Lv11.錆びついた剣
「話をして、どうしようっていうんですか?」
「カっ、やっと話す気になったかと思ったら敬語かヨッ。いちいち新鮮な苛立ちをさせてくれるよなァ、ニンゲンの
怒れるトロールが飛び上がって棍棒を振り下ろす。それを飛んで躱し、着地して上空を見上げた瞬間にはトロールがエタルの背後にいた。
「いつもだったら、上を見させる前に潰してるんだゼ」
背後のトロールが渾身の棍棒を振り下ろす。それをまた飛び上がって避けて、爆風と破片が巻き上がる空中から着弾地点を見ると既にトロールは背後にいた。
「ッうっ?」
「だがお前は凌ぎ切る」
棍棒と蹴りと肘打ちを同時に繰り出してきた肉弾攻撃を、たった一撃の剣鞘の一閃で弾いて吹き飛ばされる。
「ッううゥッ!」
「だが、背後だ」
巨体のトロールが常に小柄なエタルの背後を取る。今も既に吹き飛ばされたエタルの着弾地点にまで両腕を組んで構えて待っていた。
「ッまたかっ?」
「いいぞ!この戦闘は楽しいッ」
狂気に笑うトロールが筋骨を隆々に漲らせて力を溜め込む。
マズいッ。
直感的に悟ったエタルがトロールに向かって移動用と防御用の逆噴射魔法陣を強制展開させる。
「生き残れよ。
周囲の空気もろとも棍棒を振り抜いた動作で風圧を圧縮し、腕力を兵器にした竜巻旋風を巻き起こす。トロールが両腕で持つ棍棒で巻き起こした竜巻は弾道のように駆け抜けると、たったの一振りで、既に廃墟と化している街並みの中に強烈な瓦礫の一本道を敷いていた。
「っぐッ」
「本当にスゲェな。この戦闘中にも経験値を上げてオレの攻撃についてきている。今のはオレの渾身の一撃だったんだが、命中率がスコぶる悪い。しかしザコには丁度いい掃除道具だってのに、お前はやっぱり避けてきたな?」
竜巻の気流の威力を活かして風の流れに乗り機動力の代わりにしたエタルが、トロールの歩幅で恐らく三歩の距離で膝を突いて着地する。
「はっ、はっ、はっ、は」
息が切れてきた……。機動力は全て魔法行使に頼っているとはいえ、魔法の操作に集中力を取られると相手が攻撃と同時に放ってくる威圧によるストレスで精神的な負荷を感じている。
魔法行使の判断力がそろそろ落ちてくる頃合いだ。火、風、水、雷の四つの属性出力を攻撃、防御、機動の三種類の魔法手段に分けて行使する。攻撃を攻撃魔法で相殺し、攻撃を防御魔法で防いで、攻撃を機動魔法の力で無傷で避け切る。
その切り替える速度がこれから次第に落ちてくるのだろう。エタルが目の前のトロールの攻撃を避け切れなくなって直撃し始める時がやってくる。きっと、その時がエタルの敗れる時だった。
「なんだ?もう諦めたって顔だな?」
人の心がよく分かるトロールだ。
確かにそうだった。今までよく持ちこたえたほどだと自分でも思う。普通であればドグニチュード2の魔物とこれだけの対決能力があれば
「単騎で、あの目の前のトロールを落とす……?」
それが
「うっほォ。聞こえタぞ。聞こえた。オレをたった一人でお前が倒すんだな?やってみせろ。今まで絶望だっただろう?攻撃が通用しない相手に防戦一方の不甲斐ない
トロールが振り上げた巨大な棍棒を肩に担ぐと、エタルの握っている錆びついた剣鞘に目を向ける。赤く錆びついた箇所が所々にある鞘に収まった剣だった。
エタルが採掘場で掘り当ててから、一度も引き抜くことの出来なかった堅く赤錆に錆びついた灰色の柄と鞘。
「お前のその剣は飾りなのか?」
その問いはエタルが言いたい。
エタルの持つ剣は、希少な武具や防具が極稀に発掘される事で有名な『赤い地層』と呼ばれる地質を掘っていた時に運よく出土した物だった。赤い地層は致死性の高いガスや熱や冷気が噴出してくる危険性も高く、一獲千金を夢見る
その赤い地層で、試しに一度だけ採掘した時に運よく掘り当てたのが、この値段も付かなかった錆びた剣だった。
エタルはその事を思い出して、次第に錆の落ちてきた剣を握り直す。トロールの数々の肉弾攻撃を受け続けて、灰色の地色が見えてきたこの錆びついた剣に一つの可能性を見出していた。
(いけるか?)
トロールに気付かれないように剣を鞘から引き抜こうとする。しかし、剣と鞘の結合はまだ硬く、引き抜くことは出来なかった。赤く錆びついている場所が鞘と柄の接合面で、まだ強く頑丈に癒着している。
(これ以上、剣の錆びている部分でトロールの攻撃を受けてると剣自体が壊れるかもしれない)
そうなってしまえば元も子もない。
集中力が落ちてきた為に迫ってきた魔法の行使力の低下に、錆は落ちてきたが武器破壊の恐れまで出てきた自分の武器の危うい状態。
不利な戦闘を挽回できそうな鍵をひっそりと思考の片隅で留めながら、エタルは精神的な天国と地獄の狭間の中で、目の前の敵と睨み合っていた。
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