第17話 冒険者さん、お侍に挑む
気持ちのいい朝、フランツは家の外の空き地で体を
朝日が眩しくて
「………ふぅ」
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、暴れる心臓の調子を整えるように長い息を吐く。
装備の修理が終わるまでの数日はすることも無いので、今日はクロスに稽古をつけてもらうことになったのだが──────
「フランツー! 頑張ってくださーい!」
「クロスー殺すなよー」
「お互い大怪我だけはせんようにの〜」
素振りや身体の使い方などの基礎から教えてくれると思いきや、『まずお前たちの力が見たい』というクロスの一言で、急遽模擬戦をすることになってしまったのだ。
声援はありがたいが、見られていると思うと余計に緊張するのでやめて欲しい。
「準備はいいか?」
「うん、待たせたね。クロスは体を動かしておかなくて大丈夫?」
入念に準備運動をするフランツに対して、彼はただその様子を漫然と眺めているだけだ。
「
「…………なるほど」
お互い訓練用の木剣を持って向かい合い、フランツはさらに木盾を左腕に装備した。
「……………………」
こうして正面に立つと、やはりクロスの力量が普通ではないことが分かる。まだ剣を構えてもいないのに、その立ち姿には一分の隙もない。
「お前の全力がどの程度なのかが知りたい。殺すつもりで来い」
先日の喧嘩を目にしてしまったため勝てる気は全くしないが、戦う前から諦めるつもりはない。胸を借りるつもりで挑戦しようと、剣を握る手に力を込める。
一発くらいは当ててやる……!
「行くぞっ!」
左腕の盾を前に構え、一直線に突進する。
動き出しを警戒していたが……クロスは様子見のつもりなのか、両手をだらりと下げたまま棒立ちの姿勢だ。その表情からは何の感情も読み取れず、一向に動く気配がない。どうやら、先に打ち込んで来いと言っているようだ。
それなら、遠慮なく行かせてもらおう。彼は盾を使ったことがないと言っていた。なら、この技は知らないだろう!
クロスの目の前まで走ると、剣を振ると見せかけて
顔面を狙った大振り。
ひらりと横に躱された。
彼はまだ剣を構えてすらおらず、至近距離からこちらの様子をただジッと見ている。
反応が早い……!
一旦距離を取ろうとバックステップで後退するが、クロスは同じスピードで前進して距離を取った分だけ着いてくる。
逃げられない。なら、こっちから攻めて距離を取らせてやる!
後退を止め、逆にクロスに向かって大きく踏み込む。
上段からの斬り下し。
クロスは避けない。
木剣が激突する。
「────くッ!」
鍔迫り合いの状態から即座に押し返され、バランスを崩して転倒しそうになった。明らかに大きな隙を晒したが、彼は追撃することなくこちらを観察したままだ。
「早く立て。次だ」
実力差を感じて尻込みするフランツの心情を見透かしたように、そんな言葉が投げ掛けられる。
…………単発じゃ絶対に当たらないな。連撃で隙を作る!
いかに訓練とはいえ、仲間を相手に全力で攻撃することには抵抗があった。しかし、力の差は歴然。フランツは甘い考えを捨て、意識を切り替える。
斬り上げ────を囮にした前蹴り。
避けられた瞬間に重心を移動させて横薙ぎ。
足元を狙ったがこれも不発。
背後を取るようにぐるりと旋回しての袈裟斬り。
軽く受け流される。
「…………くそっ!」
半身をズラすようにして紙一重で躱されているため、一向に距離が離せない。こういった足捌きや体捌きだけを取ってみても、実力差を痛感する。
と、ここで突然クロスの動きが変わった。こちらに張り付くの止め、円を描くようにして左回りに移動し始める。
…………ッ! 盾側に回り込まれると剣が振り難い!
ここは一旦防御を────
ガン!
左腕のガードを捨てるべきか逡巡していると、ついにクロスも攻撃を仕掛けてきた。
盾で受け、剣で弾く。こちらの急所に狙いを絞った正確無比な斬撃。剣の重さに手加減は感じるが、剣速が速すぎる。これでは盾を下げられない。
容赦なく降り注ぐ斬撃の雨を必死に防ぐが、彼の連撃は止まる気配がない。
キリがない! このままじゃジリ貧だ……!
剣を大きく振ることは諦め、突きでの反撃の機会を窺う。クロスの剣を強く弾いて首を殴りつけようと盾を振った瞬間、彼は僅かに仰け反った。
──────ここだっ!!
