第22話 冒険者さん、呼び出される

「ギルドマスターが……」


 心当たりは、ある。まず間違いなく、先日の喧嘩の件だろう。人通りのある往来であれだけ派手に暴れたのだ。自分たちの顔を知っている者に見られていたとしても、何もおかしくはない。


 ただ、どこか腑に落ちない部分がある。傭兵ほどではないにしても、短気な者が多い冒険者にとって喧嘩など日常茶飯事だ。ギルド内の酒場ですら毎日誰かしらが殴り合っている。会員同士の揉め事にギルドは一切関知せず、自己解決するのが暗黙の規則ルール。仮に相手が傭兵だったとしても、その不文律は変わらないはずだ。


 一般住民に怪我を負わせたならまだしも、傭兵相手の喧嘩程度で罰則なんて……。ましてや、ギルドマスター直々に呼び出される理由が分からない。


「とにかく、ギルドマスターの執務室までご同行願えますか?」


「……分かりました」


 仲間たちと目を見合わせて頷いたあと、ディアナの先導でぞろぞろと四階に上がる。冒険者が立ち入りを許されているのは資料室や貸し会議室のある二階までで、それより上のフロアは職員専用。もちろんフランツも初めて踏み入る場所だった。


 依頼者と折衝せっしょうをすることもあるため絵画や花瓶で飾られている一、二階と違い、部屋番号の書かれた無愛想な名札だけが淡々と並ぶ殺風景な廊下に、じんわりと手のひらに汗が滲む。


「こちらです」


 ディアナは四階の最奥。これといって特徴のないドアの前で立ち止まると、ノックをして中に呼び掛けた。


「ディアナです。荒野の守人の皆様をお連れいたしました」


「入りたまえ」


 フランツたちを中に入れると、ディアナは心配そうな顔でこちらをチラリと一度見て、そのまま受付へ戻って行った。


 同席してくれないのかと少し心細く思いつつ、広い室内を観察する。


 部屋の中央にテーブルを挟むようにしてソファーが置かれ、入り口の正面に大きな窓、その前には執務机。ギルドマスターの執務室と聞いて豪華絢爛な部屋を想像していたが、予想に反して、余計な物が何もない事務的な部屋だった。本人を反映した物品が何一つない。


 こちらを見る部屋の主の服も、飾るというよりは肌を隠すのが目的のように見えた。世界に対して自分を開かず、まるで飾るのを恥じるように。そもそも、飾る概念そのものがないかのように。


「知っているかもしれんが、改めて。ギルドマスターのヘルマンだ。とりあえず座りたまえ」


 当然知っている。

 ヘルマン・デイン。元Aランク冒険者で、その豊富な経験と指揮能力の高さを買われてこの冒険者の楽園を任されている、生え抜きの猛者だ。細身で、一見して学者風の男だが、鉄火場を生き抜いた者たちが持つ独特のオーラを放っている。顔には無表情でもいつ牙を剥いてくるか分からない凄みがあり、向き合っているだけで胃が締めつけられる気がした。


「……失礼します。みんな、座ろう」


 促されるままにソファーに腰を下ろし、礼儀としてこちらも簡単に名を名乗る。ヘルマンは執務机から黙ってこちらを見ているが、その目線は厳しく、これから始まる会話が好ましい内容ではないことを予感させるには十分だった。


「さて、もう分かっていると思うが、傭兵ギルドの会員との喧嘩の一件だ。相手方はそこそこ名の売れた傭兵団だったそうでね。今日、先方のギルドマスターから正式に抗議を受けたよ。内容は粗方あらかた把握しているが、君たちからも事情を聞きたい」


「……分かりました。あの日、俺たち五人が通りを歩いていると────」


 代表してフランツが経緯を説明した。酔った相手に絡まれたこと、突き飛ばされて反撃したこと、相手が先に剣を抜いたことなど。喧嘩をしたことは認めつつ、こちらの正当性を主張する。


「───ということです」


「なるほど、私が把握している内容と概ね一致する話だ。喧嘩自体に問題はないだろう。その内容だとあちらに非があるのも明らかだ。ただし…………」


 ヘルマンはここで一度言葉を区切り、威圧するようにこちらを睥睨した。


「問題は、あちらの会員を殺そうとしたことだ。フランツくん、君の説明にその話は出てこなかったようだが、目撃者の証言では明確な殺害の意思があったと聞いている。実際、相手側の一人は重傷だそうだ」


 フランツは言葉に詰まる。ヘルマンに言われたように、どこか後ろめたさがあって、クロスが相手を殺そうとしたことはあえて説明を省いたのだ。


「言いたくもない話だがね、一般の住民から見た冒険者は荒くれ者の集団だ。流民であるゆえ地域に根ざす者は少なく、街中まちなかを武器を持って歩き回り、市場や酒場で喧嘩する。そんな我々が存在を認められているのは、魔物を狩ることで領地に貢献し、定められた法や規則によって厳しく行動を制限されているからに過ぎない」


 ヘルマンは一人一人の目を見ながら毅然として語る。


「分かるかね? 冒険者とは厄介者との間にあるギリギリの分水嶺ぶんすいれい、瀬戸際に立っているのだよ。我々は魔物の脅威から命懸けで住民を守ることを義務として、地域に価値を示し続けることで何とかその地位を保っている。この街が冒険者の楽園などと呼ばれているのは、ひとえに、強制依頼によって死んで行った先人の築き上げた信頼によるものだ。だからこそ、冒険者ギルドは会員に対して、最低限の規則ルールを守ることを求めている」


 その言葉には元Aランク冒険者としての経験に裏打ちされた迫力があり、反論の余地もなかった。子供が叱られている時のような気まずい沈黙が流れる。


「……クロスくん。君は相手を殺すつもりだったのかね?」


「仲間に止めらなければ殺していたな」


 ヘルマンの射竦めるような視線を受けながら、クロスは平然と即答した。そこは、そんな気はなかったと嘘をついてくれてもいいのだが……。


「登録の際に説明を受けたはずだ。殺人を犯した場合、冒険者資格の剥奪もあり得ると。そして、この規則は未遂であっても同様に適用される」


「な──っ! 相手にケガをさせたのは事実ですが、先に剣を抜いたのは奴らなんですよ!?」


「ふざけんな! 黙って殺されてりゃよかったってのか!?」


「そうですよ! あれは立派な正当防衛ですっ!」


「資格剥奪は重すぎる! 納得がいかんわッ!!」


 フランツたちは口々に異議を唱えたが、ヘルマンはそれを一蹴した。


「黙りたまえ。私は今、彼と話している。で、どうだね? 資格剥奪も覚悟の上の行動だったと理解していいのかね?」


「覚悟などと大袈裟に言うまでもない。仲間を侮辱する者を俺は許さん。そして俺は己の信念を他の何よりも優先する。その前では街の法もギルドの規則もどうでもいいことだ。資格剥奪ということなら、特に文句もない」


「クロス、それはダメだっ! ギルドマスター、それならリーダーとして彼を止められなかった俺の責任です!」


 クロスは平気なのかもしれないが、あれは明らかに俺たちのパーティーに売られた喧嘩だ。彼一人に責任を押し付けるような真似は看過かんかできない。


 ヘルマンはフランツの言葉がまるで聞こえていないかのように黙殺し、あくまでクロスに向かって辛辣しんらつに話し続ける。


「つまり、身勝手な行動を反省もしていなければ、そのを改めるつもりもないということかね? 君は、私が言うところの厄介者ということか」


「…………ヘルマン殿、だったな? 冒険者ギルドのおさとしての考えや、冒険者の責任は今の話で理解したつもりだ。先ほども言った通り、処罰は甘んじて受け入れよう。その上で言うが……。俺にどうしても考えを改めさせたいのならば、そちらこそ覚悟をしてもらおう。冒険者としての在り方に口を出すのは構わんが、俺の生き様にまで余計な世話を焼くつもりなら容赦はせんぞ。互いに道を譲れぬのなら、あとは剣を抜くしかあるまい」


 クロスの声は苛立ちから怒りを含んだ語勢に変わり、フランツは今のヘルマンの言葉が彼の逆鱗げきりんに触れたことをさとった。止めに入るべきかと身を乗り出したが、クロスの表情を見て尻込みしてしまう。


 彼は睨み殺しでもしそうな目つきでヘルマンを見据えていた。その目には、思わず息を呑むほどの獰猛さがあった。


 二人はしばし睨み合いを続けていたが、唐突に、ヘルマンがわざとらしいため息をついて肩をすくめる。


「はぁ……。いや、すまない。少し君を試しただけだよ。報告を受けて、一度この目で人となりを確認しておこうと思ってね。今回、君たちには何のおとがめもない。そもそも、相手方は重傷を負いながらもさっさと街を逃げ出したそうだからね」


