第5話 お侍さん、冒険者に出逢う
集落を殲滅した黒須は隠していた刀を取りに行き、そのまま最初に斬った五人の元に戻っていた。
追い剥ぎとはいえ死ねば仏。仲間たちと共に弔ってやろうと考え、何度か往復して遺体を集落へ運び込む。住処の建材に使われていた鹿の角のような物を利用して墓穴を掘り、
追い剥ぎどもの遺体も集めて燃やし、それぞれに簡単ではあるが慰霊塚を作る。近くにあった大きめの岩を置いただけのものだが、これが今できる精一杯だ。
名も知らぬ相手ではあるものの、せめて安らかに眠ってくれと、並んだ岩に眼を瞑り手を合わせた。
「ふぅ…………」
疲れを吐き出すように大きく息をして、土
どこかで一度水浴びでもしたい気分だが、この近くには水場もなく、竹筒の水も使い切ってしまったので今更どうしようもない。森を抜けたらまずは
「そろそろ日が暮れるな」
遺体を運ぶのにかなり時間を取られたため、気がつけば日は傾き夜の
黒須はキョロキョロと周囲を見渡すと、神社にあれば御神木として祭り上げられそうなほど立派な大樹に目をつけた。
数年前、山中で野宿した際に山犬の群れに囲まれて酷い目にあった経験もあり、こういった場所ではなるべく高所で眠ることにしている。決して
するすると慣れた様子で木に登り、幹を背にして太く安定した枝を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
チュンチュンとやけに
昨晩登った時には気が付かなかったが、黒須のすぐ下の枝には小鳥が巣を作っており、母鳥が我が子を守ろうと一生懸命こちらを威嚇していた。
「……………………」
他人の力で起こされた寝起き特有の苛立ちを覚え、
後頭部にはまだ眠気がこびりついているものの、地上で身体を伸ばしたい欲が眠気に勝り、頬を暖かく照らす朝日に目を細めながらゆっくりと木を降りる。堅い木の上で一晩を明かしたため、背中と尻が酷く痛い。
昨夜は結局夜襲もなく静かなものだった。よく眠れたとは言い難いが、森の中でこれだけ休めれば御の字だろう。
固まった筋肉を
昨日の戦闘でかすり傷一つ負っていないのは分かっているが、子供の頃から染み付いた習慣というものは歳を重ねても抜けず、これをやらないと一日が始まった気がしない。
周囲も随分と明るくなったので、黒須は集落にある住処を調べて廻ることにした。蝿の
身元を示す物でもあれば親元に返してやろうと住処を漁ることしばらく。いくつかの品物を発見した。一晩明けて無害なことが判明した大蛇の串焼きにかぶり付きながら、見つけた品を一つ一つ念入りに検分していく。
まずは硬貨のような物が詰まった小さな皮袋。ジャラジャラと多くの
一つは正面、一つは横顔、一つは後ろ姿で顔は見えない。
こんな意匠の貨幣は見たことがないが、追い剥ぎどもが
次に、小さな鉄板に革紐を通しただけの簡素な首飾りが五つ。どれも同じ安っぽい
意味不明な記号の
黒須も父祖から複雑な花押を受け継いでいるが、今だに自分自身でも書き間違えてしまうことがあるため、
いずれにせよ、もしかするとこれが彼らの身元に繋がるかも知れない。
黒須は串焼きを食べ終えると遺品を打ち飼いにしまい込み、大男から奪った剣を腰に差して次に進む方向を思案した。
「さて、どうするか」
この集落には馬がいなかった。追い剥ぎどもがこの場所に拠点を作ったということは、少なくとも歩いて行ける距離に奴らの狩場となる街道か人里があるはずだ。
足跡を調べ、最も人の出入りが多くあった方向へ足を進めることにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「──オオォ────ォオオッ!!」
「──野郎!」
「──うな! 撤退────げるぞ!」
集落を後にしてしばらく、森の中をのんびり歩いていると遠くから人の争うような物音が聞こえてきた。この場所からではよく聞こえないが……どうやらまともな言葉を話しているようだ。
黒須はようやく普通の人間に逢えるかもしれないと期待に胸を膨らませ、気配を消しつつ足を急がせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「くそっ、皮が厚すぎて矢が刺さらねえ!」
「マウリは撹乱に徹しろ! 俺とバルトで攻撃を抑える! パメラは準備ができ次第火砲を撃て!」
「お前さんの魔術だけが頼みの綱じゃ! 任せたぞ!」
「は、はいっ! 了解ですっ!」
いや、それよりも────……
「何だ、あれは」
黒須の視線は集団が攻撃している相手に釘付けになっていた。
明らかに常人の範疇を逸脱している。
相対している剣士の男も十分に大柄だが、相手は更にその倍は背丈があるだろう。力士のように
巨人……?
