Lv10.市街地戦



 緊張する心臓の音に比例して地面の揺れも強くなってくる。ズシンズシンと聞こえる地響きの音も大きくなる。

 幸い、町からは既に人気は無くなっている。無人の街並み。こういう時だけは避難の動きがいいのは、防災に当たる当事者になってみると心底、安堵するものなのだとエタルは初めて気が付いていた。


「バレてんだよッ」


 ドコン、とエタルが待機していた建物の角が軽く破壊されると、巻き起こった砂煙の中から飛び上がったエタルが姿を晒してしまう。


「だよナぁ?」


 既に同時で跳び上がっていた巨体のトロールは背後にいた。空中で、自転する何重もの魔法陣を纏ったエタルの背後でニタニタ、ニタニタと笑っている。


「回り込んできたつもか? お前の位置なんざオレの足の裏から受ける感触でキレイさっぱりに筒抜けだったゼっ?」


 野生の勘と魔性の勘。この二つを兼ね備えたトロールならではの身体能力がエタルの背後でこそ発揮される。


 ハチ切れるほど膨らんだ筋肉から繰り出される、蹴り、蹴り、裏拳、隙の大きい棍棒の一振り、更に回し蹴りから、右ストレートまでをも紙一重で躱して、蹴り上げてくる金的を狙った一撃まで身を翻して躱すと真横の薙ぎ払いでくる踵落としの蹴りを剣の腹で受けて吹き飛ばされた。


「ゥはッ、お前のカラダ、ボール遊びみたいで弾みが良いなッ! なら、これからテニスをやろうぜっ? お前、ボールなッ?」


 どこかで聞いた弄ぶ暴言セリフを放って、笑ったトロールがエタルが着弾する筈の地点で既に堂々と待っている。圧倒籍な瞬発力と洞察力。これがD2級の身体能力を誇る正真正銘の怪物の力だった。


「おらよっ! ホームラゥンッ!」


 血管を浮き上がらせて漲らせた豪腕が、砲弾のように空を裂いて直進してくるエタルの弾丸を見事に芯で捉えて打球の如く打ち放つ。それでも芯から帰ってきた手応えはいつもどおりの硬い剣鞘の感触だった。


「……。……さっきからお前はスゲェな。オレの力技な攻撃の悉くを武器で打ち払って相殺している。本当だったら今のオレのこの状態で何人の人間ヤツらを殺せてると思うヨ?」


 打ち返していたエタルの弾丸を目の前の五階建ての建物に上手く直撃させて、大きな穴を残している場所を見て問いかけている。


「どうせ生きてるんだろ? なら話をしようぜ? 今日は気が変わったわ。お前ら人間どもは知らんかもしれんが、オレも飽き飽きしててなぁ? よく言われんだよ! 相手をなぶり殺している最中に 『やめてくれッ! 俺の話を聞いてくれぇッ!』ってよぉッ!」


 ズダンッ、と建物の穴から瞬間的に間合いを詰めたエタルがトロールの足元に現われる。

しかし既にトロールのほうこそモグラ叩きの要領で、姿を現したエタルに目掛けて棍棒を振り下ろしていた。


「それを待ってたぁッ!」

「っくそッ」


 振り下ろしてきた棍棒を錆びた剣鞘で打ち返して、小さいエタルのほうが弾き飛ばされてしまう。


「違うな。オレの棍棒を打ち払った力で逆に自分の身体を受け流して飛ばしたんだ。そうだろ?」


 トロールの脚力であれば二歩ほどで到達する距離に着地したエタルは、それでも相手の問いに答えない。


「なかなか見上げた根性だって褒めてやるぜぇ? 人間のくせに会話を望まない。攻撃だけでオレと対峙して対応しようとしてやがる。見たことのないタイプの人間だ。他のヤツラだったら窮地に陥った途端、決まり切った文句を言う事ぐらい想像つくだろウ? 『攻撃するな』『話を聞いてくれ』『話せばきっと分るはずだッ!』 そんな言葉を嫌というほど聞いてきたッ! マジでウンザリしていたトコロだゼッ! 死ねッ、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。死ねェッ。男と女が裸で夜に湯気上げて増えるだけのきたねぇニンゲンは本当に死んじまエっ! マジでオレはそう思ってたんダ。そんな時に、やっとお前みたいなニンゲンが現われて戦うコトができタッ。……だってのに。不思議じゃねェか。やっと思う存分、力を振り回すことができると思ったら今度はオレのほうがお前と話をしてみたくなってくるッ! ……ようやく分かってきたゾっ? なんで、お前ら人間なんかが暴力を振るっているオレたちと会話をしたがるのかっていうめでたいオツムがなッ!」


 声を張り上げたと同時に緑色のトロールが、エタルに目掛けて持っていた棍棒を振り投げた。すると投擲された棍棒が着弾する前に、エタルが横に飛んで難なく避ける。


「わかってる。時間稼ぎだろ?」


 真横へ飛んだエタルを目で追っていたトロールが、既に棍棒を回収したていでエタルの真横に現われた。


(早すぎるッ)

「遅すぎる」


 乱暴なトロールの棍棒が旋風を巻き起こして横から薙ぎ払ってきた迫撃を寸でのところで直撃は避けたが爆風に捕まって吹き飛ばされる。


「っぐッ!」

「……なぁ? そろそろ会話をしようぜェ? オレは本当はこんな弱い者いじめなんざはしたくないんだ? それに、そっちにとっても時間稼ぎになっていいだろう?」


 確かに、時間稼ぎはエタルにとっても願ったり叶ったりの状況である。しかし会話をしてどうする? 普段であれば魔物ヤツらは会話を邪魔者とする暴力こそが至上主義の存在だ。なのに、今はどういうわけか会話することを求めてきている。


(これが好機チャンスになるのか?)


 エタルは、その判断に迷っていた。




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