第16話 冒険者さん、チンピラに絡まれる

「おい見ろよ。小人族ホビットだぜ」


「やっべぇ! 財布隠せ、盗まれんぞ!! ぎゃははっ!」


 前方から騒々しくやって来たのは荒っぽい雰囲気の男たちだった。人数は八人。全員がそろいの鎧を着て剣を携えている。昼間から酒でも飲んでいたのか、皆薄らと顔が赤い。


 冒険者って感じじゃないな……。

 傭兵ギルドの連中か。


 傭兵ギルドは人同士の争いを専門とする組織だ。依頼を受けて報酬を得るという仕組みは冒険者ギルドと同じだが、盗賊団の討伐、要人の護衛、賞金首の捕縛、商会の警備、有力者や権力者に用心棒として雇われるなど。その業務内容は全て対人に特化した内容になっている。他にも、冒険者が五名程度の"パーティー"を組むのに対して、傭兵は十名を超える"傭兵団"を組織するというのも大きな違いになるだろう。


 そして、彼らが最も活躍するのは戦争の場だ。それは村同士の小規模なものから、国同士の大規模なものまで様々。ファラス王国は国内が平定されて久しいが、未だに国境線では他国との小さな争いが頻発している。ここ辺境都市アンギラも、北西の覇権国家であるオルクス帝国と一部国境を接しているため、傭兵ギルドの需要は高いのだが……。人と戦うことを日常とする彼らは、総じて。禁止されているはずの戦地での略奪行為も後を絶たず、『傭兵やつらが通ったあとには草も生えない』とまで言われるくらいだ。


 面倒なのに出会ったな……。


 仲間マウリを馬鹿にされて当然腹は立っているものの、この人数差。しかもフランツとバルトは装備を預けたばかりでほぼ丸腰だ。相手も往来で剣を抜くほど馬鹿ではないと思うが、喧嘩になるのは避けた方がいい。


「……みんな、行こう」


「おいおい、ツレねーな。ちょっと待てよ」


「オメーら便利屋ぼうけんしゃだろ? 和気あいあいと楽しそうなこって。俺らも混ぜてくれや」


 さっさとやり過ごそうとしたが、相手はこちらの進路をはばみ立ち塞がってきた。


「おいチビ、お前えらく立派な鎧着てるじゃねえか。どっからって来たんだよ?」


「スリと盗みしかのうのねえ連中だ。おおかた、誰かが買った新品を横からさらったんだろ。衛兵でも呼ぶか?」


 相手側の連中はこちらに絡む二人を止める気はないらしく、ニヤニヤとしながら傍観ぼうかんの構えだ。時折パメラに下卑げびた目線を向けており、虫唾むしずが走る。


「絡むんじゃねえよ、酔っ払いが。とっとと失せろ!」


「なんだと? 盗人ぬすっと種族が調子に乗るんじゃねえよ!」


 マウリが言い返すと、男は腹を立てたのか、いきなり彼を突き飛ばした。マウリが尻もちをついたのを見て、フランツは一気に我慢の限界に達する。


 ふざけやがって……!!


「おいっ!! お前らいい加減に────!」


「────ぐあァッ!」


 大声を出した瞬間、マウリを突き飛ばした男が弾かれたように


 フランツが驚いて振り返ると……そこには、鬼の形相ぎょうそうのクロスが立っていた。額に青筋を浮かべ、目は血走り、いつもの彼とは別人に思えるほどの雰囲気を醸し出している。

 その様相は明らかに、タガの外れた人間のものだった。


「貴様ら、そこになおれ」


「な、なんだぁ? てめぇ」


「やりやがったな糞ガキが!」


「イキがってんじゃねーぞ小僧!!」


 クロスの声には明確な殺意が宿っているが、連中は酔っているためか、そのことに気が付いていない。仲間を殴られた男たちは口々に汚い言葉を浴びせ掛ける。しかし、当の本人はマウリに絡んだ二人に視線を固定させたままだ。


「貴様らだ。我が友を侮辱した貴様ら二人に言っている。前に出ろ」


「ははは、我が友だってよ!」


「なんだよ坊主。おじさん達と勝負してぇのか?」


「貴様らのような下衆げすと尋常な勝負などするつもりはない。その二人は手討ちだ。さっさと前に出ろ」


「……下衆だと? 言ったなガキ! お前ら、やるぞっ!!」


 ついに男たちは剣を抜いた。殴り飛ばされた男はまだ呆然と座り込んでいるが、それでも相手は七人。


 くそっ、何か武器になりそうな物は……!


