第20話 お侍さん、依頼を受ける

「あっ! クロスさん、丁度いいところに!」


 フランツたちの装備が返却される日。装備を受け取った一行は、仕事をするべく冒険者ギルドにやって来ていた。


 ギルドに入った途端、受付にいたディアナから声を掛けられる。


「どうした?」


「前に教えていただいた集落の調査が昨日終わったんですよ。クロスさんが仰っていた通り、墓標から小鬼ゴブリン三十五体、小鬼頭ホブゴブリン一体の討伐が確認されました。つきましては、特別報酬として金貨一枚をお支払いします」


 手渡された金貨を小銭入れに仕舞いつつ、一番気掛かりだったことを尋ねる。


「犠牲者の身元は?」


「……まだ半分も判明していませんが、引き続き調査は進めるつもりです」


「そうか……。よろしく頼む」


 フランツたちから聞いた。小鬼どもが何故人をさらうのか。攫われた者にどんな仕打ちをするのかを。


 牢屋敷の穿鑿所せんさくじょ拷問蔵ごうもんぐらが極楽に思えるほどの苦行だったはずだ。市中引廻しを遥かに超える恥辱だったはずだ。


 想像を絶する無念。仇は討てども、せめて親元に帰してやらねば御霊みたまも成仏できぬだろう。


「それと、この集落討伐が正式に実績として認められましたので、クロスさんは今日付でFランクに昇格となりました。おめでとうございます!」


 まだ依頼を一回も受けていないのに昇格か。GランクとFランクは駆け出しと聞いていたし、そんなものなのかもしれない。


 交換された鉄板の冒険者証を一瞥いちべつして首に掛け直す。冒険者としての活動は飽くまでも生活費を稼ぐための手段でしかなく、昇格に対しては特に何の感慨も湧かなかった。


「よかったねクロス。これで俺たちと同じEランクの依頼を受けられるよ」


「ああ、そうか。そういう規則だったな」


 ギルドの規則では、冒険者は自分と同ランクか上下一つ違いの依頼を受けることができる。確かに登録の時、ディアナがそう説明していた。


「じゃあ、早速掲示板を見てみようか。朝一番だから、いい依頼も残ってるはずだよ」


 掲示板の前に集まり依頼を吟味する。と言っても、黒須はまだこの国の文字を読めないため、眺めているだけなのだが。


「ん〜……。どの依頼を受けるか悩ましいですねぇ」


「まだたったの数日じゃが、教わった運足法を実戦で試したい。討伐依頼がええんじゃないかの?」


「クロスはこれが初依頼だぜ? 採取系から覚えた方がよかねえか?」


「それじゃあ……これにしようか。『豚鬼オーク三体の討伐:報酬金貨一枚』。これならいつも通りの魔の森だし、常設依頼の薬草採取も狙えるからね」


 荒野の守人と暮らし始めてから、黒須は毎晩冒険者としての知識を教わっていた。常設依頼とは、常に需要のある依頼をギルドが無期限で掲載している特殊な依頼のことだ。

 通常は依頼書を掲示板から剥がして受付で受注処理をしてもらうのだが、この常設依頼の場合はそれが不要となる。そのため、冒険者にとっては何かのついでに達成する、行き掛けの駄賃のような依頼なのだとか。


「豚鬼三体か……。普段ならちとキツいところじゃが、今回はクロスもおるからの」


「いいんじゃねえか?」


 フランツの提案に皆が賛成し、受付でディアナに受注処理をしてもらい魔の森へ向かった。


「今回も草原で一泊してから森に入るのか?」


「いや、あの時は時間と場所が合わなかったから使えなかったけど、乗り合い馬車で森の入口までは行けるんだ。ご領主様の方針で、冒険者なら無料で送ってもらえるんだよ」


無料タダか。太っ腹なことだ」


 普段街の中で乗っている乗合馬車は、距離に関係なく、一人銅貨一枚を毎回支払っている。為政者からすれば厄介な魔物を間引いてくれる冒険者を優遇するのは当然なのかもしれないが、この街の領主はかなり理解のある人物のようだ。冒険者の楽園と呼ばれているのも頷ける。


