Lv1.白ネコのシュレディ
「全部合わせて4000ルダで買い取りますがどうしますか?」
「お願いします」
毎度、利用しているお馴染みの道具屋の看板娘に返事をして、エタルは店の窓枠で丸まって待っている子猫を見た。
人間の言葉を理解し喋る白い子猫。名前はシュレディ。
子猫のシュレディ。
〝ボクのことは名前が長いから略してシュレディって呼んでよ。これからよろしく。エタル〟
最初に出会った頃に交わした、そんな言葉が懐かしい。
半年前、あの子猫を最初に見かけたのは町外れの採掘場の近くにある林の端の草むらだった。
エタルが毎朝、やっと慣れてきた採掘場まで通うのに使っている道の途中にある林の手前の草むらでミャぁミャぁと一生懸命に鳴く子猫が一匹、彷徨って途方に暮れていたのを見つけたのだった。
最初は親ネコとはぐれた可哀そうな子猫だとしか思わなかった。誰にも気づかれずに、ただ親ネコを呼んで鳴く哀れな子猫。それが何日間か続いたある日。
〝ねぇ? もうそろそろボクに話しかけてもいいんじゃない?〟
毎朝、哀れな自分を無視して通り過ぎるエタルに向かって、そう言ってのけたのだった。
〝……
〝そうだよ?
エタルは自分で可愛いと言ってくる人間は極力信用しないことにしていた。
〝ボクは人間なんかじゃないよ?〟
〝……悪いが他をあたってくれ〟
〝なんでェッ? おいちょっとっ、ボクを餓死させる気ッ?〟
〝悪いがもうかれこれ、これで二週間以上は経ってる。普通の子猫だったらお前はとっくに野垂れ死んでるはずだろ。これから一人で大人しく生きてろ〟
〝つまり今までキミはずーっとこのボクを見殺しにしてきたってワケだよね? それって何度、ボクを見殺しにしてきたワケ?〟
〝出会った回数かな〟
〝責任とってよ〟
〝お前は、オレ以外の人間とも会ってきたはずじゃないのかッ?〟
この道を通るのはエタルだけではない。
〝みんなボクが居ることに気付きもしなかったよ〟
〝ならオレもその一人だ〟
〝……でも気付いてたでしょ?〟
子猫の訝しんで可愛い小首を傾げる仕草に、立ち去ろうとしたエタルは改めて目を開いた。子猫は、立ち去ろうとする少年の背中を見てさらに言う。
〝ボクの声、聞こえてたんでしょ? それなのにキミは無視をした。他の人たちなんて、ぼくの声すら聞こえてないみたいだったけど……〟
だからエタル以外の人間は、このはぐれた子猫に手を差し伸べることさえ一度もなかった。誰もこの子ネコの存在自体を認識できなかったのだから……。
〝……それがお前の精霊として
〝さあ?どうなのかな。それがボクにもわかんないんだ。気付いたらここに居たみたいでさ。それで訳も分からずに彷徨ってたら何度もキミがボクを見て素通りして行くのが分かったんだ。その時のボクの気持ちってわかる?〟
〝わかった。わかったよ。……謝ればいいのか?〟
〝イヤだよ。絶対に許さないからな。許して欲しかったら早くこれからボクを世話しろ。一生、大事にしてにな〟
可愛く、堂々と
〝世話して貰いたかったら自力でオレの身体に飛びついて来い。こっちは急いでるんだ〟
〝うわっ、スパルタだなぁっ。いいよ。こうすればいいんでしょッ?〟
言うと、草むらから白い子猫が大の字になってダイブしてジャンプすると、どんな跳躍力なのか身の丈の数倍はあるエタルの髪にガッシリと見事に着地して爪を立ててへばりついた。
〝ぃってぇッ、爪立てやがったな。コノヤロウっ〟
〝飛びついてこいって言ったのはそっちだよ。じゃあ、これからよろしく。えーっと、名前は……?〟
〝エタル。エタル・ヴリザード〟
〝エタル……。ぅっわぁ、なんかスンゴく呪われてそうな全然ゲンのよくない不吉な名前だね。すぐに
〝ほっといてくれ〟
〝じゃあ、自己紹介だね。ボクの名前はシュレディだ。本当は名前がもうちょっと長いんだけど今はシュレディでいいよ。猫のシュレディ。とりあえずボクがどんな存在なのか自分でもまだよく思い出せないんだけど、とにかくこれからよろしく! エタルっ〟
エタルの頭頂部の髪にへばりついたまま子猫のシュレディが笑って言う。これが少年エタルと白い子猫シュレディによる凸凹コンビが結成された瞬間だった。
「……どこを見てるの?」
「ああ、いや、なんでもない」
この町の道具屋「フラスコ」の看板娘である同い年のミスエルが常連客のエタルに訝しんだ視線を送ってくる。この見えにくそうに目を細めている看板娘には、店の窓枠で座って丸まっているシュレディの姿が見えていない。
一体、あのネコはどういうネコなのだろう?
疑問に思うエタルが少女のミスエルから鉱石の代金として受け取った紙幣と硬貨を確認していると、商品棚に並べられている数々の
「……どうしたの?
「……品物の売れ行きはどう?」
「最近は売れたり売れなかったりが激しいかな。道具を消費する
「親父さんがそう言うなら、そうなんだろうな」
「もしかして
窓から差し込む西日の陽射しを眩しそうに見ているミスエルに、エタルは首を振った。
「なぁんだ。エタルくんが参加するならわたしも一緒に
「それなら、まず親父さんを説得するんだね」
「ねぇー。これが家族持ちのツラいところで……あ……」
言ってから、慌ててミスエルは口元を手で押さえて顔を背ける。
「ご、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。確かに家族がいないと身動きが取れやすいっていうのは本当だから」
「わたし、そんなつもりじゃ……」
「なにか罪悪感を感じるんだったら自分の家族はこれから大事にしたほうがいい。いつ何が起きるか分からないんだからさ。この世界は……」
「……う、うん……そうだね」
「鉱石、高く買い取ってくれてありがとう。また掘ったら持ってくるよ。鉱山の採掘は
「言っときますけど、同情で値踏みを弾んであげるほどウチは落ちぶれてませんからね」
「うん。だから信頼してる」
「では、本日のご利用ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
三角巾とエプロンを着用した道具屋の娘が丁寧にお辞儀したのを見て、エタルは店を出た。
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