Lv6.緊急危険速報
店内に鳴り響いたお馴染みの警告音と共に音声のガイダンスが響き渡ると飲食を楽しんでいた利用客たちが一斉に騒ぎ始めた。
「緊急危険速報?」
エタルが慌てて小型の光学魔法陣を発生させると、突然発令された緊急危険速報の詳しい情報が表示させる。
「避難警戒区域はこのオワリー地区一帯? 何が起きてるんだ?」
緊急危険速報とは、地震などの大規模な自然災害の発生や大型の魔物の接近などが高確率で予想されたときに発令される最重要の警報システムである。
不気味な警報音と音声が店内放送で入り混じる中で、エタルや他の店員や利用客が一斉に開いた小型の光学魔法陣の地図の映像ではここから北西に向かった離れた場所に大きな×印が描かれている。
「接近方向は北西から?」
エタルが慌てて座席から立ち上がるのとほぼ同時に、店内にいた殆どの人間が店の出入り口に殺到して我先にと外に出ようとしている。
「エタルも逃げるのかい?」
店内の混乱ぶりがウソのように、テーブルの上で落ち着いてクリームソーダのストローに食いついている白い子猫がエタルを見て言う。
「当たり前だろ。巨大地震か大型モンスターがやって来るんだ。早く逃げないとオレたちも巻き添えを食らう」
「巻き添えって何さ?」
ストローから緑色のクリームソーダを吸い上げているシュレディが瞳を瞑って言う。
「今この場にいて、助けに来てくれる人間が一人でもいるのかい?」
「いないから今から逃げて少しでも遠くに……っ」
「その逃げてる間に、現場の人間は死ぬ」
白い子猫の断言に、エタルは目を見張る。
「死ぬよねぇ? キミはぬくぬくと逃げだした同時刻に他の場所でだ。今も危機が出現した現場では人間は死んでいくんだよ。命を落とす。それでも今のキミはここから逃げて立ち去るのか?」
「じゃあ、どうしろって言うんだッ」
「キミが持ってるそれは何だ?」
クリームソーダのグラスをガッシリ抱え込んでいる子猫が
「キミのそれは一体なんだ? キミはいまも周囲で逃げ出している一般人と同じなのか? じゃあその申請した証は一体なんだッ?」
小さな可愛い前足の悪魔の様な鋭い爪で、エタルの正面で回転する光学魔法陣を指差して言う。
「キミは
鋭く睨んでくる子猫から目を背けてエタルは喫茶店の店内で項垂れる。
「そんな事を言ったって、オレにはまだ実力が……」
「大賢者エインステンはそんな理由で逃げたりしない」
断言した子猫の言葉に、俯いていたエタルの目が大きく開く。
「ボクの知ってるエインステンはそんなことで逃げたりはしないよ。立ち向かって朽ち果てる。ボクがむかし見つめていた歴史的な大偉人エインステンは常にそういう人間だった」
「オレはエインステンじゃないッ」
「でもエインステンを超える人間だ」
言い切る子猫の言葉に、エタルは苦々しく目を閉じた。
「オレを焚きつける気なのか?」
「そうだ。戦って勝ち取って来い。キミだけの力をッ」
「戦えば手に入るのか?」
「そうだ。だから戦え」
「相手が誰だか分からない」
「状況を見て判断しろ。キミが求めている力はそういう力だ」
「12才のオレに、あのエインステンを超えろというのか?」
「それができなきゃ、今も暴れているヤツによって現場で死人が増えていくだけだ」
「今も死人が増えているかどうかがわかるのか?」
「まだ死者は出ていない。急げッ」
「でも武器が無い」
「その掘りあてたヤツはハリボテなのかい?」
四本足で立ち上がったシュレディが、エタルの掴んでいる麻袋を見る。
「これは錆びてて」
エタルが採掘場で掘っていて、売り物にもならなかった、いわく品だった。
「今ある道具を駆使して現在の危機に対応して行動するんだッ。
「だったらお前がやれよッ」
「ネコのボクにさせる気かい?」
無力な子猫が、無力な少年に力なく言っている。
「お前の
「他人に頼るな。自分で判断して考えて決めろ」
「だったらオレは逃げる。それがオレの判断だ」
「それで記録される……」
子猫の言葉で、遂にエタルの時間が凍りついた。
「それでこの世界に記録されてお前は永遠にその選択を繰り返す……。わかっているだろう?」
エタルが最も心の奥底で考えていた、この世の
「それで合ってるよ。安心してくれ。だからキミがここで逃げたという事実もこのタイミングで記録される。よかったね……?」
「お前は……何者なんだ……?」
しかし、その疑問には子猫は小さな眼を据えてエタルに返した。
「それはキミがこれから危機に立ち向かって戦闘を経験したら教えてやる。逃げたら永遠に答えないと思え。どうする?」
報酬は情報だった。今のエタルが喉から手が出るほど欲しい、この世界に関わる情報。
「戦えば教えてくれるのか?」
「そうだ。早く決めろ」
「やるよッ。やればいいんだろうっ」
「だったら喋る前に早く動け。キミはそこからできていないッ」
「これで死んだら。恨んでやるからなッ」
「安心してくれ。その時はボクも一緒に死ぬ時だ」
断言して言う子猫に頷いたまま、急いで店のドアを開けて外に出ると。逃げ出していった店内の人間たちとは真逆の方向へ、少年は急いで駆け出していった。
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