 雑談しつつ馬車に揺られていると、午前中に森の入口に到着した。同乗していた冒険者たちも馬車を降り、ぞろぞろと森の中へ入って行く。


 黒須も馬車から降り、一度ぐーっと背伸びして身体を伸ばした。馬車というのは便利なものだが、永く乗っていると、どうにも肩が凝る。乗馬では感じることのない感覚だ。フランツたちは平然としているし、慣れの問題なのだろうか。


「さて。依頼書によれば、豚鬼が目撃されたのはここから少し西の地点だ。道中は常設依頼の薬草を探しながら向かおう」


 フランツの指示に従い森を西に進む。斥候のマウリが先行し、前列にフランツとバルト、後列にクロスとパメラという隊列だ。


「それにしてもクロスさん、やっぱり剣三本とも持って来ちゃったんですね」


「ああ。今回は新しい剣の慣らしをするつもりだが、大小は手放せんからな」


 黒須は今回買ったばかりの幅広剣ブロードソードを持って来ていた。すでに素振りで手には慣らしたが、やはり実戦で使ってこその武器だ。


武士ブシって大変なんですねぇ……。あっ、それが薬草ですよ」


 パメラが指さしたのは蓬艾よもぎに似た植物だった。群生していたので根ごと採取し、用意していた布に包む。布を湿しめらしておけば数日は鮮度を保ったまま持ち歩けるらしい。雑に扱うと買い取ってもらえなくなるそうなので、気を付けて丁寧に処理をする。


「薬草は十本一束で銅貨五枚になります。常設依頼なので安いですけど、見つけたら積極的に採取しましょうね」


「承知し────……何かいるな」


 左前方から微かに生き物の気配がする。距離があるため正確には分からないが、足音から察するに単体ではない。


 黒須の声を聞いたマウリが確認に向かい、すぐに戻って来た。


「五十m先に犬鬼コボルドが四匹だ。こっちには気付いてねえ。どうする?」


 ………"五十めーとる"か。

 

 彼らから長さ、重さ、時間などの単位も教わっているが、まだ実際の距離がすぐ頭に浮かばない。半町はんちょうほどの距離だったか。


「この時期は毛皮が高く売れるからね。やろうか。俺とクロスが迂回して近づくから、合図したらマウリが弓で攻撃。パメラは念のために魔術の準備、バルトは二人の護衛を頼むよ」


「了解じゃ」


 フランツの指示でそれぞれが配置につく。茂みから覗いてみると、直立したいぬが四匹、仲良く並んで歩いていた。フンフンと鼻を鳴らしながら涎を垂らして歩く姿は、わずらった狼のようで、お世辞にも愛嬌があるとは言えない生き物だが──────


 ……やはり、これを魔物とするものさしがよく分からんな。


 ディアナやヤナの同胞はらから、親類縁者と言われれば納得してしまいそうなものだが。


 バシュッ!


 ──キャンッ!


 フランツが手を振って合図を送ると同時に矢が飛び、一匹の頭を貫いた。


 残りは三匹。

 隠れていた薮から飛び出す。


 犬鬼どもは突然仲間が倒され驚いたようだが、すぐに牙を剥いてこちらに襲い掛かって来た。


 毛皮が売れると言っていたから、胴は斬らない方がいいだろうな。


 そう思いつつ、新品の剣を喉に向かって一閃する。血が吹き出したのを確認し、バルトたちの方へ向かっていた二匹目を追いかけて後頭部を突き刺した。即死だ。


「………………」


 近くにあった大きめの木の葉を手折り、血振りした剣をぬぐう。斬れ味は愛刀と比べるべくもないが、叩き斬るための剣と考えれば悪くない。斧と似たような使い方の剣だ。物は使いよう、これはこれで趣がある。


