第24話 お侍さん、新人と交流する

「マジかよ……!? "赤龍レッドドラゴン"のサブリーダーだ……!」


「"強撃"のブランドンに教えをえるとは……。僕たちは運がいいようですね」


 他の参加者のささやきを聞くに、この金柑頭はげあたま、どうやら大物であるらしい。


 立ち姿は初めて見たが、筋骨隆々。まるで仁王におうを思わせる立派な身体付きだ。硬緊かたじまりに肥えて、骨太で、上背丈うわぜいもある、が────


 黒須はブランドンの右脚に眼を向ける。そこには有るべき物が無く、代わりに木の棒が生えていた。


 跛足はそく……。隻脚せっきゃくの武芸者だ。野太刀のだちと見まごうほどの大剣を担いでいるところを見るに、剣士か。


 隻脚せっきゃく隻腕せきわん隻手せきしゅ隻眼せきがん

 おし座頭ざとういざり

 廃疾はいしつ偏枯へんこ傴僂うろう


 いずれの特徴を持つ武芸者とも斬り合ったことがあるが、彼らの武威ぶいは決して侮れるものではない。その状態でなお剣を握る者の覚悟は凄絶せいぜつ極まる。欠落、欠損、不具ゆえの独特の兵法を身に付けている場合が多く、ともすれば、常人よりも厄介な相手だ。


 力量は戦ってみないと分からないが…………


 "元Aランク"という肩書きには心惹かれるものがある。午後からの模擬戦では師範が変わると言っていたが、ブランドンは相手をしてくれないのだろうか。


「おら、ブツクサ言ってねーでお前らも名乗れや」


 面倒そうに促され、三人で固まっていた若者たちから口火を切った。


「Fランクパーティー"栄光の剣"、リーダーのロイだ! 半年前に登録して、先週Fランクに昇格した。自分で言うのもなんだが、スピード昇格ってヤツだな。戦闘経験は豊富だから、他の新人のペースを乱さないように努力するぜ」


「同じく、ヨハンです。僕たちはFランクですが、豚鬼オークの幼体とも互角に戦ったことがあります。流石に仕留め切れはしなかったので、今回さらに力を付けるために参加しました」


「アリシアよ。私は途中でパーティーに参加したからまだGランクだけど、ロイたちと同じ敵と戦ってきたから、駆け出しとは思わないでほしいわね」


 ……………。

 何処にでもいるな、こういう跳ねっ返りは。


「Fランクのクロスだ。Eランクパーティー"荒野の守人"に所属している」


「じ、Gランクのソロ冒険者、ユリウスです。二年前に登録してからなかなか昇格できなくて、何かきっかけを掴めればと思って参加しました。よ、よろしくお願いします」


 最後に獣人の青年が緊張した面持ちで名乗る。話すたびにふにゃふにゃと揺れる耳に、母がでていた月兎耳つきとじという舶来の植物が思い起こされた。


「……はぁ? 二年もGランクやってんのかよ。向いてないんじゃねーの」


「ふふ、そんなこと言っちゃ可哀想ですよロイ」


「ま、ソロでやってる時点でお察しよね」


 口々に嫌味を言われ、ユリウスはただでさえ小さい身体を更に縮こまらせてしまう。


「………………?」


 その様子を見て、何故言い返すなり殴り返すなりしないのか、黒須は違和感を抱いていた。ユリウスの下半身。特に太腿の筋肉は服の上からでも分かるほど異常な発達をしており、骨皮筋右衛門ほねかわすじえもんの小僧っ子など一撃で蹴り殺せそうに見えたのだ。


 戦えば、どちらが勝つのかは明白だが…………


「ムダ話はそこまでにしとけー。んじゃ、さっさと始めんぞ。とりあえず、お前ら全員走り込みからだ」


「走り込み? 戦闘講習じゃなかったのかよ」


「そんなことなら自分たちだけでもできます。高位冒険者の技術を教えてくださいよ」


 跳ねっ返りたちの文句に、ブランドンは心底呆れたような表情を浮かべる。


「お前ら、いつでも万全の状態で戦えるとでも思ってんのか? 依頼が終わって帰る途中に強力な魔物と遭遇するなんざ、冒険者やってりゃザラにある状況だ。だからこそ、疲れ果ててから訓練することに意味があんのさ。ゴチャゴチャ言ってねーで準備しろや」


 ブランドンの言うことは理に適っている。黒須が仲間たちを走らせてから稽古を付けるのも同じ理由からだ。


 戦場において、初陣首ういじんくびの死因で最も多いのが体力不足による倒死とうし。序盤戦から全力で戦い、中盤戦でふらふらになり、終盤戦で何もできずに死ぬ。熟練者ほど知っているのだ。疲れ果てた時にこそ強敵が現れることを。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁっ……はぁっ……くそっ……!」


