第23話 お侍さん、新人講習に参加する

「相談がある」


 就寝前。皆がソファーでダラダラと過ごしている時間を狙って、黒須は話を持ちかけた。


「どうしたんですか? 急に改まって」


「冒険者業が思いのほか楽しくて失念していたが、そもそも俺は武者修行の身だ。この国の強者と立ち合いたい。何か、いい方法はないか?」


 この国に来てから魔物という手頃な敵とばかり戦ってきたが、奴らは所詮狗畜生いぬちくしょう。真剣勝負の相手としては歯応えがない。


「それは魔物って意味じゃねえよな?」


「ああ、しっかりとした武技を身に付けた武芸者がいい。できればヤナのような腕利きの獣人と戦ってみたいが……。どこかに剣術道場でもないのか?」


 旅の途中にはよく道場破りもした。大抵の道場は紹介状が無ければに断られるが、門下生を一人、面前で叩きのめせば相手をしてくれる場合が多い。

 何処でも通じる天下御免の紹介状だ。この国でも、道場さえ見つければあとはどうとでもなると黒須は考えていた。


「道場って訓練所みたいなものなんだよね? うーん……。王都の騎士学校は部外者は入れないだろうしなぁ」


「"騎士学校"とは?」


「庶民でも大きな活躍をしたら、王様から爵位が与えられることがあるって話はしたよね? 騎士に叙爵じょしゃくされると毎年たくさん年金がもらえるから、この国では王国軍に入隊を希望する人が多いんだ。ギルドマスターみたいに冒険者から騎士になった例外もいるけど、やっぱり、王様の目に触れやすいのは軍だからね」


「じゃが、誰も彼もを受け入れると軍が弱くなってしまうからの。騎士学校ってのは希望者をふるいにかけて、精鋭を育てるための王立機関じゃな。身分や種族を問わず門戸もんこは広いらしいが、入学や卒業の基準は極めて高いと聞く。この国で強者と言われりゃあ、一番に思い付く場所よ」


 年金、つまりは家禄かろくのことだろう。かつて、半農の下級武士の家に生まれながら、十日で十八もの城を攻め落す偉業を成し遂げ、天下人にまで登り詰めた英傑もいる。戦働きで立身出世を夢見るのは日本でも同じだ。


 しかし、只者ではないと思ったが、あのヘルマンも"騎士"であったとは。話を聞くに、騎士とは主君に仕え剣を振る者。どことなく武士に通ずる所がある。いつか見極めてみたいものだ。


「でもよ、王都は流石に遠すぎんだろ? それに『ちょっと勝負されてくれ』って言っても、叩き出されるのがオチだぜ」


「だったら、ギルドの訓練所があるじゃないですか。私たちだって最初はあそこで鍛えてもらったんですし」


「ありゃあ新人向けの訓練所じゃろう。クロスとまともに戦えるとなると、最低でもBランク以上の実力が必要になるわい」


「いや、バルト忘れてんだろ。コイツだって立派なFランクの駆け出しなんだぜ? それに、言われてみりゃ新人講習の教官は高ランクがやることが多い。案外、いい手なんじゃねえか?」


「講習の内容にもよるけど、たしか教官との模擬戦もあったよね。あの時はボコボコにされたなぁ…。どんな冒険者に当たるかは分からないけど、申し込んでみたらいいんじゃないか? 明日は休業日の予定だしね」


「高位冒険者と立ち合えるのか……。それはいいな。では早速、明日申し込んでみるとしよう」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ダメです。クロスさんの参加は認められません」


 翌日、黒須は一人で意気揚々と講習の申し込みにギルドを訪れたのだが、ディアナによってそれは即刻却下されてしまった。


「……何故だ。俺だって新人なのだから、講習を受ける権利はあるはずだろう」


「今回の講習は戦闘訓練なんですよ? 巨人を倒したり、傭兵団を潰せる人に受講が必要だとは思えませんっ!」


 ディアナはそう言ってそっぽを向いてしまった。どうやら傭兵との揉め事を耳に挟み、こちらを警戒しているようだ。


「そんなことはない。より強い敵と出逢った時のために訓練は必要だ」


「これはです! 巨人より強い魔物と戦うような方法は教えていませんっ! それに、実習では受講者同士の模擬戦もあるんですよ? 他の受講者とあまりに力が離れ過ぎていると、講習の妨げになってしまうでしょう」