「…………俺を試しただと? 貴様、人を舐めるのも大概たいがいに────」


「クロスさんっ! ストップ、ストッープ!!」


「落ち着かんか! せっかく無罪放免なんじゃ、ここで暴れるのは得策ではないぞ!」


「お前もうしゃべんな!」


 いきり立つクロスにパメラが飛びつき、バルトが肩を掴んで引き止めた。さらに文句を言おうとする口をマウリが両手で塞ぎ、強制的に黙らせる。


「ギルドマスター。どういうお考えだったのか俺には分かりませんが、今日のところはお暇しても構いませんか? この状態でこれ以上の話し合いは無理です」


「ふむ、そうだね。君たちはもうお帰りいただいて結構だ。フランツくん、君は少し残りたまえ」


 …………話はもう終わったはずだが。


 自分だけが残されることにフランツは若干警戒を強める。他のメンバーはそれを気にしつつも、大人しく部屋から退室した。


 ────カチャ


 鍔鳴つばなりの音に振り返ると、クロスがちょうどドアを閉めて出て行くところだった。


「……フランツくん。今の、分かったかね?」


「今のとは?」


「クロスくんはつかに手をかけて私に殺気を向けた。あれは『リーダーに下手な真似をしてみろ。お前を殺すぞ』という意味だよ。つまりは脅しだ」


「……………すみません」


 マウリの一件を考えると────やりかねないだろう。


 彼は人に嘘をいたり虚勢きょせいを張るような人物ではない。


『仲間を侮辱する者を許さない』

『己の信念を何よりも優先する』


 恐らく、この言葉も本気で言っている。この場でわずかでも自分が傷付けられれば、彼は資格剥奪など気にすることもなくヘルマンの首を落とそうとするはずだ。


「私は君たちの関係性をよく知らないが……。はっきり言って、クロスくんが君のことをリーダーと認めている状況は非常に不自然だ。君がリーダーとして分不相応ということではなく、彼がそれに納得しているのが不思議だという意味だよ」


「それは……俺もそう思います。クロスがパーティーに入ったのは、成り行きという部分もありました。正直、彼は俺たちには見合わないくらい強い男です」


 クロスの腕は明らかにEランクパーティーには不釣り合いだ。本人はランクを上げる意欲はないと言っているが、その気になれば高位ランクも夢ではないだろう。


「そうではない。戦闘能力ではなく、人格の話だよ。通常、あのような気質の者は人の下につくことを良しとはしない」


 ヘルマンはそう言いながら、フランツの対面のソファーに腰を下ろした。その様子は先ほどまでとは違い、随分と穏やかな雰囲気に感じる。


「いいかね、フランツくん。ああいう人格の者は、稀にいる。高位のソロ冒険者に多いタイプだ。度を越してが強く、唯我独尊エゴイスティックを体現したような者たち。あの手の者は、基本的に周囲の声には一切耳を貸さない。普通の者なら聞き流すような嫌味一つで、躊躇ちゅうちょなく暴走する危険性を秘めている」


「確かに頑固な所はありますが……。暴走とまでは────」


「これは私の経験談だがね。仲間の一人が怒りのままに貴族を殴り、私のパーティーは解散にまで追い込まれた。きっかけは些細なことだったよ。その貴族が私のことを『口だけでランクに見合う腕はない』と馬鹿にしたそうだ。仲間のことを恨んではいないが…………。あの時、彼を止めなかった自分には胸を掻き毟りたくなるほどの後悔がある」


 常に仏頂面で話していたヘルマンの顔に、言いようのない悔恨かいこんの色が浮かんだ。


「今回君たちを呼び出したのは、喧嘩の経緯を聞いて、その時のことを思い出したからだ。君にはよく覚えていて欲しい。クロスくんの事を深く理解して、リーダーの君が手網を握り、歯止めになるんだ。でなければ、パーティーを巻き込んで破滅することもあり得る。お節介かもしれないが、そのことを君には伝えておきたかった」


「…………肝に、銘じておきます」


 ヘルマンの助言を心からの忠告と受け止めて、フランツは真剣な眼差しで返事を返した。

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