第28話 冒険者さん、調査依頼を受ける

「なぁ、たまには魔の森以外の依頼も受けようぜ。最近同じ魔物ばっかであんまり訓練にもならねえしよ」


 依頼を終えてギルドの食堂で早めの夕飯を食べていると、掲示板を眺めていたマウリが一枚の依頼書を持って来た。確かに近頃は森狼フォレストウルフの最盛期ということもあって、他の場所での依頼は受けていない。


「えーっと『マイカの東鉱山に魔物が出現。坑道内で鉱山夫三名が襲われたが、魔物の正体や数は不明。採掘作業が中断しているため、早急な対応が求められる。原因となった魔物を調査し、可能であれば排除せよ。なお、現地にて責任者に話を聞くこと』、だってさ」


 マウリが突き出した依頼書の内容をクロスにも分かるよう読み上げていると、パメラが隣から覗き込んできた。


「Dランクの調査依頼ですか。魔物の正体を報告するだけで金貨五枚、もし討伐できたら追加報酬ですって」


「マイカという街は遠いのか?」


「アンギラから馬車で丸一日、そっから東鉱山までは徒歩で半日は掛かるじゃろうな」


「往復三日か……。坑道の広さにもよるけど、調査にも数日掛かると思った方がいいね。仮に一週間で金貨五枚って考えるなら────ちょっと安いかなぁ」


 いつも受けているEランクの依頼単価は銀貨五〜八枚だ。毎日依頼に出たとして、七日で銀貨三十五〜五十六枚。そこから装備の修理や買い足しなどの諸経費を除けば、手元に残るのは銀貨三十〜五十一枚というところだろう。坑道内の探索ということは明かりや保存食の準備も余計に必要になるため、そう考えると七日で金貨五枚という報酬は躊躇してしまう金額だ。


「へへっ、そう言うと思ったぜ。ほら、こっちの依頼も一緒に受ければそれなりの額だろ?」


 マウリは調査の依頼書と重ねるようにして、もう一枚依頼書を持っていた。


「アンギラからマイカまでの護衛依頼……。片道で金貨一枚か。うん、これなら何とか採算は取れるかな」


「護衛依頼とは何だ。有力者でも護るのか?」


「そりゃあ傭兵ギルドの要人護衛じゃな。冒険者ギルドに出される護衛依頼は、人ではなく商隊キャラバンの物資を守る案件じゃ。今回は……トト商会からの依頼か。恐らくは食料品の運搬じゃろう」


「トト商会って、私たちがいつもご飯を買いに行くお店ですよね? マイカにも出店してたんですか。知らなかったです」


「んじゃ、受注手続きしてくるぜ〜」


 マウリが上機嫌で受付に向かうのを眺めながら、フランツは長期依頼に必要な経費を頭の中で計算し始めていた。先日、拠点の屋根が雨漏れして補修費用が掛かってしまったので、パーティーの運営資金がそろそろ危険水域に達しそうなのだ。


角灯ランタンが人数分に油、干し肉と干し果物……。水薬ポーションもあった方がいいかな」


 少しでも多くの利益を得るためには、なるべく節約して準備しなければならない。クロスの訓練を受け始めてから装備の破損は少なくなったが、それでも依然、吹けば飛ぶような生活だ。


 一応、腹案ふくあんがあるにはあるのだが…………



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 二日後の早朝、荒野の守人は東門の前で依頼者を待っていた。


「あっ、あの荷馬車じゃないですか?」


 ほろを被せた荷馬車が三台、ガタゴトと音を立てながらこちらに向かってやって来る。パメラの言う通り、先頭の御者の姿には見覚えがあった。


「皆さん、おはようございます! 今回はよろしくお願いします」


 御者席から降りてきたのは旅行小人ハーフリングのトトだ。親しいと言えるほどではないが、買い物で何度も顔を合わせたことがある。


「おはようトト。会頭自ら御者とは、精が出るね」


「いやぁ、ウチは商会って言っても行商人くずれのチンケな一人親方ですからね。他の二台も息子らなんで、先に紹介させてもらいます。おーい、お前たち! 冒険者の皆さんにご挨拶しなさい!」


 トトに呼び掛けられ、それぞれの荷馬車から小さな御者が降りてきた。


「ロロっす!」


「ルルです〜」


 やんちゃそうな子と眠たそうな目をした子。どちらも父親に似て賢そうな男の子だ。フランツも挨拶を返してパーティーメンバーを紹介していると、後ろでコソコソと話しているのが聞こえてきた。


