第4話 お侍さん、集落を見つける
男たちの痕跡を
荷を降ろして薪を集め、腰にぶら下げていた火打袋から道具を取り出す。
火打鉄でカンカンと石を叩いて火花を浴びせると、あっという間に種火ができた。適当に組んだ枯れ木の中に放り込み、強く息を吹きかけて火を
「さてはて、どんな味がするのやら」
黒須の手には枝に突き刺された大蛇の肉。
あれを神の使いなどとは
下らないことを考えながら焚火で肉を
ほどよく焼けた所で火から離して匂いを嗅いでみたが特に刺激臭はなく、どちらかと言えば香ばしい良い匂い。
試しに端の方をちまりと
む、これは────
「旨い……!」
クセのない白身魚のような歯切れのいい食感、塩気が強いが噛み締めるたびに脂の甘さもしっかりと感じる。これまでに食ってきた蛇は淡白でパサついた筋肉質のものばかりだったが、これはまるで別物だ。
良く
夢中で食べ進め、
「…………………」
まだまだ肉は残っているし……もう一つ焼こうか。
いや、駄目だ。時間を空けて後から効くような毒なら、こんな訳の分からん森で卒倒する羽目になりかねん。
口に残る肉の味に心を引かれつつ、焚火を踏み消して荷物を背負い直す。またあの蛇が出てきてたら必ず狩ろうと、チラチラと木の上を見ながら追跡を再開するのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
休憩してからしばらく、集落を見つけるまでにさほど時間は掛からなかった。
ガサガサと背の高い草むらを掻き分けた先にあったのは、周囲と比べて木々の少ない平地。人の手で伐採したのではなく、恐らく天然の空き地に村を築いたのだろう。
黒須がそう思ったのは、その集落がこれまでに見たどこよりも貧しい寒村だったからだ。
まともな建物は一つとして見当たらず、木の枝と獣の皮を雑に組み合わせてその上から枯れ葉を被せたような、小屋と呼ぶのも
集落の中をまばらに行き交う人々は先ほど逢った者たちとよく似て────と言うより、見分けがつかないくらいそっくりだが、やはり皆一様にして着物すら着ておらず、野蛮人と見まごうほど不潔な風体をしている。しかし逆に考えれば、これだけ姿が似ているのなら、この集落が彼らの出身であることは間違いないと言えるだろう。
「…………よし、と。また怯えられても
黒須は先ほどの反省を活かして少し離れた場所に鹿の死骸や荷物を置くと、旅立ちの日に父が持たせてくれた大切な刀も隠すことにした。浪人の身の上で
万が一を考えて
集落の周りは木の柵のような物で囲まれており、正々堂々と入ろうにも入口が分からない。どうしたものかと考え、黒須は柵の外から大声で呼び掛けてみることにした。
「頼もう! 俺は通りすがりの旅の者だ! この集落の
武門の家の者として、身分を隠すことは恥とも言える。この場合は仕方がないのかもしれないが、嘘偽りを述べるのも心苦しく、苦肉の策として"旅の者"と名乗ることにした。
これならば多少怪しまれても、初手から怖がられることはあるまい。
そう思って集落からの反応を待っていると────
……おい、今回は丸腰だぞ。
何故どいつもこいつも武器を振り回しながら走ってくる?
住処からワラワラと這い出てきた住人たちは、手に手に武器を持っていた。その雰囲気はとてもこちらを歓迎しているようには見えない。
一際大きな
というかこいつら、そもそも俺の言葉が理解できていないのではないか?
山奥の村では文字が読めない者などは珍しくもないが、言葉を話せない者たちの集落など聞いたこともない。いかに
しかし、せっかく見つけた
「この中に俺の言葉が分かる者は居ないのか! 俺はお前たちの仲間について大事なことを──────」
説得しようと再度大声を出した矢先、黒須は集落の中央に"ある物"を見つけて閉口する。
それは、一言で表現するなら
周囲よりも一段盛り上がった地面に長い杭が突き立てられており、先端に大きな牙が特徴的な獣の頭骨が飾られている。杭の根元には場違いに美しい色とりどりの花がばら撒かれていて────そこには、人間の頭部がいくつも転がっていた。
すでに白骨化して
いや、違うな。
一瞬だけこの集落独自の
老若男女入り交じっているが、共通してその表情は
やけに好戦的だと思ったが……なるほど、ここは追い剥ぎどもの集落か。
黒須は一人心中で納得し、素早く腕を振った。
「ギィッ、アァァァアアア────ッ!!!!」
ビュッ! という風切り音の後に、大きな悲鳴が森に響き渡る。
声の元を見れば、先頭を走っていた大男の左目から小柄が生えていた。
「他人から奪うことでしか生きられぬ者どもよ、貴様らは害悪だ。死ね。この集落の者は
怒りに歪んだ顔で宣言する黒須の声は殺意に満ちており、腹の奥からは憎悪とも厭悪ともつかぬ感情が噴き出していた。
領地を束ねる武家の者にとって、湧き出る追い剥ぎは獅子身中の虫である。連中は丹精込めて育てた田畑を荒らし、護るべき領民に害をなす。
この森が誰の守護地かは知らないが、到底見過ごせるものではない。
「アァァアッッ─────……ギッ!」
黒須は顔を押さえて
初めて見る
「グギャッ!?」
丁度よく目の前で固まっていた者で試し斬りを試みると、肩口から侵入した刃は鎖骨を絶って胸で止まっていた。
「
初めて使う武器に少しばかり高揚しながら、向かってくる相手を撫斬りにする。
最初に出逢った者たちもそうだったが、この集落の連中は敵を取り囲んで攻撃するという当たり前の戦法すら知らないのか、馬鹿の一つ覚えのように突っ込んで来るだけだ。 弓などの遠距離攻撃もなく、せっかく長槍を持っている者も集団に押されて機能していない。連携して戦うという頭がないのか、早い者勝ちとでも言わんばかりに押し寄せてくる。
しかし、長を
十人も倒した頃には血脂で剣が斬れなくなったが、この程度の相手なら何の問題もない。斬れずとも、鈍器として頭をカチ割ることはできるのだ。
黒須は集落の中から悲鳴が一つも聞こえなくなるまで縦横無尽に走り回り、そこにある命を次々と奪っていった。
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