 必死に辺りを探し、通りの端に積まれた木材に目を付けた。素早く駆け寄って拾い上げる。頼りないが、無いよりはマシだ。


「俺とクロスが前衛に立つ! マウリは投げナイフで後衛! バルトとパメラは衛兵を────」


 指示を出しながら前を向くと……そこにはすでに何人もの男たちが転がっていた。


 クロスが何かをするたびに、男たちが宙に舞う。彼は相手の腕やえりを掴むと、背負うようにしてブン投げているようだ。


 投げられた者は地面に頭や背中を強打して、失神するか悶絶している。見たことのない技だが、あれが彼の言っていた"柔術"という格闘術か。


 そして最後に、マウリに絡んだ男だけが残された。


「なっ、なんだよお前!? 何なんだよっ!!」


 男は怯えながらも剣を振り上げたが、振り下ろす前に金的を蹴り上げられる。


「ぎゃあぁぁあっ!!!!」


 男は悲鳴を上げてのたうち回る。クロスはスタスタと歩み寄ると、後頭部を思い切り蹴り飛ばした。その一撃で相手は気を失ったようだが、続けて何度も顔面を踏み付ける。


 ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!


 頭と石畳がぶつかる鈍い音が繰り返し辺りに響く。あまりの出来事にしばし唖然としてしまったが、やばい、このままだと────!


「クロスっ! そこまでだ!!」


「おいっ、もういいって! やめろ!」


「クロスさん、その人死んじゃいますよ!!」


「やり過ぎじゃ! 正気に戻らんかッ!!」


 四人がかりで何とか倒れた男から引き離したが、彼の怒りは烈火の如く、全く収まる気配がない。


「何故止める? 先ほどの言葉、聞くに耐えん無礼だ。がたい。こいつら二人はこの場で殺す」


 そう吐き捨てると、唯一意識のある最初に殴った男を睨みつけ、剣を抜いた。


「ヒッ──。わ、悪かった……! 許してくれっ!」


「許さん。死ね」


 クロスはしがみついているフランツたちを意に介すこともなく、引きずったまま、なお男に近づいて行く。


 なんて力だ────!


ひざまずき、眼を瞑って首の力を抜け。一瞬で首をねてやる」


「ごっ、ごめんなさい! ごべんなざい! 勘弁じでぐだざい……っ!!」


 男はついに泣き出してしまった。地面に頭を擦り付けて許しをうている。


「剣を抜いておきながら────勘弁しろ、だと? 殺される覚悟もなく武芸者を愚弄ぐろうしたのか。貴様らは剣を持つにあたわん。下郎げろうめ、ここで惨めに散れ」


「クロス、もういいっ! 俺なら大丈夫だ! こんなクソ野郎の言うことなんか、気にしてねえって!!」


 マウリが両手を広げてクロスの前に立ちはだかると、ようやく彼は前進するのを止めた。


「…………何故かばう、マウリ。こんなクズを」


「こんなヤツ、何とも思ってねぇよ! ほら、見ろよ」


 男は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、震えながら失禁していた。


「このザマだぜ? 傭兵みてえだが、こんな大勢の前で恥を晒したんだ。コイツらはもう終わりだよ。俺の気も晴れた。だから、お前が手を汚す必要なんかねえんだ。もう、帰ろう」


 クロスはしばらくマウリを見つめたあと、虫でも見るような目つきで男に向き直る。


「この街から即刻立ち去れ。次に見掛けたら斬る」


 そう言って、ようやく体から力を抜いた。


「さて、では食料を買いに行くか」


「い、いや……っ! いやいやいやいや!!」


「そろそろ騒ぎを聞きつけた衛兵が来よるっ! ずらかるぞい!!」


「何故逃げる。俺たちは別に何も悪く────」


「いいからっ!! 行きますよ!」


 パメラがクロスの背中を押して無理やり走らせる。

 馬車の乗合所に走りながら、フランツは心に誓った。


 今後、絶対にクロスを怒らせないようにしよう──────

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