「マウリ……マウリ……」


「あん? 何だよ」


「あの者らの歳はどれくらいだ? 俺には皆同じような童子こどもに見える」


「お前、前から思ってたけどやたらと相手の歳を気にするよな……。まぁいいや、トトは俺と同じ三十そこそこじゃねぇか? 子供らはどっちも十五かそこらだ」


「いや、武士にとって長幼ちょうようじょも大切なもので────」


 様々な種族が暮らすファラス王国では相手の年齢を気にする者はあまりいない。というよりも、外見では年齢を判断できないため、気にしても仕方がないのだ。


「フランツさんたちが依頼を受けてくれてよかったですよ。守人の皆さんならお得意様だから、こちらも安心できますからね」


 短い期間とはいえ寝食を共にすることになる護衛依頼では、依頼人にとってどんな冒険者が来るかは一種の賭けだ。目に余るような乱暴者はさすがにギルドが受注を許さないが、それでも態度の悪い者は大勢いる。


「そう言ってくれて嬉しいよ。それじゃ、早速だけど護衛計画を決めようか」


 トトと相談し、先頭の馬車にマウリ、中央にフランツとクロス、後方にパメラとバルトが分乗することになった。なるべく車間を空けずに進み、何かあればフランツが前後に指示を出す。今回はクロスにも弓を持って来てもらっているため、彼が中央にいれば遊撃として臨機応変に即応できる布陣だ。


 魔物が出た場合にはどう対応するかを一通り皆で確認し、東門を出発した。



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「ロロは若いのになかなかの馬捌きだな。こういう仕事は長いのか?」


 御者席の後ろからひょっこり顔を出し、クロスがロロに声を掛ける。


「仕事を手伝い始めたのは最近っす! でも、小さい頃から遊び相手っていやぁ馬しかいなかったもんで、気付いた時には御者も慣れっ子になっちまいました」


「元行商人だってお父さんから聞いたけど、ロロも色々な街を旅したの?」


「地方で仕入れた特産品を都会で売って儲けるのが行商人っすからね。王国の主要都市にはだいたい行ったことあるっすよ」


 世間話をしながらのんびりと街道を進む。そんな時間が数時間続き、一度、街道沿いの空き地で休憩を挟むことにした。


「今んとこは平和なもんだな」


「ああ、魔物の気配は全く感じない」


「まだ人通りも多いからね。もう少し進むと森が近くなるらしいから、そこからが本番だよ」


「野営はせずに今日中にマイカに到着する予定でしたよね? 進み具合はどうですか?」


「途中で渋滞に捕まったから若干遅れとるな。日が落ちる前に着くにゃあ、少々急がんとならんの。トトと話して来るわい」


 マイカに行ったことのあるバルトの判断でペースを上げて進むことになった。休憩前と違って馬車が大きく揺れるため、尻に伝わる振動に思わず顔をしかめてしまう。少しでもマシにならないかと荷物の中から寝袋を取り出して座席に敷いていると、先頭車両から大声が聞こえてきた。


「フランツ!! 百m先で馬車が立ち往生してる! 車輪が外れたみてえだ!」


「分かった! 全車停止しろ!!」


 フランツの号令で車列が停止する。


 馬車から降りて道の先を見てみれば、マウリの報告通り幌馬車が街道を塞いでいた。右の後輪が外れてしまったらしく車体は大きく傾き、行商人と思われる男が一人、頭を抱えて右往左往している。


「フランツさん。ウチは念のために予備の車輪も積んでますんで、手を貸してやろうと思うんですが」


 男一人で馬車を持ち上げて車輪を修理するのは難しい。それに、もう数時間もすれば日が暮れてしまうだろう。


「そうだね。じゃあ────」


「待て」


 トトの提案を了承して手助けに入ろうと考えていたが、それを口に出す前にクロスに遮られてしまった。


「どうしたんじゃ?」


「思い過ごしならいいが……。どうにも、地形が気に食わん。見通しの利かない両脇のやぶ、弓を射るにはちょうどいい岩山。伏兵を置くには絶好の環境に見える」


 その言葉にフランツたちは目を見開いた。


「まさか───盗賊?」


「私には普通に困ってるようにしか見えませんけど…………」


「いや、ああやって囮に馬車を停めさせてから、一斉に襲い掛かる連中がいるって話は聞いたことあるぜ。……待ってろ。先行して様子を見てくる」


 走り出そうとしたマウリの肩をバルトが掴んで引き止める。


「待たんか。弓士がおるなら鎧を着た儂かフランツの方がええじゃろ」


「……トト。子供たちと荷馬車の中に入って、声を掛けるまで絶対に顔を出さないように。皆はここで馬車を守ってくれ。俺が行く」


 バルトも日々の特訓でかなり素早く動けるようになったが、これだけ距離が離れているのであれば自分の方が適任だろう。


「フランツ、俺も付き合おう」


 周囲を警戒しながら幌馬車に向かって歩いていると、クロスが横に並んできた。


「ありがとう。でも、クロスは革鎧だから危ないよ」


「素人の矢など俺には当たらん。それに……。お前は人を斬ったことがないだろう」


 その問い掛けに、思わず胸がドキリと跳ねる。


「…………何で、分かった?」


 図星だった。フランツは冒険者として活動している中で対人戦闘も何度か経験しているが、人を殺したことはない。それはルクストラ教の教義に反するという理由だけではなく、自分自身が人をあやめることに対して強い嫌悪感があるからだった。


