Lv13.傷ついた力
「やめろぉッ!」
叫んだエタルが、魔法陣を展開させたままトロールに向かって突進した。
「エタルくんっ」
「くハッ。守って見せろよッ」
狂気に笑うトロールの
「背後だっ、つってんだロ?」
棍棒の横薙ぎを振った剣で受けて、真上へと直線に打ち上がる。
「どうすりゃ、オレの棍棒の横の一撃で綺麗に上へと打ち上がれるんだ?」
それをトロールは知らなくていい。
力の逃がし方と活かし方はエタルの得意な専売技術だ。その方法は言葉で教えたところで理解できないし、見たとしても真似さえ出来ないだろう。
「面白い回避術だ。だがオレが求めてるのは回避じゃないんだヨ」
少年は飛び上がったがトロールは直立したままだった。それだけでトロールの攻撃は少年に届いた。ただ足払いか真横に振るかの違いだけ。少年は回避だけで必死なのに、トロールにとっては全てが自分の距離だった。
「棍棒の打ち払いだけで空中に止まってみるか?」
鼻の穴をほじりながら、片手間に棍棒を縦横無尽に振り回す。円を描いて十字を切り、四方八方から打撃の一閃を放ち続けて豪腕の範囲に、回避を続けるエタルの存在を封じ込めて結界させた。
「ッ、くぁッ」
「ふん、フン、フン、フンッ」
片腕による乱れ打ちの嵐が、威力を反らし打ち払いを続けているエタルの位置を固定化させていく。逃げている筈のエタルの位置がトロールの驚異的な暴力の前で円の中心点にされているのだ。
「ッ、くっ、くそっ、クソッ」
「エタルくんッ」
集中力を奪う少女の声。自分を心配してくれる少女の声が戦闘に集中できない苛立ちに変わる。
「応援されてるな? エタル。ならちょっと速度を弱めてやろうか」
薄気味悪く笑うトロールの言葉どおり、振るわれる腕力の速度が幾分弱まった。鞭のようにしなって上下左右から襲ってきた乱打の回避に余裕が生まれる。
「お前に余裕が生まれるってことは、オレにも余裕が生まれるってこった」
よく覚えて置け。そんな顔を残してトロールが意表を突いた高速でエタルを弾き飛ばすと反対方向のミスエルに振り向いて、一瞬で距離を詰める。
「……ぁ……」
瓦礫と瓦礫の間に窪んだようにある道の上から、突然、現われた巨人の影に覆われて見上げるだけの少女が声を上げる。
「
見上げるミスエルの前で
「くハッ」
しかし笑ったトロールは、自分の振り下ろした棍棒が、想定していた通りに打ち返された感覚を感じ取って、歓喜した。
少女と自分がいるこの位置から、正反対の方角に吹き飛ばされたはずの少年が目の前に再出現して見せたことに喜びを抑えきれないでいる。
そして少女を庇うようにこの場から距離を置こうとする少年の思考まで読み取って、既に標的を少女へと決めていた。
「どこまで守れるかなァッ? エタルぅッ!」
両手持ちに切り替えたトロールが筋肉に血管を浮かべて棍棒を上から下に再び振り下ろす。次に巻き起こったのは竜巻だった。振り下ろされた棍棒の先から灰色と黒の竜巻が巻き起こって、ミスエルを遠くに逃がそうとしての手を伸ばしたエタルの肘の関節を狙って直進していく。
「きゃあッ」
「っぅわッ!」
巻き起こった竜巻が瓦礫を吹き飛ばして、駆け抜けた。駆け抜けた後は驚くほどの静けさと澄みきった空気を残して、視界を明瞭にさせていく。
「ふハッ、万事窮すだナ」
力強く一歩を踏んだトロールが勝ち誇って言う。トロールが見つめる先には倒れ込んだ少年と無傷で後退りをする少女がいた。
「エ、エタルくん……」
「……ぅあっ……」
竜巻が巻き起こった後の残骸の道。そこには俯せに倒れて腕を押さえているエタルが地べたを這いながら、芋虫のように動いてミスエルのほうへと近づこうとしている。
「腕が捻じれたな?」
近付くトロールの声にも答えずに、エタルは黙って
「オレの棍棒竜巻を受けて三回も捻じれた。よくも捻じ切れなかったな? お前のその腕、もう元に戻らねぇぞ?」
「えッ?」
トロールの言葉を聞いて驚いた少女が、慌てて少年に駆け寄ろうとする。
「来るなッ」
少年エタルが叫んで少女ミスエルの目と鼻の先の地面で大きく音と閃光を爆ぜさせた。
「わッ?」
「来るなッ、逃げろッ」
もう一度、大きく爆発音を地面にさせてエタルに近づこうとするミスエルを威嚇する。
「で、でもっ」
「……っィぁ……」
もう一度、腕の痛みに耐えながら、銃声が跳弾する音を地面に発生させてミスエルに言い聞かせる。
「エ、エタルくんっ」
それでも近づこうとするミスエルに、逃げてくれと意味を込めて再度、地面に爆竹音を撃ち放った。それで遂に判断を迷っていたミスエルも、やっと背中を見せて逃げ出してくれた。
「逃がしたな」
匍匐前進さえ出来なくなった無惨なエタルを見下ろしてトロールが言う。
「安心しろ。すぐに捕まえてお前の目の前で服を剥いてやる」
それが最も男を
「……グっ」
腕の痛みに耐えかねたエタルが、とうとう身体を仰向けにさせて空を仰いだ。
「……チッ、もう降参か?」
トロールの失望した声に、荒い呼吸を整えたままエタルは答える事ができない。
「なら、そこで寝ていろ。お前の女が成れの果ての姿にされるのを見るまでな」
ズシン、ズシンとトロールが、仰向けで倒れているエタルの隣を通り過ぎていく。逃げていった少女の後を追って遠くなっていくトロールの後ろ姿を見て、安堵している自分と追い駆けて食い止めなくてはという義務感が心の奥底でせめぎ合って、葛藤している。
そんな虚栄心を見透かしたかのように。
「……もう終わりかい? ……エタル?」
そう言って、遠ざかるトロールの背中と倒れ込むエタルの間に現われたのは、いつの間にかどこかに居なくなっていた、尻尾を揺らしてお座りしている小さな子猫シュレディだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます