Lv12.壊れていく世界



 剣を持つ12才のエタルと棍棒を担いだ巨人のトロールが相対して睨み合っている。


「剣の錆が落ちてきたか?」


 エタルの考えていたことが簡単に読まれている。


「オレの攻撃を受ける度にどんどん錆が剥がれていってるよなぁ? 知ってるゾ? オレの打撃が当たるたびに剣から錆のカスが剥げ落ちていた。どうする? これから、お前の剣に当たっちまった時は手加減してやろうか? せっかくの切り札ぶきが壊れないようになァ?」


 クはクはと笑う邪悪なトロールがエタルの心を試している。絶対的な強者と絶望的な弱者の関係。今のエタルとトロールの距離から考えても戦闘の主導権を握っているのはたったの三歩で距離を詰めることのできるドグニチュード2のトロールの側だった。


「そんなに固く剣を握って大丈夫かぁ? もう少し力を加減してやろうか?」


 らしくなく相手の事を気にしている巨体の魔物。どうすればこの戦闘を長引かせて楽しむことができるのかばかりを考えているのがエタルにも分かった。


「今まで力を加減してこなかったから……楽しかったんでしょ?」


 エタルが巨人トロールの気を引くことができそうな話題に話を振った。これで少しでも時間を稼ぐ事ができれば、集中力の回復にもつながる。


「……それもそうか? なら一瞬で終わらせるか?」


 選択肢を誤った。言葉で時間稼ぎを計るつもりになっていたエタルが急に気の変わったトロールの単細胞ぶりについて行くことが出来ていない。


「このオレさまの本気マジに、どこまで耐えられるのか見せて見ろ?」


 巨大な体躯をして言う魔物が、一瞬でエタルの背後へとすれ違った。振り向くエタルの反応が遅くなる。既にトロールは振り上げた棍棒で360°の全周囲に乱打戦で面制圧の広範囲爆撃を繰り出していた。


「ッうぁ?」


 叫んだエタルを巻き込んで半径五軒分の円の面積が全周囲で爆裂する。トロールが棍棒を振り上げてドラミングして放った広範囲の爆打攻撃だった。

 打ちつける棍棒の乱発して発生させた振動が破壊の光景を見せつけていく。


 滝の瀑布のように巻き上がる砂煙は既に連続で爆発する黒煙へと変わっている。太鼓のように乱れ撃つ迫撃が、壁のように頭上から何度も振り注いで周囲の建物を半壊から全壊へと次々に姿を変容させていった。


「っうッわァぁぁあアぁァァぁアぁァッぁアッぁァッぁッっッ!?」

「っぁハァッぁぁァッぁアぁはァアハぁハァぁアッぁぁァッぁァッっっぁッ!」


 永遠と思えるほど炸裂が繰り返されていく衝撃に魔法陣ごと飲まれていったエタルが叫ぶ声と、超高速で地面を乱打していく打突の爆音に昂揚した声を上げるトロールの雄たけび。


 乱れ撃つ流星雨のような爆撃嵐の中で微かな光学魔法陣の奇跡が力弱く霞んでは消えていく。嵐はまだまだ続いていた。太鼓をたたくバチのように乱打に乱打に乱打を重ねて台風の如く次々に無傷な街並みの建物を呑み込むと、中心で繰り広げられる破壊の渦へと引き込んでいった。


「かハッ、これでどうだッ?」


 瞬発力はあるが持久力に乏しいトロールが息を切らせる前に乱打を止めると、驚くほど綺麗に澄みきって止まった光景が一瞬で広がる。

 周囲も見えないほど巻き起こっていた爆煙も即刻に晴れ上がって、跡に現われた光景は言葉通りの瓦礫の山と廃墟だった。


「それでも生きてる事にオレは驚いてるよ。クソ小僧ガキがよォ」


 棍棒の最後の一撃を地面にメリ込ませたまま、ガニ股の格好で背を丸めたまま呆れたように言うトロールが、煙の張れた廃墟の列が並ぶ道の先を見た。

 自転する光学魔法陣を球面にして纏う12歳の少年の姿。


「オレの本気をここまで受けて生きてる事には感心するが、それでもやっぱり攻撃面で物足りないな」


 相手の不足している能力を見抜いてトロールは残念がる。


「防御ばかりでつまらんヤツだ。どうすりゃお前にその防御力に釣り合った攻撃力が身に着くんだか?」


 首を傾げてバキンと肩の骨を鳴らしたトロールがあらぬ方向を見る。それは町の中心部に向かう道の方角だった。その先には……。


「エ、エタルくんッ?」


 その声を耳にして、光学魔法陣を幾重にも展開させて憔悴しきっていたエタルは驚いて見返す。


「エ、エタルくん。大丈夫っ? わたし、エタルくんのような子がこっちに行ったみたいだって聞いて、それでッ」

「女か……ッ」


 獲物を見つけたトロールの顔を見て、少年は放心したまま即座に剣を握り直した。エタルの名を叫んで呼び掛けてきたのは道具屋フラスコの看板娘である少女ミスエルだった。

 同い年のミスエルが廃墟の残骸から立ち上る煙を振り払いながら、懸命にエタルの人影に近づこうとしている。


「そうか。知り合いなんだな? エタル?」


 名前を覚えられた。状況を把握された。決定的な瞬間がやってきた。まだ余力のある巨人の緑色の魔物のトロールが、太い棍棒を持って狂気に満ちて笑っている。


「あの女をば……お前は攻撃に目覚めるんだろうな? エタル」


 ヴリザードという名の下の名字まで知っていれば、間違いなく皆まで言い切っただろう。そんな感情が分かるほどにトロールは優越感に満ち満ちた顔をしている。


「さて、どうするかナ?」

「……やめろ」

「そうか。やめろか」

「やめろっ」

「そうかそうか、そんなに大切か」

「やめてくれ。お願いだ」

「ダメだなぁエタルぅ? 言葉で懇願なんざよォ? あの女がそんなに大事なのかぁっ?」


 トロールの悪意が、トロールの存在に気付いて身体を固めてしまった少女に振り向かれる。


「男の前で心を料理する時の女の捌き方を知ってるか?」


 魔物の性質が、その選択を簡単に決めた。


子供ガキにはちょっと酷かもなぁ。まぁこれも社会勉強だと思って見て行けよ。高い授業料だと思って存分に味わっていけ」


 代償は、口を開けながら立ち止まって震えている少女の中身カラダ




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