「……ちょっと……まだっ……走るん……ですかっ?」


「あん? 何言ってんだ。まだ走り始めて一時間しか経ってねーよ」


「"しか"……ですって……!? どれだけ……走らせる……つもりなのよっ!」


「俺がいいって言うまでさ。若えのに情けねーなぁ。他の二人を見てみろよ」


 息も絶え絶えの三人と違い、ユリウスは余裕そうな表情のままだ。黒須に至っては暇そうに欠伸までしている。


「クロス、ユリウス、退屈か?」


「うん? ……あぁ、悪い。今日は軽装で来てしまった上に、こんなのんびりとした速度だと、どうしてもな。走ると分かっていれば鉄鎧でも着込んで来たのだが」


「あはは、そうですね。でも、ので、安心してください。ブランドン教官」


「「「──────ッ!」」」


 その挑発に奮発されたのか、若衆たちの速度が増した。顔を真っ赤にして走る連中をぼんやりと眺めながら、黒須は隣に声を掛ける。


「ユリウス。なかなか昇格できないと言っていたが、何か理由があるのか? 俺にはあの連中よりお前の方が強そうに見えるが」


 ユリウスは気まずげに視線を落とし、消え入りそうなほど小さな声で答えた。


「恥ずかしながら、魔物と戦うのが怖いんです。それで討伐依頼を一度も受けていなくって……。ボクたち兎獣人ラピヌは弱虫だって、クロスさんも聞いたことあるでしょ?」


「いや、俺は最近この国に来たばかりでな。獣人のことはよく知らん。しかし、それなら何故冒険者などやっている? 他にも道はあっただろうに」


「両親を早くに亡くしまして、まだ小さな弟や妹の面倒を見なくちゃならないんです。冒険者なら、働く時間は自由に決められるから…………」


「そういうことか。その歳で一家の大黒柱とは、立派なことだ」


「クロスさんはどうして冒険者に?」


「成り行き、だな。俺はもともと武者修行の旅の途中でな、街に出入りするのに身分証が欲しかっただけだ」


「武者修行……。あのっ、クロスさんは戦いが怖くないんですか!? どうやって恐怖を克服したんですか!?」


 ユリウスは並走している黒須にぶつかりそうなほど詰め寄って来た。その焦りを抑え切れないような声色に、ほとほと困り果て、本気で思い悩んでいることを察する。


 ただの暇つぶしのつもりで始めた会話だったが……。艱難辛苦かんなんしんくに追い詰められた若人わこうどからの問い掛けだ。真面目に答えてやるべきと判断し、ユリウスの方へ向き直る。


「恐怖とは克服すべきものにあらず。受け入れ、耐えるべきものだ。そもそも、人は怖いもの知らずには作られていない。恐怖を感じることは正常な感覚、耐えるのはいいが、慣れてはいかん。恐怖を感じぬ者は狂人だけだ」


 "過ぎたるはなお及ばざるが如し"

 犬侍いぬざむらい揶揄やゆされるほどに臆病である必要はないが、恐怖の麻痺は必ず油断や慢心へと繋がる。臆病さと慎重さは表裏一体なのだ。


「俺とて戦いへの恐怖心はあるが、お前と同じで護るべき者がいてな。その者たちのために逃げるわけにはいかんのだ。自分が死ぬことよりも、自分が逃げ出すことで大切な者が傷付く方がよほどに怖い。俺は幼い頃、それに気付かされた」


 "武士は己を知る者のために死すべし"

 父の教えだ。片時も忘れたことはない。


「恐怖とは、これから起こるかもしれない何か対してに抱くもの。前を向いている者だけが抱く感情だ。そういう時は一度後ろを振り返って思い出せ。自分の背には誰がいるのかを。足が竦んだ時には想像しろ。強大な敵と戦う恐怖、幼い弟妹ていまいが飢え死ぬ恐怖。その二つをはかりに掛けた時、本当に怖いのは何方どちらなのかを」


「……………………」


「よーし! そこまでだ!」


 ユリウスは神妙な面持ちで考え込んでいたが、ここでブランドンから終了の声が掛かった。疲労困憊で倒れ込む跳ねっ返りたちを他所に、休む間もなく受講者同士の模擬戦が始まる。


「お前らの戦い方を見ながら、適宜助言アドバイスしていく。全力じゃねえと意味ねーからな。どっちかが戦闘不能になるか降参するまで続けろ!」


 各自、壁に掛けられた武具から好きな得物を選び、ブランドンの指示で二人一組に別れる。紅一点のアリシアは心が折れてしまったのか、立ち上がる気配がないため、人数も丁度よくなった。


 黒須の相手はヨハンと名乗った痩身の優男だ。両者木剣を持っているが、ヨハンの得物はやけに細い。以前オーラフの店でバルトが教えてくれた刺突剣レイピアという剣だろう。


 初見の武器の遣い手に興味をそそられていると、ブランドンが厳つい顔を寄せ、コソコソと話し掛けてきた。


「おい、クロス。頼むから手加減はしてやってくれよ?」


「何故だ?」


「俺の目は節穴じゃねーよ。お前が狩った巨人の皮、俺に足があったとしてもあんな斬り方は無理だ。こんな講習で新人潰されちゃ堪らねえ。午後からの模擬戦闘では思う存分暴れて構わねぇから、ここは抑えてくれ」


