Lv5.特殊相対性魔法と一般相対性魔法



「光より速く進むものが、この世界にはある?」


 驚くエタルに、子猫のシュレディは呆れた視線で見返す。


「あれ? キミなら既に知ってるはずだろ? だからボクを見つける事ができたんだからさ。でも、それを今さら言わなくていいよ。どうせキミ自身が分かっていればそれでいいんだからさ。それよりも……ボクが言いたかった事はこれで理解できたかな?」

「ボクにエインステンの代わりになれって言いたいのか?」

「ボクなんて急に殊勝な一人称を使いださないでよ。エタル・ヴリザード。キミにはオレっていうぶっきらぼうな自称を使うほうがとってもすごく似合っている」

「茶化さないでくれ」


 エタルが子猫を睨むと、頼んでいたブラックコーヒーを口に含んで、コーヒーの苦さが今の気持ちを幾分だけ洗い流してくれるのが分かる。


「12歳の子供がブラックコーヒーなんて嗜むものじゃないよ。体に良くないって。子供は大人しく甘い甘い砂糖でも入れたら?」

「入れたくなったらその時に入れる」

「ふーん。ずいぶん今は物わかりが良いな。でもボクは別にキミをエインステンさんの代わりだなんて思ってないよ。だいたいボクとあの人は会話さえ一度もしたことはなかったからね。ボクたちはあの人に期待してたのに、あの人は期待に応えられなかった」


 エインステンほどの歴史的な偉人をまるで役立たず呼ばわりする子猫に、エタルはどこかもの恐ろしさを覚える。


「……その、ボクだったりボクたちだったりで、いちいち人数が変わるのは一体何なんだ?」

「ボクが考えてる事と他のヤツらが考えてる事は全く違う時があるって事さ。みんながみんな全部一緒だったらおかしいでしょ」

「お前以外の他のヤツラって誰だ」

「それはまだ言えない。言ったとしても理解できないし、結局後で教える事にはなってる。なぜなら、これをキミが理解する為にはもう少し段取りを踏む必要があるからだ」

「この世界は決まりきった運命でできてるんだろう」

「そうだよ? だからキミのこれからの運命も決まりきっている。キミはこれからもう少しだけボクの話に付き合うんだ。するとキリの良い所であることが起こる。キミはその『ある事』が起きた為にこの店を飛び出す羽目になる」

「そうか。なら、その予言の通りになるといいな」

「きっとなるよ。その時にはキミはこの事を忘れているだろうけどね。でもそんな事なんて今はどうでもいい。ここで話をまた元に戻すけど、ボクたちは別にキミがエインステンの代わりになるとかなんていうのは思ってない。ボクたちが考えている事は逆だ。キミはあのエインステンを超える存在だ」


 子猫の断言に、エタルは一瞬だけ硬直する。


「聞こえなかったかな? キミはあのエインステンを超えるんだ」


 子猫の毅然とした断言にエタルはまだ言葉を返す事ができない。


「あれ? 結構ピュアだったな。まあいっか。その超えてしまう理由はいくらかあるんだけど、試しにこれから言ってみるかな?キミってさ、この世界の魔法が使いにくいって言ってたけど。それってあの二つの相対性魔法の論説から既に疑ってたんでしょ?」


 子猫の見透かした眼差しがエタルの心を深く抉る。


「エインステンの遺した二つの相対性魔法。特殊相対性魔法と一般相対性魔法はそれぞれの対場で主張している事が一つずつある。特殊相対性理論はさっきも言った通り光速度不変の法則だ。そして一般相対性理論では慣性質量と重力質量は全て同じであるという理屈。キミはこの二つの理屈を全て疑問に感じて疑っている」

「誰も信じない戯言だッ」

「他人のことなんてほかっておいてあげなよ。あ、ほかっておけって言葉は地球でいう日本の名古屋ってトコロの方言なんだっけ?エタルはその事を知ってる?まあそれはいいんだけど……。キミはとことん色んなことに疑問を感じてるよね。光より速い物は実はコレなんじゃないかと邪推していたり、慣性質量と重力質量は実は別々の量になる時があるんじゃないかと想像していたり……。だからキミはエインステンの相対性魔法が基礎となってしまった現代魔法を煩わしく感じている……」

「……。それが……ダメだったのか?」


 自分の両手を見て過ちを犯したように言うエタルをシュレディは首を振って応える。


「ダメかどうかはこれからのキミの行動次第だ。まだ疑問に感じてるんだろ?あのおじいさんが作りだした相対性魔法をさ。だったらこれからはキミが新しい魔法を造りだす番だ」

「オレはそんな事がしたいんじゃないっ」

「じゃあ、何がしたいんだ?」

「オレは……ただ単純に自由自在に魔法が使いたいだけなんだ」

「……いまの魔法が使いにくいからでしょ?」


 子猫の問いかけに、魔術士の格好の少年は黙ってうなずく。


「だったらいまの魔法を自分用に改良カスタムしないと。やり方はわかるかい?」


 訊ねてくる子猫にエタルは自分の光学魔法陣に目を落とした。魔法陣の真ん中にある光学映晶画面で映像を映し出している近代魔法技術の結晶である実態のない魔法陣コンピューターMCだ。

魔法陣MCを発動させればすぐにネットには繋げるので、調べ物は苦も無くできた。


「この世界はいいよね。魔法技術のおかげで電源がなくなることはない。地球のように充電なんて煩わしいことはしなくて済むんだから」

「そしてこの光学魔法陣を高度に知能化させて自律させたのがお前たち精霊レアリィだろ?」


 エタルの指摘にシュレディは笑う。


「人間たちの考える事は色々と面白いよ。キミに出会うまでにすごく楽しめた」

「オレと出会ってからはすごくつまらなくなるかもな?」

「果たしてそうなるかな? おっと、さっそく危機トラブルが舞い込んできたみたいだよ?」


 悪巧みに笑う子猫がエタルの手元を見ると、エタルとシュレディの間で激しい赤の回転灯の魔法陣が出現して、けたたましい鐘の音のような警告音を発生させた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る