 黒須が二匹を倒している間にフランツも仕留め終わったようだ。マウリたちも集まってきた。


「クロス、俺の弓どうだったよ?」


「狙いは悪くなかったが、矢を放つ音はもっと抑えられたな。この距離ならそこまで力を入れなくとも仕留められる。初撃で位置を気取られなければ、二匹目もれていたぞ」


「ちっ、やっぱそうか……。今まで全力でしか射ったことねぇから、イマイチ相手を仕留められるだけの力加減ってのが分からねえ」


「弓の加減には慣れがいる。実戦をこなしていればそのうち身に付くものだ」


「厳しいですねー。ささ、解体しちゃいましょう」


 購入したナイフを使って犬鬼の皮を剥いでいく。


 解体用ナイフという触れ込みで買った品だけあって、とても使い勝手がいい。短刀と違って大きな反りがあるため肉に沿って綺麗に皮が剥げる上、峰がのこぎりのようになっており、骨や健を簡単に断ち切れる。購入しておいてよかった。


「よし、それじゃ行こうか」


 剥ぎ取った毛皮と魔石をそれぞれが手分けして荷物入れに収納し、さらに西へと歩を進めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「………………!」


 しばらく進んだ頃、先頭の手が上がった。全員が無言で静止し、警戒を強める。 マウリは足音に気を付けながらこちらへ近づくと、顔を寄せて小声で報告した。


「いたぜ、豚鬼オークだ。三十m先の木の根元。二匹は寝てるが、一匹見張ってやがる」


「……パメラ、火炎嵐ファイアストームの奇跡を寝てる二匹に撃ってくれ。マウリは見張りに弓だ。タイミングを合わせて同時に攻撃する」


「豚鬼相手だと一撃で仕留められるか微妙だぜ?」


「牽制になればいいよ。たぶん、寝てる二匹も即死はしないと思う。二人の攻撃のあとに、俺、クロス、バルトで一匹ずつ受け持とう。クロスはマウリが攻撃する奴を頼む。一番元気だと思うからさ」


「承知した」


「バルト、俺とクロスが向かうまで耐えてくれ。倒し終わったらすぐに行く」


「了解じゃ」


 作戦も決まり、配置につこうと一歩踏み出したところで、パメラが意外な提案をした。


「それなら、バルトの方に私とマウリも参加しますよ。せっかく覚えた杖術じょうじゅつも使ってみたいですし」


 鍛錬ではよく泣き言を吐く娘だが……。泰然自若、肝が据わっている。


「そうだな。俺らも今ならそれなりに戦えるぜ」


「…………クロス、どう思う?」


 フランツが不安げな表情でこちらを見る。


「問題ないだろう。万が一があれば俺が助ける。マウリ、牽制の矢は目玉を狙ってみろ。バルト、二人の立ち位置に気を配れ。パメラ、相手の膝か爪先つまさきを攻撃しろ」


「……よし、訓練を思い出して最善を尽くそう!」


 フランツの掛け声のあと、気配を消しつつ敵に見つからないギリギリの距離まで移動した。


 豚鬼が視界に入ったが────何とも醜悪な姿だ。太った大男の身体に牙の長いししの頭が乗っかっている。大鼾おおいびきをかいて寝ている二匹は丸腰、見張りの一匹は大きな斧を持っていた。


 パメラが魔術の準備に入り、マウリがそっと矢をつがえる。


「……撃てます。三、二、一、火炎嵐ファイアストーム!!」


 杖先から球状の炎が飛び、寝転がっている豚鬼どもに炸裂した。二匹が豪火に包まれ悲鳴を上げる。


 同時に放たれたマウリの矢は狙いを外して見張りの頬に突き刺さった。一斉に飛び出し、それぞれの相手の元へ向かう。


「ブヒィィィイ────ッッ!!」


「お前、その姿なりししのように鳴くのか」


 豚鬼は斧を振り上げてドタドタと走って来るが────……


 鈍重おそい。これなら小鬼頭ホブゴブリンの方がまだマシだった。額に汗して力いっぱい斧を振り回しているが、動作が大きく、はえが止まりそうなほどのろい。


 事前にEランクとは聞いていたが……こいつはつまらんな。


 斧を振り上げた隙に腹を切り裂き、膝をついたところで首を叩き斬った。


 さて、皆の様子を見に行くか。

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