ず勝てると信じていたからこそ────」


「馬鹿もん!! 勝ちは勝ちじゃが、気力も体力も全部出し切ってしもうたわい! 儂はもうここから一歩も動けんぞ! ここで寝るッ!」


「クロス。今日は六階層の安全地帯まで辿り着きたいって、今朝予定を話したよね?   俺は皆の体力やペースを考えて毎日の予定を立ててるんだよ? いや、確かにクロスに戦ってもいいって言ったのは俺だ。でも、まさか俺たちに代わりに戦えなんて言うと思わなかったよ。あんな化け物とこんな場所で勝てるかどうかのギリギリ勝負なんて、どう考えても有り得ないだろう? 全員無傷だったのはただの奇跡だ。一歩間違えたら誰かが死んでいたかもしれないんだよ? だいたい、危険な迷宮の中で突然訓練みたいな全力戦闘だなんて────────」


 フランツの説教は小一時間続いた。

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