第19話 冒険者さん、魔術を披露する
クロスとの模擬戦が終わったフランツは、地面に腰を下ろして仲間たちの戦いを観戦することにした。丘の上まで走れと言われたが、流石に少し休まないと足が動いてくれない。
「みんなー! 頑張れー!」
これまでも仲間内で模擬戦をすることはあった。でも、自分を除く三人が連携して戦うのを見るのはこれが初めて。巨人の時は状況が状況だったので悠長に観戦なんてできなかったが、さて、どうなることやら。
「準備はいいか?」
「おうッ! いつでも来んかい!!」
「フランツの仇討ちだ!」
「やりますよー!」
盾をどっしり構えるバルトの後ろにマウリとパメラが立ち、それぞれの武器を構えている。前衛が敵を抑え、その隙を突いて後衛が攻撃を当てる荒野の守人の基本陣形だ。
「パメラとマウリは俺を仕留めるつもりで動け。バルト、俺から二人を護り切って見せろ。では、行くぞ」
クロスは離れた位置から開始の合図を送ると、いきなり突風のような速度で走り出した。
「マウリッ!」
「おう!」
マウリが牽制の矢を放つ────が、難なく剣で叩き落とされた。
クロスの速度は全く落ちない。
「くっそ……! あの野郎、矢が効かねえ! 来るぞ!」
近すぎる、もう弓は無理だ。
「諦めるな! ナイフで牽制し続けるんじゃ!」
バルトの声に反応するようにマウリが投げナイフを取り出したが……同時に、クロスが妙な動きを始めた。前進を止めて体勢を低くし、左右に素早い移動を繰り返している。
「…………何だ? 撹乱のつもり────あっ」
最初は意味が分からなかったが、目線を戻すと理解できた。マウリはナイフを構えたまま投げられず、明らかに困った様子だ。
そうか。動かないバルトを射線上に入れて、自分の壁として使っているんだ。
そうこうしているうちに、パメラから声が上がる。
「いけますっ!」
前衛が時間を稼いでいる間に、
「この距離なら問題ない! やれぃ!」
「撃ちますよー!
火砲の奇跡。威力は低いが着弾速度が速く、小規模を炎の渦で焼く範囲攻撃だ。
「──────あれ?」
そういえば。クロスって、魔術のことは知ってたっけ?
そう思い彼を見ると、案の定、驚愕に目を見開いて大袈裟なほど距離を取って回避した。火砲はクロスのかなり手前に着弾し、地面を燃え上がらせる。
「……何だこれは。
しまった。やっぱり魔術を知らなかったか。
この国の人間なら杖を持っている時点で相手が魔術師だと気が付くものだが、彼は魔物すらいない国からやって来たのだ。魔術を知らなくても不思議じゃない。事前に教えておくべきだったな。
クロスは燃えている地面をしばらく観察したあと、ゆらりと振り返り、前進を再開した。彼と目が合ったバルトが一瞬ビクッと肩を跳ね上げ、盾を構え直すような仕草を取る。
「どうしたんだ?」
何か攻撃を受けたのかと思ったが、クロスには特に変わった様子はない。むしろパメラの魔術を警戒したのか、最初と違って慎重に歩み寄っている。
「おらっ!」
速度を緩めたクロスをマウリのナイフが襲う。が、やはり当たらない。それどころか、飛んできたナイフの一本を空中で掴んで投げ返した。
「バルトっ!」
「お、おう!」
バルトが盾で弾いたが、その間に距離を詰められる。これでもうパメラの魔術は使えない。
クロスはバルトの前まで到着すると、剣ではなく蹴りで攻撃を始めた。強烈な前蹴りが盾に突き刺さる。
