第26話 お侍さん、傭兵になる
「クロス、やっぱり考え直さない?」
今日の朝食は黒須のお手製だ。兵糧袋に残っていたなけなしの玄米を使った
「ねえ」
この国には箸がないため、この"スプーン"や"フォーク"という食器を使うのが一般的だ。田舎者と思われるのも癪なので最初は無理をして使っていたが、慣れれば便利なものである。
「ねえってば!」
米のない国では珍しい料理ということもあってか、マウリとパメラには思い切り顔を
「おーーーい!!」
フランツの言葉を無視して黙々と食事を続けていたが、耳元で大声を出されてしまい、手が止まる。
「……もう決めたことだ。お前も昨夜は承諾してくれただろう」
ネネットとの対戦を終えた夜、黒須は仲間たちにある決断を伝えていた。酒場で大いに酔っ払っていたフランツたちはその場では了解してくれたのだが、一晩明けて冷静になったのか、思い直すように説得を始めたのだ。
「傭兵ギルドに登録する。今後も人と戦うためにはこれが一番手っ取り早い」
「……冒険者は、辞めちゃうってことですか?」
パメラが泣きそうな顔でこちらを見るが、そうではない。昨晩も説明したのだが……いや、彼女は途中から寝ていたか。
「違う。冒険者との両立を考えている。武者修行の身としては、やはり人との立ち合いも疎かにはできん。傭兵は人と戦う専門職だと教えてくれただろう」
ネネットとの模擬戦では久々に血が
模擬戦という前提もあり互いに本気ではなかったとは言え、あれほどの絶技は滅多にお目に掛かれるものではない。磨き抜いた武技のぶつけ合い、やはり技比べこそ立ち合いの妙味である。
そして、同時に危機感を覚えたのだ。ユリウスの蹴りで吹き飛ばされ、ネネットには全身に傷を刻まれた。両者とも見事な技量を持つ武芸者だったが、不覚は不覚。相手が獣人だったから仕方がなかったという話では終われない。
武士たる者、壁があるなら乗り越える。さらなる経験を積み、次は無傷で勝てるよう研鑽しなければならない。
「ていうか、そもそも掛け持ちってアリなのかよ?」
「うむ、そういう者がおらん訳じゃあないがの。ランクを上げんとまともにゃ食えんから、結局はどっちかに専念するモンじゃ」
「パーティーとしては問題ないけど、喧嘩の一件もあるからね。変に因縁つけられないか心配だなぁ……」
「いや、俺はむしろコイツが暴れねえかの方が心配だけどな。俺たちゃただでさえギルマスに目ぇつけられてんだからよ」
「クロスさん、絡まれても絶対に殺しちゃダメですからね! 半殺しまでなら私が許可します!」
────最近、妙に仲間たちが心配性になった気がする。
兄たちからもたびたび指摘されていたように、気が短いという自覚はあるが……。そこまで傍若無人に振る舞っているように思われているのだろうか。
「善処しよう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「では、これで登録は完了しました。他に何かご質問は?」
冒険者証に似た小さな板を受け取り、首に提げていた組紐に通す。
冒険者ギルドと違って随分と愛想の無い受付だ。登録に関することだけを事務的に説明するのみで、規則やランクについても教えて貰っていない。その辺は冒険者と同じだとフランツたちから聞いているので別に構わないのだが…………。
「では、一つ訊いてもいいか」
「どうぞ」
「その殺気、わざとか?」
「……おや、お気付きでしたか」
この受付の男はギルドに入った瞬間からこちらに殺気を向けていた。何のつもりかと黙って観察していたが、周囲の傭兵たちからも同様の視線を感じている。どうやら歓迎されてはいないらしい。
「我々が貴方のことを知らないとでも思いましたか? 荒野の守人のクロスさん」
登録に必要な情報しか伝えていなかったはずだが、やはり、初めから面は割れていたようだ。潮時を見計らっていたかように、たむろしていた連中が詰め寄ってくる。
「傭兵ギルドは便利屋ギルドと違ってメンツが大切なのですよ。あの事件以降、我々が一体どれだけの依頼を失ったかお分かりですか? 何のケジメもつけないままではギルドの汚名は
したり顔の受付は興奮したように口許を歪める。
