第14話 空の記憶

 入院中はいつも黒い服を着た怖い顔のおじさんに付き添われていた。僕は記憶が一部ないと言われたが体は健康なので、退院できる事になり学校に行くのを楽しみにしていた。入院した時に出来た友達に別れの挨拶をすませ、病室へ戻ると中から話し声が聞こえて来た。


「それではどうか空をよろしくお願いします。」両親が頭を下げていた。何?僕の話?

「空お帰りなさい。何も聞かないで今はこの人と一緒に行ってほしいの。荷物は用意してあるから?」

「え、どう言う事?荷物?明日学校だけど。どこに行くの?」

「空、お前の身が危ないんだ。どうかこの人と一緒に行ってくれ」父さんにギュッと肩を掴まれた。

「危ない?父さん母さんは行かないの?」

「まだやる事がある。終わったら必ず行くから。」

 お母さんが泣きながら抱きついて来た。

「空、しばらくの辛抱だからね。」

 状況が分からないがお母さんの涙を見て良くないことが起きている事は感じ取れた。従うしかなかった。

「ちょっとの間だよね?必ず来てよ。」


 連れて行かれた家はとてもお金持ちの様だった。広い敷地に大きな家、周りは緑に囲まれとても静かだった。20代後半ぐらいの家庭教師と執事の2人しかいなくて、学校へは行かせてもらえなかった。どうやらここは持ち主は住んではいなく、別荘みたいに使われている事を教えてもらった。2人ともとても優しくて落ち着いた日々を過ごしていた。

 何も説明もされぬまま、両親を待ち続け半年が過ぎた頃、家に戻って様子を見に行きたいと頼んでみたが受け付けてはもらえなかった。諦めきれずお金と服をリュックに詰めて夜に家を抜け出し、門のところまで暗い中走った。寒さに白い息が上がる。門にたどり着いたところで執事の森田さんが立っていた。


「どこへ行くのですか?」

「家の様子を見に行きたいです。」

「おやめ下さい。」

「あなたの身が危険です。」

「なぜですか?俺は何も知っていることはないのに。」

「とりあえず一回、中に入ってゆっくり話しましょう。」

 促され仕方がなく家の中に入った。


 家の中に入るとお茶を出してくれた。体の中が温かくなる。

「なぜ空さんがここにいるかと言うと、あなたの失われた記憶の中に危険な人がいるからです。」

「俺?そんな大事な記憶を失ってる?」

「記憶を失っていると言うよりかは、特定の人が思い出せないのです。」

「特定の人?」

「亜子さん分かりますか?」

「あ…こ…?」

「飛鳥さんの記憶から消えている人です。」

 頭がガンガンしてきた…頭を抱え込んだ。

「大丈夫ですか?頭痛薬を飲んで横になってください。またゆっくり話しましょう。」

 言われたままに薬を飲んで横になった。亜子と言う名前が出た瞬間に急に頭痛がした。自分では自覚は無いが森田さんが言っている事は嘘では無いのかもしれない。


 その名前を聞いた日から悪夢にうなされるようになった。森田さんが言うには脳に何かしらの変化が起きていて記憶が戻るかもしれないと言われた。夢はいつも知らないおじさんとおばさんと小さな女の子が出てくるが一瞬顔が見えた後は世界が真っ赤に変わりその場に1人きりになると言うものだった。周りが全て赤になる瞬間なんとも言えない恐怖を感じた。


 少しずつ夢の中でぼんやりとしか見えなかったおじさんとおばさんの顔が段々と見えてきた頃、森田さんに一緒に外に出ようと言われた。ここに来てから約1年初めての外出だった。森田さんはスーツでは無くTシャツとジーンズ、俺はスポーツの服装と伊達眼鏡と帽子をかぶらされた。どこかで運動でもするのだろうか?車は軽自動車で2人でいると歳の離れた兄弟のようだった。


「今日は普通に話すから」初めて敬語を使われなかったのが嬉しかった。

「どこに行くの?」

「とりあえず、君が住んでいた家をみようか。」

「本当に!お父さんとお母さんいる?」

「いるよ。」

「本当に?会える?」

「ダメだ、監視をされていて今は会えない。でも君が捕まらなければいつか必ず会える。」

「捕まらなければ?」

「ご両親が君と会うんじゃ無いかと見張られている。君が生きている限りは両親は殺さない。居場所を知りたいからね。空さんの記憶が戻り全てが終わればまた両親と一緒に暮らせる。家の前をゆっくりと通り過ぎるから今は見るだけで我慢してくれ。そうしないと君も両親も殺される。」

「うん」うなずくしかなかった。自分のせいで両親が殺されるかもしれないのだ。


 懐かしい風景が広がる。小学校から家に帰る途中に遊んだ公園。駄菓子屋。よく母親と買いに行ったパン屋。何も変わっていない。たかが1年なのに何年も来ていないように感じる。

 もうすぐ家だ。食い入るように窓の外を見る。道路から庭が見えるはずだ…自分の家が近づいて来る。ゆっくりと車で家の前を通り過ぎた。父と母は見る事が出来なかった。帰りたい…戻りたい…無性にそう思った。

 涙ぐみながら「森田さん。俺が思い出せば解決するんだね。」

「そうだ。確定はできないけど、90%そうだと思う。」

「思い出すように努力する。だから協力して。」

「ああ、分かった。出来る限り協力する。」

 振り返りながら小さくなって行く家を見て空は決心した。絶対に思い出す。

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