「ぐうぅッ!」
バルトは足を踏ん張り耐えているが、蹴られるたびにジリジリと後退させられている。
これが荒野の守人の弱点だ。近距離戦闘ができる者がフランツしかいないため、中距離、遠距離型のマウリとパメラではここまで近づかれると攻撃手段がない。
その後は一方的な展開だった。クロスはバルトを押し切ると、素早く迂回して直接後衛を狙う。マウリはナイフで、パメラは杖で応戦するが、彼らは後衛だ。フランツの時と比べるとクロスはゆっくりとした動きだったが、二人は彼の動きには付いていけず、あえなく敗北した。
さて、講評の時間だ。
「まずバルト、壁役と言うだけあっていい防御だった。何度か本気で蹴ったが、盾を手離さなかったな。あれを突破するには相当の打撃力が必要だろう。それに、胆力もある。パメラの攻撃のあと一瞬殺気を向けてしまったが、よく耐えたものだ」
「ち、チビるかと思ったわい……。巨人と目が合った時より圧を感じたぞ」
あの時のバルトの動揺はそういうことだったのか。確かにクロスの殺意を真正面から受けるのは、想像したくないな。
「次に悪い所だな。お前は敵にばかり集中しすぎだ。もっと仲間の立ち位置に気を配れ。攻撃を防ぐのも重要だが、仲間の攻撃を阻害しては全体の手数が減る。それと、小回りが利かないのが最大の弱点だ。単体の敵に迂回など許すな。それでは速力のある敵には通用せんぞ」
バルトの高い防御力は鍛治人特有の低い重心に由来している。さらにそれを強化するために
「バルト、お前はフランツと同じ下半身の鍛錬と運足法の習得だ。瞬発力を鍛えるぞ。それと、素早い敵に慣れるために俺と徹底的に模擬戦だな」
「今のをまたやるのか……? 儂ひとりで……?」
彼の宣告に、バルトは絶望したような顔をしている。
クロスとの連戦か……。死ぬなよ、バルト。
「次にマウリ。お前の強みは弓での遠距離攻撃と投げナイフによる中距離攻撃だ。速く動く敵に対して、なかなかの精度だった。俺の前進を止めるために防ぎづらい足元を狙ったのも賢い選択だ」
クロスには劣るかもしれないが、マウリの弓もそれなりの腕前だ。飛んでいる鳥を撃ち落としたことさえある。
「お前の悪い所は、指示がないと途端に動きが鈍ることだ。フランツの不在に最も影響を受けていたぞ。自分からもっと細かく仲間に声を掛けろ。相手がいつも自分に合わせてくれるなどとは考えるな。戦いの最中は特に目の前の敵にばかり意識が向きがちになる。今の立ち回りでは、いずれ同士討ちになりかねんぞ」
「そうか、ナイフを投げる時に俺からバルトに言って射線を空けりゃよかったのか……」
普段の連携はフランツが細かく指示を出しているため、これはその弊害だろう。巨人との戦いでも自分が離脱した途端に連携が崩壊していた。
「それとこれはパメラにも言えることだが、二人とも連射が遅く、近接戦に弱すぎる。冒険者パーティーとは役割分担も重要なのだろうが、最低限、自分を護る
「だ、だけどよ……。今回の接近戦はキツすぎるって! クロスが速すぎんだよ!」
マウリが慌てたように弁明し、パメラもそれに同意しているらしくコクコクと何度も頷いている。
「……フランツ、俺の動きはそんなに速く見えたか?」
「いや、むしろ俺の時よりゆっくりしていたような……」
「えぇっ!? 違いますよ! フランツの時より断然速かったです!」
────どういうことだ?
訳が分からない。クロスのスピードの認識に、戦っている者と見ている者で違いがある。
「俺はどちらとも同じ速度で戦ったぞ。お前たちがそれを速く感じたのは、俺が動きを先読みして攻撃していたからだ」
「動きを先読みした……?」
「然り。生き物には何にでも呼吸という物がある。攻撃する直前、生き物は必ず息を吸う。息を吐いてから攻撃するものなどいない。それと同様に、筋肉や視線の動きでも相手の攻撃の拍子は量ることができるのだ。お前たちはそういった挙動を隠せておらず、『今から攻撃するぞ』と敵に告げているに等しい。その状態を"動きを見切られる"と言う。動きを見切られると、相手の攻撃がやたらと速く感じるものだ」
つまり……こちらの初動は筒抜けで、クロスに先回りして動かれていたということか。正直、種明かしをされても信じられない。
「兵法者の立ち合いは拍子の読み合いを前提としている。理想形は無拍子だが、定拍子、連拍子、囮拍子、乱拍子、影之拍子、合わせ拍子など、拍子を誤認させたり逆に利用する技も……。いや、それはまだ早いか」
何やら難しい言葉が連発されたが…………
要は、攻撃のタイミングが重要と言いたいのだろう。
「これはフランツにも言えることだが、お前たちは敵の手元や武器にばかり集中しすぎだ。攻撃の拍子とは、眼、肩、膝の動きに顕著に表れる。相手の一部だけではなく、身体全体を見るようにしろ。武士の世界には"一眼 二足 三胆 四力"という言葉がある。第一に相手を観察する眼、第二に足捌き、第三に胆力、第四に力。剣術を修行する過程において、大事な要素をその重要度に応じて示した言葉だ。お前たちも心に留めておけ」
クロスと戦った時にやけに観察されていると感じたが……。相手を観察する目、つまり洞察力ということか。これはきっと対人戦闘だけの話ではなく、魔物との戦闘にも共通するはずだ。
「話を戻すが、マウリには弓術と手裏剣術を教えて今持っている強みを伸ばす。加えて、近接用に小具足術も覚えてもらうぞ。仮にフランツが倒れたとしても、復帰まで時間稼ぎができることが目標だ」
「おお、あの弓を教えてくれんのかよ!? やったぜ!」
マウリは飛び跳ねて喜んでいるが、彼は自分やバルトよりも多くの技術を修得するよう言い渡されたことに気が付いているのだろうか。
「最後にパメラ。あの炎は何だ? 凄い術だったな。『撃ちますよー!』と叫んでいたから遠距離攻撃が来るのは分かったが、それにしても驚いたぞ。……ああ、わざわざ敵に分かるように叫ぶのは駄目だがな」
「あ……っ! そ、そうですね。いつもの魔物と戦う時のクセが出てしまいました……。それより、クロスさんは魔術のことも知らなかったんですね。ニホンには魔術師がいなかったんですか?」
……パメラ、誤魔化したな。
「魔術師、か。俺の国にも
「魔術はこの国じゃあ一般的に知られとる"技術"じゃな。誰にでも使えるってモンじゃねぇが、使い手はそれなりに多いぞ。儂も土の魔術に適性を持っとる」
「適性とは?」
「魔術学校の卒業生たる私がお教えしましょう! 魔術には基本的に火・水・風・土・光・闇の六つの属性があり、どの属性に適性があるかや、どれだけ強い力が使えるかは人それぞれなのです!」
「では、パメラは火の属性ということか」
「そうだね。さらに言うと、攻撃に使えるような強い力を持っている者だけを魔術師と呼ぶんだ。俺にも一応光の適性があるけど……。俺やバルトは大した力はないからね。うちで魔術師はパメラだけだよ」
「滅多にいませんが、二つ以上の属性に適性を持つ人を大魔術師って呼んだりしますよ! 魔術師の憧れです!」
「マウリはどうなんだ?」
「俺は使えねえな。魔術ってのは持ってるヤツは教えられなくてもある程度扱えるモンなんだと。逆に、持ってねえヤツは何のことだかさっぱり分からねぇもんさ」
「そういうものか……。俺にもさっぱり分からん」
「であれば、残念ながらお前さんには魔力がないんじゃろうな。パメラのような大技はキチンと習わんと使えんが、適性さえありゃあ自然と魔力の使い方は分かるもんじゃ。ほれ」
バルトが地面に手をつくと、その部分が泥に変わる。
「面白いな……。一対一なら隙が大きくて使い物にならんが、集団戦や乱戦なら脅威になり得る。俺も使えれば楽しかったのだろうが、残念だ。ところで、パメラの鍛錬だが」
クロスはくるりと向き直り、パメラは気まずそうに目を逸らした。
「わ、忘れてなかったんですね」
「当たり前だ。お前の弱点はマウリと同じ、連射の遅さと近接戦の弱さだ。悪いが、俺には魔術を教えられんからな。連射については助言ができん。近接戦闘の強化には杖術と柔術を教える。弱い力で相手を崩す方法を中心に鍛えるぞ」
こうして、荒野の守人の地獄のような訓練の日々が始まった。
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