「…………手加減すれば参加してもいいか?」


「どうしてそこまでして参加したいんですかっ! ……それでしたら、夕方から魔物や植物についての座学講習がありますので、そちらをご案内します。クロスさんはこの国に来てまだ日が浅いですから、知識を学ぶ機会は大切でしょう?」


 武士道とは知識を重んじるものではない。重んずるのは行動である。


「いや、だがな────」


「何を揉めているのかね?」


 黒須がしつこく食い下がっていると、たまたま階段から降りてきたヘルマンが騒ぎを聞きつけて近寄って来た。


「ギルドマスター! それが、クロスさんが新人講習に参加したいと仰っておられまして…………」


「クロスくんが? ……君、一体何を企んでいるんだね?」


 ヘルマンはじっとりとした眼をこちらに向ける。


「何も企んでなどいない。高ランク冒険者の指導とやらを受けたいだけだ」


「……なるほど、それが目当てか。ディアナ、今回の教官は?」


「午前の戦闘訓練はブランドンさん、午後の模擬戦闘はBランクのネネットさんです」


「"神速"のネネットか……。いいだろう、クロスくんの参加を許可しよう」


「感謝する。ヘルマン殿」


 先日は無礼千万の不届き者かと思ったが、意外と話の分かる男だ。評価を改めねばなるまい。


「ギルドマスター、本当によろしいんですか?」


「ブランドンは私が最も信頼している優秀な男だ。彼なら受講者に無茶はさせないだろう。ネネットは……多少思慮に欠けるが、腕だけは確かだ。それに、私も一度この目で彼の実力を見ておきたい。ディアナ、午後の講習が始まったら私にも声を掛けてくれたまえ」


「かしこまりました…………」


 ディアナはしぶしぶという風に返事すると、黒須をギルドの裏手にある大きな建物へ案内した。目抜き通りにある他の美しい様式の建造物とは違い、ただ大きな四角形を地面に置いただけのような、味気のない建物だ。


「それでは、教官が来るまで中でお待ちください」


 そう言い残し、ディアナは戻って行った。


 建物の中は外観から想像した通りのだだっ広い空間。鍛錬に使うと思われる人型の案山子かかしらしき物がいくつも並び、四方の壁を覆い尽くすほどの大量の武器が壁に掛けられている。床は全面が土間になっており、土に染み付いた血と汗の臭いが戦場を思い出させた。


「ようやく来たみたいですね」


「待たせすぎよ。こっちだってヒマじゃないのに」


「アンタが教官かよ?」


 懐かしさに浸っているところに声を掛けられ、現実に引き戻される。


 話し掛けて来たのは三人組の若衆だった。大人でもなく、子供でもない。そんな雰囲気の男女だ。


「いや、俺も講習の参加者だ」


「はぁ!? ンだよ! じゃあ教官はいつ来んだ?」


「俺に訊くな」


 小僧ジャリの無礼にいちいち目くじらを立てたりはしないが、この苛つきから察するに、相当待惚まちぼうけを食わされているのだろう。


「ちっ! おい、そこのお前! ちょっと受付行って聞いてこいよ!」


「えっ……」


 声を聞いて初めて存在に気が付いたが、すみにもう一人いた。妙におどおどとした小柄な獣人の青年だ。兎のような長い耳をくたりと垂らし、大きな丸い瞳を不安げに動かしている。


 この距離で気配に気付かせなかったとは……。大した隠形術おんぎょうじゅつだ。


「えっ、じゃねーよ! 聞こえてんだろ! そんな馬鹿デケェ耳してん────」


「おーっす。待たせたなー」


 小僧の大声を遮るようにドアが開き、一人の男が入って来る。


「元Aランクのブランドンだ。今回は参加者が少ねぇな」


 そう言って頬を掻きながら登場したのは、買取窓口にいた金柑頭はげあたまだった。

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