 冒険者にとって恥ずべき軟弱さだ。いくら魔物狩りの専門職とは言っても、依頼中にならず者と戦う場面などザラにある。他の冒険者に知られれば笑いものにされるに違いない。


「お前は優しいからな。相手が悪人であっても手心を加えてしまうのだろう?」


「……そうだね。俺はできれば、人を殺したくない」


不殺ふさつの武芸者か。俺のような戦うことしか能がない者には理解し難い考え方だが……。それがお前の道ならば、否定はすまい」


「クロス」


「何だ?」


「俺は────甘ったれた考えかもしれないけど、自分の見える範囲ではなるべく人に死んで欲しくないんだ。だから、殺さずに済むなら生かして敵を捕らえたい」


「…………善処する、という答えでもいいか? リーダー」


 苦虫を噛み潰したような顔で答えるクロスに、フランツは何故だか笑いが込み上げてきた。


「うん、ありがとう。それで十分だよ」


 きっと、その頼みはクロスにとって本来受け入れ難い願いなのだろう。彼は敵対する者に一切容赦しない。それでも、自分を仲間と認めてくれているからこそ、譲歩してくれたのだ。


 そんなクロスの気持ちを嬉しく思いつつ、気を引き締めて幌馬車に近づく。


「こんにちは。お困りですか?」


「おお、冒険者さんかい? 見ての通り車輪がイカれちまってね。すまねえが手を貸してもらえんかね?」


「構いませんよ。外れた車輪はどこに?」


「こん中だよ」


 男は幌馬車をトントンと叩いて見せた。


「そうですか。なら────ッ!」


 次の瞬間、男が叩いた場所から幌を突き破って槍が飛び出した。警戒していたので咄嗟に身を引いて躱したが、勢い余って尻もちをついてしまう。


「野郎ども! 今だっ!!」


 幌馬車から薄汚い格好をした男たちが三人飛び出し、周囲の薮の中からも雄叫びが上がる。


「死ねっ!」


 フランツの心臓めがけて槍が伸びる。が、その槍先はクロスの剣によって斬り落とされた。


「フランツ、そっちの御者を任せる」


 言うが早いか、クロスは三人相手に斬り掛かった。フランツも急いで立ち上がり、剣を抜いて行商人のフリをしていた男に向かい合う。


「……チッ! さっきので死んどけよタマなし野郎が!」


 どこから取り出したのか男は両手に手斧を握っており、片方を投擲してきた。勢いはあるが狙いはいい加減。盾を使うまでもない。


 軽く避けながら踏み込み、顎を狙って殴りつける。


「ぐはッ!」


 相手が失神したのを確認し、素早く周囲の状況に目を走らせる。


 クロスはすでに最初の三人を倒し、薮から飛び出してきた集団相手に大立ち回りを演じている。トトの荷馬車には矢が飛んでいるが、バルトが前に立って防ぎながらマウリとパメラがそれぞれ撃ち返していた。

 狙ってやったのだろうか。パメラの炎が薮に引火し、弓士がいる岩山からちょうどいい目隠しになっている。


「くっそ! おい、魔術師を先に殺せ!」


「させんわいッ!」


 集団から数人が飛び出して被弾覚悟で特攻する。が、バルトの盾突撃シールドチャージで吹き飛ばされる。


「近づいちまえばこっちのもんだ! オラァ!」


 辛うじて回避した一人がパメラに襲い掛かったが、彼女は易々と相手を投げ飛ばし、後頭部に杖を叩き込んだ。


「魔術師に接近戦ができないと思ったら大間違いですよっ!」


 荷馬車は大丈夫そうだと判断し、フランツはクロスの援護に向かう。


「一人増えたぞ────ぐぇっ!?」


「ダ、ダメだ……っ! こいつら強え!」


「高位冒険者かよ! ちくしょう、逃げっぞ!!」


 数人をしたところで、盗賊たちが次々に逃走を始めた。


「逃さん」


「クロスっ! 逃げるなら追わなくてもいい! 俺たちの仕事は荷馬車の護衛だ!」


 フランツは追おうとしたクロスを引き止め、仲間たちの所へ引き返した。

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