第3話 お侍さん、ゴブリンに遭遇する
「グギャッ! グギャギャッ!」
この森に迷い込んで初めて人と出逢ったのだが、どうにも様子がおかしい。黒須は木陰から進行方向にいる生き物をじっと見つめ、その正体を考えていた。
子供のように小柄な人物が五人、
森に暮らす貧民────
これまでに一度も出逢ったことはないが、連中は農耕せず、定住せず、山地を漂泊して独特の隠語を話す山の民だと噂に聞いたことがある。下界には滅多に降りず俗世との関わりを持たないため、我々とは全く異なった文化を持つと言われているが…………。
黒須も雨の降る山中で飢えた時、
などと少々的外れな親近感を抱きつつ、木陰から出て声を掛けてみることにした。
「もし、そこの者ら。食事中にすまない。少し道を尋ねたいのだが」
「「「「「グギャッ!?」」」」」
食事に夢中だったのだろう。男たちは声を掛けられて初めてこちらの存在に気が付いたようだった。
…………
どうしたものかと頭を悩ませていると、五人は立ち上がり、駆け足でこちらに向かって来た。その手には武器のつもりだろうか、木製の棍棒が握られている。
「待たれよ、俺は怪しい者ではない。武者修行の旅の最中でな、薄汚い
怯えられぬよう精一杯穏やかに語り掛けたつもりだったが、ついに男たちは棍棒を振り上げて襲い掛かってきた。その動きには連携も何もあったものではなく、こちらに殺到するあまり互いに体をぶつけ合っているような有様だ。
「グギャッ!!」
力任せに振り回すだけの棒振りに
「よさんか。俺は金目の物など何も持っておらんぞ」
黒須は努めて冷静に諌めようとするが、男たちの攻撃の手は緩まる気配がない。こちらの言葉を理解しているのかどうか分からないが、とにかく、聞く耳を持っていないのは確かだ。
「やめよと言うに」
「ブギャッ!」
「グギャ!? グギャギャ────ッ!!」
口で言って分からないのであればと、近くにいた者を軽く蹴り倒してみたが、仲間をやられて逆上したのか、更に攻撃が激しくなってしまった。飢えた狂犬のような眼付きでぎゃあぎゃあと耳障りな気炎を吐き散らしている。
このまま適当にあしらうことは造作もない…………が、ここまで無遠慮に殺意をぶつけられると、さすがに少々腹が立つ。
「貴様ら、いい加減にせよ。この二本差しが見えんのか。俺もそこまで気が長い方ではないのだ。これ以上続けるのであれば、斬るぞ」
低い声を出して脅してみたが、男たちの行動に変化は見られない。一体何がそんなに嬉しいのか、楽しげな奇声を上げながら何度も何度も棍棒を振るってくる。
五人がかりの攻撃を余裕で躱されているのに、
黒須は頭を切り替えると、抜刀と同時に先頭にいた男の首を
「「「ギャッッ!?」」」
突然仲間を斬られて驚いたのだろう。驚愕の表情で硬直する残りの三人も、それぞれ一刀のもとに斬り捨てた。
血振りした刀を手ぬぐいで念入りに拭いつつ、彼らの遺体を前に今後のことを考える。
やむを得なかったとは言え、五人も斬ってしまった。こういった閉鎖された場所に住む村人は取り分け仲間意識が強いことが多い。それに、相手は恐らく山窩というよく分からない民族だ。このまま立ち去って、周辺の住民に勘違いで報復でもされてしまうと後味が悪い。斬り殺した当事者である以上は厄介事になるのは目に見えているが、せめて事情を説明して遺体の場所を伝えてやるくらいはした方がいいだろう。
黒須はそう決意すると、腹を裂かれた鹿の死骸に歩み寄った。
きっと彼らの村にとって、これは久々に得た貴重な食料に違いない。遺体は数が多いから運べないが、村に着いたら人手を借りて迎えに行ってやろう。
腰に巻き付けていた
体を揺すって鹿がずり落ちないかを確認してから立ち上がると、臓物が抜かれているためか見た目ほどには重くはなかった。この程度なら動くのにも問題はなさそうだ。
「さてと、村はどっちだ?」
黒須は
男たちは大人数で移動していたため、足跡や散らされた落ち葉など、そこら中に痕跡が残っていた。町中では難しいが、森の中であれば足取りを追うことなど
早速不自然に折られた枝を発見し、その方向へと足を向けた。
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