「…………承知した」


 ディアナからも講習を妨げるなと言われていた。最初から手加減するつもりでいたが……適当にあしらっておくことにしよう。


「行きますよっ!」


 ヨハンは剣を持つ右手を大きく引いた状態でこちらに駆けて来た。剣先をフラフラさせているのは、こちらに狙いを絞らせないためか。あるいは単に持ち手が緩いだけか。


「はぁっ!!」


 気合一閃、鳩尾の辺りを突いてきたが────


「……………………」


「ヨハン、踏込みが浅ぇぞ! そんなとこから届くわきゃねーだろ!」


「くっ!」


 間合いを見誤ったのか、随分手前で剣が止まった。


「次は外しませんよ!」


 そう言って、何故か大きく距離を取る。いちいち離れないと攻撃できないのか。


「ふっ!!」


 今度は頭を狙ってきたので、少し首を傾けて避ける。


「馬鹿野郎っ! 走り出しから頭に切先きっさき向けてりゃ、避けられるに決まってんだろ! それと毎回単発で終わんな! 連撃を入れろ!!」


 ブランドンの指摘を受け、ヨハンはその場で剣を振り回す。


「はっ! やぁっ!!」


「……………………」


 俺は一体どうすればいいのか。

 防いでしまってもいいのだろうか。


刺突剣レイピアを振るんじゃねーよ、ボケッ!! 相手が受けたら折られるだろうが! 連撃っつったら突きだ、突き!!」


 怒鳴りつけるブランドンに眼を向けると『もう少し我慢してやってくれ』という仕草をするので、そのまましばらくヨハンの練習台になってやった。


「はぁっ……はぁっ……! くそっ、何で攻撃して来ないんです!? 僕をバカにしているんですか!?」


「……………………」


「クロス、もういいぞ。終わらせてくれ」


 許可が出たので木剣を横に薙ぐ。


「────なぁっ!?」


 ヨハンの刺突剣はその一撃で呆気なく折れた。手刀でも容易く折れそうな武器をわざわざ正眼に構えるとは…………。呆れ果てるほどの阿呆である。


「ヨハン、お前こっち来い。個別指導してやる。クロスは待機しててくれや」


 首根っこを捕まれズルズルと連行される様子を黙って見送り、先ほどまで横目で見ていたロイとユリウスの戦いを観戦に向かう。


「おらおらッ! さっきはよくも馬鹿にしてくれたな! Gランクの分際でよっ!」


 長剣のロイに対して、ユリウスは徒手空拳で立ち向かっているが……かなり一方的な展開になっていた。攻め立てるロイにユリウスは防戦一方。何度も木剣を受けたのだろう。身体はすでにあちこちがあざだらけだ。


「お前、冒険者に向いてねーよ! 辞めちまえっ!」


「──────ッ!」


 ロイは模擬戦であることを忘れているのか、はたまた嗜虐心しぎゃくしんにでも駆られているのか、顔面に強烈な一撃を叩き込んだ。ユリウスが痛々しい悲鳴を上げて倒れ込む。


 その声を聞きつけ、ブランドンが黒須の横に並んだ。


「…………ここらで止めるべきかね」


「"戦闘不能になるか降参するまで"と言っただろう。水を差すな」


 ユリウスの眼は、血を吐きながらも死んではいなかった。身体を引きずるようにして立ち上がり、無言でロイに向かい合う。


「なっ、なんだよお前……!? もう降参しろよっ!」


 幽鬼のような相手の姿に、優勢のはずのロイの声に怯えが滲む。


「……ボクが戦わないと、あの子たちは死ぬ……」


 ユリウスは誰にともなくそう呟くと、グッと体勢を低くした。


 ──────まずい。


 殺気を感じ取り、黒須とブランドンが同時に動く。


「へっ?」


 ユリウスは矢のような速さで飛び出すと、間抜けな声を上げるロイの眼前で急停止、顔面を狙った上段回し蹴りを放った。


「────っと! 痛ッッてぇなあ!!」


「大した威力だ」


 ブランドンが膝を止め、黒須が爪先を受け止めたが、大の男二人が吹き飛ばされてしまった。巨人の一撃を思い出すほどの凄まじい蹴撃。もし止めなければ、間違いなくロイの首は胴と泣き別れていただろう。


「あっ……。ボ、ボク、何を……。 ごめんなさいっ!!」


 ユリウスはハッと我に返り、泣き出しそうな顔で謝った。


「模擬戦はここまでだ! ったく、今回は面倒な奴ばっかだな……」


 ブランドンは呆然とへたり込むロイを助け起こすと、金柑頭を撫でながら大きなため息を吐いた。

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