食い入るようにその戦いを観戦していると、仲間に指示を出していた剣士の男が吹き飛ばされた。左腕につけた丸盾で直撃は防いだようだが、受身が取れていない。
意識はあるようだが、あれはもう駄目だな。
残りは女に子供、老人だけだ。黒須は思わず前のめりになり、不覚にも物音を立ててしまった。
弓を持った子供がこちらに気付く。
「おい! そこのアンタ、冒険者か!?」
「……冒険者が何かは知らんが、俺は通りすがりの武者修行だ」
「じゃあ戦えるんだな!? 頼む、手を貸してくれ!」
…………どうしたものだろうか。
本音を言えば是非とも戦いたい。むしろ、代わってくれと頼みたいほどだ。しかし、武士として他人の勝負に割って入るような卑怯な真似は許されない。
いや、待て。あの巨人が想像通りの物怪で、子供たちが襲われていると言うのであれば────……
「一つ訊く。そいつは一体何だ?」
「
"化け物"、"化け物"と言ったか。
そうか、やはり物怪か。
「
「すまん、助かる!」
黒須は大盾を持った老人と入れ替わり、巨人の前に立つ。
近くで見ると見上げるほどの大きさだ。これまでに立ち会ってきた相手を思い返しても、比肩する者は誰一人としていない。
────
ついつい口元が緩みそうになるのを我慢しながら、愛刀ではなく、集落で手に入れた剣を腰から引き抜く。
生まれて初めての妖怪退治。さらに久々の強者の風格を持つ相手とあって血が
相手を
巨人は丸太を振り回しているだけで武術という点では見るべき所はない。しかし、この
「な……っ! おい、避けろ! 潰されるぞ!!」
弓士の子供が騒いでいるが、もはや彼らのことなど頭から消えている。
今はただ、少しでも永くこの興奮を味わっていたい。
次の瞬間───岩が砕けたような轟音と共に、掲げた両腕に凄まじい衝撃が走った。
「ははは、見事だ! こんな剛力は初めてだ!!」
受けた両腕が
流石は物怪、まさに金剛力だ。素晴らしい……!!
身体中の毛穴から血が噴き出すのではないかと思うほどの高揚を覚え、思わず笑みが溢れる。
「巨人の一撃を受け止めただと……!?」
拾い物の剣が曲がってしまったため、巨人の顔に向けて投げつける。
「ッッ!! グォオオ……ッ!」
やはり、こいつの力を試すのにこっちを使って正解だった。先ほどの攻撃を受ければ十年連れ添った愛刀とて容易くへし折られていただろう。
では、次に耐久力だな。
黒須は物陰から観戦していた時、巨人の肌が鎧の如く剣も矢も跳ね除けたのを目撃していた。
俺の刀にも耐え切るか?
否……どうか耐えて見せてくれ。
巨人は持っていた丸太を地面に取り落とし、剣をぶつけられた顔を両手で覆って
駆け抜けざま、黒須は全力の抜き打ちを巨人の脇腹にぶち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます