Lv7.町中での初陣



 急いで飛び乗ったシュレディを肩に乗せて、喫茶店カフェから飛び出したエタルは町の北西を目指して道を走り出すと風と火を合わせた機動魔法を発動させて一気に踏み切った足で跳躍したまま対象との距離を一瞬で縮めた。

 左から振りかぶってきた衝撃を、持っていた麻袋の硬い中身と腕の甲で受け止めて打撃の威力を受けたまま道の端に着地する。


「なんだぁ?どこのハエだ?」


 声がした。緑色の声だ。巨大な棍棒を持ち、毛皮のような腰巻を巻いて、色の濃い毒々しいケーキのような深い緑色の肌をした頭髪さえ生えていない禿げた頭の巨人がそこにはいた。


「ト、トロールか……」


 トロール。身の丈が人間の三倍はある巨人の魔物である。怪力を持ち肉弾戦を好むが、戦闘を経て経験値が上がると不得意なはずの魔法さえ使いこなす油断ならない相手。それ以上に厄介なのが……。


「……チッ、もう来やがった。もっと家とか壊したかったのによォ」


 見れば、道の両端にある家や建物の壁には巨大な穴が開いている。既にトロールが好んで振るった暴力の餌食となった日常の残骸たちだった。

 幸い人間が犠牲になった形跡はまだない。


「よそ見をするな。前を見ろ」


 肩に乗った子猫の警告を理解する前に、太いこん棒による攻撃が来た。巨大な棍棒だ。握っている部分は丸太のような太さで、振り回している先端部分の円柱に増えた太さに至っては岩のような影を作りだして圧殺される絶望感を与えている。

 エタルはその巨大な棍棒による爆風を巻き起こした横薙ぎの衝撃を麻袋の細長い硬さで再び受けて、家が簡単に二軒も入る距離まで弾き飛ばされてしまった。


「っぐ」


 膝を突いて上手く着地した地点で、麻袋から取り出した鞘ごと錆びついた剣を取り出すと周囲に自転する光学魔法陣を張りめぐらせる。


「魔法陣? 魔法使いかッ。丁度いい。どいつか、なぶり殺しにしたかったところだ。死ね」


 簡単に死ねと言い放ってズシン、ズシンと近づいてくる二階建ての民家に並ぶほどの背の高い緑色の皮膚をしたトロールという種の魔物の巨人が笑っている。

 しかし特段、動きが鈍いわけではない。逆だ。巨人であるトロールの非常に厄介な所はその脚力であり、通常種であっても、本領を発揮すればたったの一足飛びでエタルの背後を簡単に取れる驚異的な跳躍力を持つ。


機動魔法スラスト、あと何回使える?あのトロール相手だと二回、三回じゃ裏も取れない)


 それだけではない。トロールは防御力においても非常に堅牢である。恐らく今のエタルが習得している攻撃魔法を全て一度に発動させてもトロールの巨体をエタルの身長ほどの距離まで後退させるのが関の山だった。


機動魔法スラスト攻撃魔法アトック防御魔法ベイッタ。全部使っても太刀打ちできない。だってトロールは……)


 なぜならトロールは、モンスターの力の強さを表わす等級でD2級のディー・ツー魔物。ドグニチュード2を誇る災害級の魔物だった。その発揮される力の規模は通常の攻撃だけで地球でいわれるマグニチュード2に等しい。動く地震。それがこの世界の魔物という存在も含めた驚異的な存在たちに対しての共通した認識だった。


(どうする?)


 エタルがそんな事を考えている間にも、トロールの棍棒による攻撃が来る。柱よりも太い脚で地に踏ん張り、丸太よりも太い両腕から浮き出る血管を滾らせて渾身の力が込められた巨大な巨木の棍棒が振り下ろされる。

 トロールの一撃でクレータが空いた。その背後をエタルは回り込むが直ぐに横薙ぎの一閃が来た。エタルに直撃する前に、道沿いの民家の壁を吹き飛ばして内部の部屋を丸見えにさせる棍棒の弧線。

 それをしゃがんで避け切ったつもりが風圧で飛ばされて反対側の民家の壁に突っ込んでい待った。


「二度も躱した? やるな。お前」


 緑色の身体で口を大きく開けて笑うトロールが、吹き飛ばされたエタルによって空いた穴から砂煙を出している民家の壁を見る。

 瞬間、エタルがトロールの背後に現わると緑色の首元に錆びた剣を鞘ごと当てて斬撃となって欲しかった打撃が届かないことを痛感する。


「鬱陶しいハエだ」


 とうとう恐れていたトロールの脚力が牙をむいた。腰を低くして構えたと思ったら、次の瞬間には民家の屋根の上に瞬間移動して、巨体の重さで踏みつぶすと、更に落下力も加えて円型の光学魔法陣を張るエタルに急加速して接近してくる。


「っぅ」


 速度の乗った振りかぶってくる棍棒の一撃を躱して、二撃目を錆びた剣鞘で受けて吹き飛ばされてさらに追い付かれた。そして上下右右に振り回される棍棒からの攻撃を全て受け切って、最後に民家を五軒ほど先に弾き飛ばされる。

 チュドン、とエタルが飛ばされていった民家の壁から爆発が起きた。


「すげぇな。全部受け切っちまったか。普通の魔法使いだったら風圧だけで腕がもげてるゾ」


 感心する緑色の肌の巨人のトロールが自分の大きな手の平を見て開握を繰り返している。


「魔法使いかと思ったら剣も使う。そのクセ重い鎧は着てもいない。回避特化か。人間にしては面白いコト考えてんな。重い鎧を身軽な防御魔法陣で代替している。似た様なヤツを何人か見かけたことがあるが、この地域レベルでここまで逼迫してきたのはお前が初めてだナ。うぉーいッ。まだ生きてッかーッ?」


 大声を張り上げただけで、周囲の建物や樹木がビリビリと震える。それだけ緑色の皮膚の巨人であるトロールの力は強大だった。




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