Lv8.対トロール戦



 トロールからの攻撃を受けて防御の体勢をとったまま見事に吹き飛ばされたエタルは、家屋に衝突すると砂煙を巻き上げて天井から落ちてきた瓦礫に埋まっていく状態で思考力と体力を回復させることに努めていた。


 倒された柱や家具などの隙間を上手く使い、身をよじって身体を動かせるほどの空間スペースを作ると呼吸を整えてから、瓦礫の暗闇の中で、光学魔法陣を発生させて現在の状態コンディションを確認しようとする。


「大丈夫か? シュレディ」

「何とかね。エタルは?」

「オレも、そこそこ」


 頑丈なネコだ。そう思いながら自分の魔法陣を見た。

 今のところ自分の体に怪我はない。防御も機動も攻撃も、全てエタルが持っている全開の魔法で受けきった。人間の扱う魔法は魔力を必要としない。というよりも扱う人間の側に魔力というものが存在しなかった。現在の魔法の動力源はほぼ道具の材質によって賄われている。火を帯びた属性の鉱石を使えば火属性の魔法が使え、水に浸した鉱石で道具を作れば水の魔法が使えるといった具合だ。

 現在のエタルはそれを必要最低限の出力で最大限に発揮させている。

 具体的には今もエタルが着用している市販の魔術士用のフード付き青マントなどの衣服に備え付けられているボタンなどに埋め込まれている火、水、風、雷の鉱石を動力源として混合させた初期魔法を常に最大出力させて駆使している状態だった。


「各出力、火鉱石60%、水鉱石45%、風鉱石55%。雷鉱石40%。それぞれ最大出力可能域のパーセンテージが落ちてるな……。魔法管制システムはまだ85%まで生きてる。魔法管制を維持するには一番低下率が激しい雷鉱石が命綱だから雷属性だけは魔伝導コントロールに使うために直接的な攻撃や防御魔法、機動力の出力には回せない」


 ブツブツと独り言を言ってる隣で子猫のシュレディが、エタルの見ている魔法ポテンシャルマネージャーデータを覗いてくる。


「これって、服とかに着いてる鉱石ボタンが壊れない限り使えるの?」

「そうだ。ただし出力限界以上の力は引き出せない。それをやると数秒で寿命がつきて壊れる」


 さまざまな属性効果を持つ鉱石は一種の半永久機関だ。鉱石自体が壊れない限り半永久的に属性エネルギーを放つ。

 ただし、それでは瞬間的な出力が欲しい時には足りなくなるので消耗品として使う必要が出てきた。


「いまのエタルは圧されてるね」

「だから嫌だったんだ」

「これからどうするの?」

「時間を稼ぐ」


 断言するエタルが魔法陣の画面を魔法マネージャーからマジカル・ネットワーク・サイト、通称MNSに接続する。MNSに接続すると既にこのトロールの襲撃情報は魔網ネットワーク空間を伝って話題となっていた。


「種族はトロール。クラスがD2だ、という情報が既にネット上で拡散されている。こういう時は情報の伝達が早くて助かるよな。あとはここに助けが来るのを待つだけなんだが……」


 問題は、それだった。


「助けが来ると本気で思ってるの?」

「来るさ。ただし時間がかかる。この町に常駐する騎士団クラスじゃ太刀打ちできない。相手はドグニチュード2級の大物だ。これに対抗できるのは一番近くてもセカイラン王国の運衛騎士団GMぐらい」


 しかし、それがここまで来るには、最低でもあと30分以上はかかる。運衛騎士団GMはあくまでもセカイラン王国を守護する為に存在する騎士団組織だ。それを周囲の町まで守護する義務は基本的に想定していない。


「他の順位戦者ランカーたちは?」

「来ると思うか? この町にいる順位戦者ランカーは精々がレベル5から6までの見習い順位戦者ランカーだ。そして相手はドグニチュード2級の準災害級の魔物。これじゃどうあがいても太刀打ちできない。どうせネットの中で外野の側から、こうすればいいだのああすればいいだの口だけを言ってるのが目に見えてる。セカイラン王国で所籍化されてる順位戦者ランカーたちも一緒だ。あいつらも王国の名前を使ってなら国内で何とでも言えるだろうが、いざD2級の魔物を前にして相手をするとなったら王国の城壁の中でブルブルと震えて隠れてるしかないッ!」

「話し声はそこかァ!」


 放り投げられた棍棒の弾丸が砲撃のように着弾して、崩壊していた家屋一帯をまるごと瓦礫一つ残さず吹き飛ばす。


「ッくそ」


 トロールに見つかった。球面上の魔法陣を二重、三重に張り巡らしながら爆煙に紛れて跳び上がったエタルが、次の緑色が迫った棍棒による連撃を続けざまに撃ち落とすが、反動を殺しきれずにまた吹き飛ばされてしまう。


「ッぅあっ」


 一直線に打ち上げられて放物線を描いて落ちていくエタルの影に、しかしトロールの強靭な脚力はその慣性さえ見通して直ぐにエタルの真横に現われた。


「くハッ」

「……くっ」


 空中での蹴りと棍棒と肘打ちと踵落としと頭突きと棍棒と正拳突きと回し蹴りの連続攻撃コンボを全て弾き返して、最後の棍棒の一撃を錆びた剣鞘の腹で受けると町と林の間にある境界線上の道に着弾したまま彼方まで突き抜けていってしまう。


「ッは、ちょっと本気を出しすぎたか?」


 滾る緑色の肌の筋肉をこれでもかと漲らせて笑っているトロールが、遠くへと砂煙を上げて町と林の間の道の先へと吹き飛ばされてしまった一人と一匹の軌跡をなぞりながら見て言った。




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