Lv2.異世界ランキング戦の仕組み


「エタルは女の子の前では口調が優しくなるよね」


 まるで拗ねたように白い子猫のシュレディは言う。


「女の子は一度でも機嫌を損ねるとお前の比じゃないぐらい話さなくなるからな」

「そのセリフ、女の子の前でも言ってみて?」

「オレを殺す気かっ」


 エタルが身を乗り出してテーブル越しに睨むと、テーブルの上で緑色のクリームソーダに身体ごとへばりついて抱き込んでいるシュレディを見る。

 ここは町の奥にある喫茶店カフェの中だった。どうやら魔女の隠れ家をイメージしている暗がりの木造の店舗は落ち着いた雰囲気を店内に広げている。


「あ~、このクリームソーダって飲み物は本当においしい。おかわり頼んでもいい?」

「そのクリームソーダが減ったらな」


 緑色のクリームソーダに突き刺さったストローからコクコクと遊ぶように吸い上げている満面の笑みの白い子ネコを見て言う。


「それで? これからどうするんだって?」

「話しかけるな。オレはこれから勉強するんだ」


 対面に設置された二人掛けのソファの一つにどっしりと座って光学の魔法陣を開く。丸い円状に文字枠が自転する光学魔法陣のディスプレイを正面に発生させてエタルは画面の電源を発動させた。


「魔法陣ディスプレイ。カッコイイよね。それ」


 クリームソーダに首ったけの子猫の言葉は無視する。エタルは光学魔法陣のディスプレイ画面を正面に展開させたまま映像を確認すると、右手の小型光学操作魔法陣であるマウスを発生操作して円形の魔法陣の画面の中でカーソルを操作した。


「電送魔法によって構築される情報通信魔網空間ネットワークは、既に瞬間的な情報のやり取りを可能にさせている。ネットって言うんでしょ?ボクも勉強したよ。最近の人間たちはその手の技術が手放せないみたいじゃないか。歩いてても座ってても携帯魔法陣スマホの画面と睨めっこしている」


 前足と後足りょうてりょうあしで抱え込んだクリームソーダから伸びるストローを満足そうに咥えこみながら、子猫のシュレディが言う。


「調べている魔報ウェブサイトはヘキペディアかな?」


 シュレディの言葉には努めて反応しないようにしていた。


「その前にボクの話を聞いておくといいかもしれないよ?セカイラン王国の魔報ウェブサイトを開いてみて」


 エタルは気乗りしなかったが、少しだけだが興味も湧いたので魔法陣の画面ブラウザを使い、この町の東の方向にあるセカイラン王国の魔報サイトを開いてみた。


「……異世界ランキング。ボクも調べてみたよ。なかなか面白いことをしているよね。異世界ランキングの運営を全て取り仕切っている唯一の王国キングダム、セカイラン王国。この世界カヨランを構成する三つの世界、人界、天界、魔界という異世界に住む全ての存在を、順位戦に登録した数だけ統合して序列にし格付けしてランキング化する制度を構築した最初にして最大の国家だ。現在のセカイラン王国が開催している異世界ランキングへの登録者数は約四十万人。順位の付け方は様々にあり人気順から、踏破した未知の領域の数、更には剣技や魔法技術などタイトル戦を元にした実力主義的なランク付けや資金や資産による財産でのランキング付けまでしている。それら全てのランキングを一手に引き受けているのがこの町から真っ直ぐ東にいった場所に位置するセカイラン王国という国だ」


 緑色のクリームソーダを両手両足で抱え込みながらシュレディは続ける。


「で、この異世界ランキングの上位に上がるためには主に二つの手段があるみたい」

「……やめろ」

「一つは人気投票だね。周囲の人間から名声と票を掻き集める事。たったそれさえやっておけばランキングの上位に勝手に上がる事が出来る。現在の主な上位序列者トップランカーたちはほとんどがこの方法で勝ち上がってきてるって聞いたけど本当のところはどうなの?エタル?」

「……」


 シュレディの試してくる視線に、エタルは目を伏せた。


「そしてもう一つが実力主義。セカイラン王国が定めた各種有名タイトル戦を勝ち上がって自分の持てる力だけで上位に上り詰める事だ。現在の上位序列者トップランカーたちの中でも、この方法で上がってきた正当な順位戦者ランカーはもの凄く数が限られてくるみたいじゃないか? ねぇ? そうじゃない? エタル。エタル・ヴリザード?」

「オレは良くは知らない」

「良く知らない? 本当かな? 本当は知ってるんじゃないの? やれ水増しだ。やれ複垢だ。やれ相互だ。やれランカー同士の寄り合いクラスターだ。こんな言葉をキミは嫌って言うほど聞いてきたんじゃないかな? 本当は仲の良いお友達だけの集団票で成り上がった連中たち……。ではなぜ、みんなそこまでするんだろう?」


 シュレディが問いかけてくる無垢な瞳に、エタルは尚も答える事ができずにいる。


「答えは所籍化しょせきかだ」


 エタルの目が大きく見開いた。


「念願の所籍化ランカー。これを順位戦に勤しむ順位戦者ランカーたちは目指している。所籍化っていうのはどこかの王国や帝国などの大手殿堂舎しゅっぱんしゃに所属が決まって名前を売ることを言うらしいね? 自分を商売道具さくひんに見立てて名前と存在を売り込む。どっかの本の売り方と同じじゃないか? ねぇ? そう思うだろ?」

「だとしても、オレやお前には関係がない」

「そうかな? 少なくとも所籍化が決定された上位序列者トップランカーには期待と責任が伴うはずだよ? この世界を救ってくれる『実力のある人間さくひん』だとねぇ?」


 子猫のシュレディが、まるで子猫ではないかのように笑っていない目をして笑う。


「でも?それがもし?自作自演の票の水増しや複垢やランカー同士の相互の力だけだったとしたら?一体どうなるんだろうねぇ?」


シュレディの問いには、エタルは答えられない。


「ありもしない地球と呼ばれる異世界から死んで負け犬になったくせにスキルやチートを貰って転生や転移をしてきたからもうキミたちは安心だなんだなどと虚言を豪語するだけの人気票を集めるしか能のない序列上位者トップランカーの連中たちには、最初からこの世界を救う実力なんてあるわけがなかったのさ。それがこの世界カヨランの悲劇的な現実だ」


 なぜならば、異世界ランキングとはこの世界を危機から救う者たちを選び出す為に作り上げられた唯一の救世制度システムだったから。




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