「それで? 納得がいかなければどうする」
「傭兵ギルドには一般人への暴行は除籍処分という規則がありますが、会員同士の"訓練"なら何の問題もない。お付き合いいただけますね?」
逃がさないとばかりに背後の連中が武器を構えるのを感じる。
「逆恨みとは言うまい。いいぞ、何処へでも付き合おう」
悦に入っているところ申し訳ないが……こういった状況は望む所だ。
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「俺がやる。お前ら手ぇ出すなよ」
ギルドの訓練場に案内され、周囲を傭兵に囲まれた。その中から槍を持った男が前に出る。
「Bランク傭兵団、"明けの明星"団長のグランだ。武器は真剣で文句ねぇな?」
「Eランク冒険者のクロスだ。こちらとしては問題ないが、"訓練"とは言え、多少の事故には眼を瞑ってもらうぞ」
「はっ! 言うじゃねぇか。あの連中は油断したせいで負けたんだろうが……。俺は最初から全力で行かせてもらうぜ!」
グランは槍を突き出し猛然とこちらに駆け出した。
"右前半身構え"
本来、
どうやら剣士との戦いには慣れているようだが…………
柄に沿わすようにして刀を滑らし、前に出ていた右手の親指を斬り落とした。
「ぐあァッ!」
未熟な相手には通用するかもしれないが、利き足を使わない半端な踏み込みでは当然こうなる。槍士は剣士以上に間合いに気を付けねばならんものだ。
「次は俺だ! 行くぞっ!」
一人終えるたび、次々と挑み掛かって来る者たちを流れ作業のように片付けていく。総じてそれなり。突出した強者はいない。
もし一斉に掛かって来たら遠慮なく斬り殺すつもりだったが、一騎討ちという最低限の誇りは持っているらしく、大人しく順番待ちする姿は見ていてどこか滑稽ですらある。
「お、おい。これって────」
「ああ……。あの野郎、狙って全員の右親指だけ斬り落としてやがる。クソッタレ、討伐証明のつもりかよ」
力の差を見せ付ける残忍な攻撃は、恐怖という名の毒となり見る者の心をじわじわと
多勢を相手にする際の基本的な兵法だ。士気を失えば
「くそっ……! おいっ、次お前行けよ!」
「い、いや俺は────」
「おい、早くしろ。次はどいつだ?」
案の定、傭兵たちは尻込みしてしまい誰も前に出られなくなる。しかし、狙ってやったことではあるが、ここまで早く怖気付くとは思わなかった。
「誰もいないのか? では、次はお前だ」
黒須が指名したのは受付の男。最初は最前列にいたくせに、だんだんと後ろの方に隠れようとしていることには気が付いていた。
「な……っ!? わ、私は────」
「あれだけ立派な
高みの見物を決め込んでいたらしく、その狼狽っぷりは見るに堪えない。見下げ果てた腰抜けである。一向に前に出ようとしないため、こちらから歩み寄り、剣を抜こうとした右手を手首の先から斬り落とした。
「ぎゃあぁぁあ────っっ!!」
この手の小賢しい馬鹿は、厳重に
「次は? ……いや、もう面倒だ。全員で来い」
残っているのは見るからに三下。猛者連中が為す術もなく敗北するのを見て戦意を失っているようだが、そんなことはもう関係ない。
「雁首並べて何を
こいつらから望んだ戦いだ。一度敵対したのなら、途中で逃げ出すことなど許しはしない。徹頭徹尾、完膚なきまでに叩き潰す。
「あの時の連中もそうだったが、やはり貴様らは根本的に間違っている。剣を携える者、つまり武芸者とは、極論を言えば他人の命を奪うことに心血を注ぐ者だ。そういう類の者を挑発するということは、当然、命懸けで行うべき行為のはず。旗色が悪くなってから死を覚悟するなど遅すぎる。己の言動に命を懸けられない者は剣など持つべきではない。
黒須はこの場にいる全員の指を落とすつもりだった。親指がなければ、もう二度と剣は握れない。
──────バンッ!
黒須が集団に向かって歩き始めた矢先、突然訓練場の入口が蹴破るように開かれる。
「騒がしいと思って来てみれば……。何なのこの有様は?」
そこに立っていたのは、美しい白髪を腰まで伸ばした背の高い女だった。
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