Lv16.隠れた変数魔法



 自転する魔法陣を展開させたまま猛然とした速度で町中を飛ぶエタルが、背中を大きくさせていく敵対対象を見つけると即座に剣を振り切った。


「っツッ、何だぁッ?」


 首筋に凶器の気配を感じたトロールが振り返ると、エタルの放った斬撃を弾いて上空を見上げる。


「まさか、本当に来やがったかっ。来るかもとは思っていたが、どんな奇跡りくつを起こしやがった?」


 驚くトロールを追い越してキレイな弧線を描いて着地したエタルが、背後で逃げ足を止めていたミスエルの姿を確認する。


「エ、エタルくんっ」

「ケガは?」


 エタルの問いに、ミスエルは懸命に首を振った。


「なら良かった。そのまま真っ直ぐ逃げてッ。もうこっちに来ちゃダメだッ」

「う、うんッ」


 エタルの構えた後ろ姿を見て、怯えながらも安心して頷くと足音だけを残して少女は足早に駆け去っていった。


「ーお、ーお、カッコいいなぁ、オイっ、お前がそんなにカッコイイとオレはまるっきり敵役じゃねぇかヨッ」


 トロールの軽口も、エタルは黙って鞘に納めていた剣の柄に手を添えると構える。


「……ほぅ? あの錆びついた剣を引き抜くことはできたカ? ……なら、今度はもっと楽しめるんだろうな……エタル?」


 下品に笑って、棍棒を肩で担いでいるトロールが言う。相手は自分の自信に充ち溢れているが、エタルは自分の携えた力に懐疑的だった。


「行ける? エタル?」


 肩に必死にしがみついている子猫が言う。この子猫を黙らせる為にも今のエタルは剣を引き抜くしかなかった。


疾駆マドゥ


 エタルのこえで姿が消えた。


「なにぃっ!」


 消えたエタルが足元に現われた瞬間に、トロールが棍棒を振り下ろすが、それをさらに剣の一振りで弾かれて驚く。


「バカなッ、この力っ?」


 弾かれた巨大な棍棒。弾かれた己の渾身の力。初めて受けた打ち払いの衝撃でビリビリと緑色の腕の芯に振動が走る。


「く、クハ、まずは褒めて……」


 トロールに言葉を放つ間も与えずに背後を取った。その姿をトロールは確かに目で追っていたがエタルの出現速度に腕や足の反応が追い付いていない。ガラ空きとなったトロールの脇腹に剣の刀身を魔法陣で包んだ打撃として振り切ると攻撃を与えた。


「ッぅグゥッ」


 自分の身長の四分の一もあるかどうかの人間の子供の一撃。それを受けてズシャリと地面に膝をついたトロールは怒りよりも喜びを感じて、しゃがんだ自分よりまだ身の丈の低い、正面で抜き身の剣を構える子供のエタルを見下ろした。


「フはッ、これでお前はレベル10だ。よかったなぁ、人間の順位戦者ランカー。いまのお前ならきっとオレを倒せるだろう」


 今更、死期でも悟ったのか、物わかりのいいようにトロールが言う。


「この町より北へ広がった地域はオレみたいな実力の魔物ヤツがわんさかと出る。ここでオレの相手も出来ないような奴は一生、この周辺から出られずに生きていくのさ!」


 脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がったトロールに、エタルは油断をしない。


「だが、オレはお前に負ける前に戦闘を楽しみたい。お前はいま斬撃を打撃に変えたな?そんなに敵でも血を見せるのがイヤだったのか?」


 トロールの問いに、エタルは構えで応える。


「くは、そうだな。それが勝者の特権だ。弱者をどう痛めつけようが強者の権利だッ!お前がこれから弱者となったこのオレさまをどうやって料理していくのか見せて貰おうじゃないかッ!」


 棍棒を構えてトロールが突進してきた。それを理解してエタルも機動魔法陣を二重に張る。魔法陣はエタルの正面に二重で展開し自転して回転しはじめる。驚いたことに、いつもの魔法陣よりも強度も展開の速さも全てが軽やかだった。


(この剣の……力なのか……?)


 心の中で目を見張ったエタルが突進してくるトロールに向かって斬撃を放った。エタルの剣撃がトロールの棍棒と打ち合って旋風を巻き起こしている。その旋風が終わる前に一度、二度、三度と剣と棍棒が打ち合った。さらにまた四度目に打ち払ってくる棍棒を髪一重で掠めて、トロールの棍棒に目掛けて自分の剣を上から下につなげて振り放つ。

 リズムよく打ち払ったトロールの棍棒がさらに振るわれて拮抗を保った。あのD2級の魔物と対等に打ち合っている信じられない自分。

 魔法陣の強度の違いで、ここまで戦闘の質に差が出てきた事はエタルにとって初めての経験だった。


魔物オレを殺せないのか?」


 生死を懸けた戦闘が、いつの間にか強者と弱者の御遊びチャンバラに変わっていた戦場。エタルは思いがけず、今こそ、その落差ギャップに悩んでいた。


(なんだ? この戦闘……?)


 自分の振るう攻撃が災害級の魔物に通用している。なのに今度は魔物を退かせる理由を見失ってしまった。


しか……ない……?)


 まだ12才の少年が、自分の手を汚すしかない瞬間を自覚した。魔物を不殺のまま退かせる手段を見つける事ができなかった。戦闘は既に始まり、これを終わらせるにはどちらかがどちらかを仕留めるまで終わらない。戦闘とは常にそういうモノだった。


「退いてくれとオレに聞いてみるか?」


 剣で棍棒を打ち払っている間に、そんな言葉が迷うエタルに襲いかかる。


「オレがそんなヤツだと思うのかァ?」


 その言葉で、更に踏み込んだエタルの詰めた間合いがトロールの棍棒を弾く衝撃だけでまた開いてしまった。敵を殺せない。トロールに通用する攻撃力を手に入れたのに、またエタルの選択肢には出口が無くなってしまった。


「……エタル。この状況から脱したいなら一つだけ方法がある」


 肩に乗っている声が、絶望の汗を滴らせるエタルに一縷の希望を与えて教える。


「隠れた変数魔法を見つけろ」


 それが次に課せられたエタルの試練ミッションだった。




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