胸に向けて全力の突きを放つ。
しかし、その攻撃は空を切り、伸ばした右腕を打たれて剣を取り落とした。急いで飛びついたが……剣に手が届く前に、フランツの首元に剣が添えられる。
「…………負けたよ」
悔しいが、完膚なきまでの敗北だ。手も足も出なかった。息も絶え絶えのフランツに対して、クロスは汗ひとつかいていない。
「良い所と悪い所、どちらから聞きたい?」
「い、良い所からお願いします……」
「では。お前の剣の重さと速さは現時点で十分な威力がある。人が相手なら、当たれば容易に命を奪えるだろう。お前は体格がある分まだ伸び代は感じるが、上半身がよく鍛えられているな。それに、攻撃の狙い所がよかった。指、眼、首、心臓。確実に相手の戦力を削げる箇所を狙っていたな。当てずっぽうに剣を振っていない証拠だ。実戦経験が浅い者ではこうはいかん。あとは、最初の盾での攻撃もよかったぞ。まさか初手が防具での殴打とは思わなかった。奇襲という意味では実戦でも使える技だろう」
お、おお……。酷評されるかと思ったが、意外と褒めてくれるんだな。
クロスはお世辞を言うようなタイプではない。つまり、この賞賛は素直に受け取っていいはずだ。
「次に悪い所だ。上半身に対して、下半身の鍛え方が甘い。斬り合いというのは、極端に言えば間合いの取り合いだ。いかに自分に都合の良い場所に立ち、いかに相手を都合の悪い場所に立たせるか。お前は足運びへの理解が薄く、反応が遅い。だから剣を振り難い場所に追い込まれて、そこから逃げられんのだ。全ての打突の根本は足腰にある。攻めるにしても躱すにしても、足腰が弱ければ威力も速度も半減する。最後の場面、俺が仰け反ったのを隙と見て決めに掛かろうとしたな? あんな見え透いた撒き餌に食いつくな。……見ていろ」
クロスはそう言うと胸の前で腕を組み、徐々にその場で仰け反り始めた。
…………じょ、冗談だろ?
彼は足に対してほぼ直角、完全に上体を後ろに倒して見せた。頭に糸がついて、空から吊るされているのではと錯覚するような不自然な姿勢だ。
「足腰を鍛えていればこんなこともできる。お前は自分ができないから、相手にもできないと思ったのだろう? 俺はこの体勢からでも剣を振れるぞ」
そう言ってクロスは実際に剣を振り回して見せた。その動きはもはや人間技ではないように思える。いや、身体能力の高い獣人族でもこんな真似ができるだろうか。
「それと、武器の使い方が間違っている。お前の片手剣は斬るための武器であって、刺突には向いていない。魔物に考える頭があるのかは知らんが、俺が敵ならわざと突かせてその隙に殺す。もし突きが当たったとしても、こちらは致命傷にはならないからな」
言われてみれば、フランツは突きで魔物を仕留めたことがなかった。牽制として使っているだけだ。
今回はクロスの猛攻で思うように剣が振れず、苦し紛れに突きを放ったが……そうするように誘導されていたのか。
それに彼の言う通り、
「いいか。斬るための武器を使うなら、斬ることだけに全ての意識を向けろ。受けよう、粘ろう、躱そう、突こうなどと、余計なことを考えているから斬れんのだ。それらは全て斬るための切っ掛けに過ぎない。まずは受け、次に斬るなどと、攻防を個別に考えているから次の動作が遅いのだ。斬るためにどう受けるか、斬るためにどう躱すか。その一連の流れを"型"と呼ぶ。型のない剣、つまり我流剣法にありがちな弱みだ」
確かに、クロスの連撃は攻撃と攻撃の間隔に隙がなく、反撃するタイミングが見つからなかった。
このレベルの剣士はそこまで考えて戦っているのか…………
「フランツ、この辺りに岩山はないか?」
指摘された内容に思いを巡らしていると、彼は突然妙な質問をしてきた。
「ん? ここも
指差したのは数キロ先に見える丘だ。夏場、頂上の泉に皆で遊びに行ったことがある。丘を周回するように階段が作られているのだが、頂上に着くまでにクタクタになってしまい、それきり行かなくなった。
「少し小さいが……まあいいだろう。フランツ、お前は今日から毎朝あの丘の頂上まで走れ」
「毎朝!? しかも今日から!?」
「そうだ。足腰の鍛錬には山道を走るのが一番だ。ああ、鎧が戻って来たらそれを着て走るようにな。俺も付き合う」
「あの、クロス……。せめて、明日からじゃダメ?」
フランツは先ほどの模擬戦でかなりの体力を使ってしまい、今から走るのは正直辛いものがあった。
「今日からだ。今日を戦えぬ者に明日を語る資格はない。強くなりたいのだろう?」
「……そうだね。よし、分かった! 頑張るよ!」
その通りだ。そもそも冒険者として上を目指したくてクロスに稽古を頼んだんだ。この程度で泣き言など吐けない。巨人との戦闘ではリーダーなのに真っ先に脱落してしまって悔しい思いをした。あんな思いは二度としたくない。やるしかないんだ。
「それと、走り込みが終わったら運足法の鍛錬だ。立ち回りを強化するぞ。それが終わったら素振りだな。剣術の型を少しずつ覚えてもらうが、最終的には意識せずとも身体が動くことが目標だ。あと、剣士なら小技も少しは使えた方がいい。寸鉄と袖鎖もやるか」
────────やっぱりダメかもしれない。
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