ほのぼの・パラレル

六人のセナ・上

舞台はどこかの並行世界です。

――――――――――――――――――――――――


 ある日突然、瀬名が六人になった。


 うららかな休日。本来なら、出かけるもよし、家でごろごろするもよしと、楽しい一日になるはずだったのだが……。


「一体どうしたもんか……」

 俺は頭を抱えるが、目の前の光景は何も変わらない。


 韮沢瀬名。俺のよく知る少女。

 それが、そっくりそのまま六人いる。小柄な体躯も、整った顔立ちも、どれも同じ。こんなにいると、さすがにリビングが狭い。


「瀬名」

 そう呼んでみると、六人全員が同時にこちらを向く。注がれる六対の瞳。


 なぜか花の髪飾りとワンピースの色がそれぞれ違う。色違いだ。カラーひよこならぬカラー瀬名といったところか。


 髪飾りとワンピースが桃色の瀬名は、頬を染めてこちらを見ている。

 青の瀬名は大人びた表情をしていて、緑の瀬名はどことなく不安そうだ。

 その横で、気ままにクッキーを食べている黄色の瀬名。


 黒の瀬名は無口で、未だに一言も発していない。白の瀬名が一番際立っている。なぜなら、外見年齢が幼稚園児にしか見えないくらい小さいのである。


「なんで瀬名が六人に……」

 どう考えても常軌を逸している。


 だが、時間移動や並行世界といった、超現実的なことも存在していたのだ。人の意志で時間を操作できるくらいなのだから、世界は案外アバウトにできているのかもしれない。


「うーん、さすがに六人全員同じ名前なのはこんがらがるから、便宜上それぞれに愛称を付けていいか?」

「そうですね、呼び名がないのは不便です」

 黄色い瀬名が、クッキーを片手に言う。ほかの瀬名たちも頷いているし、概ね賛同を得られたようだ。


 さて、呼び名を決めると言っても、どうしよう。

 この六人の瀬名たちの一番の特徴は、色が違うところだ。変にひねった名前をつけるよりも、シンプルなものの方がいいのかもしれない。


 ということで、桃色の瀬名はセナピンク。青色の瀬名はセナブルー。緑の瀬名はセナグリーンで、黄色い瀬名はセナイエロー。黒い瀬名はセナブラックというあだ名をつけた。

 小さな白い瀬名だけは、セナパピーと呼ぶことにした。


「さすが先輩! とってもわかりやすいネーミングです!」

 セナピンクは目を輝かせる。

「戦隊ものじゃないんですから……」

 とセナブルー。


「緑って不人気らしいですね」

 そう話すセナイエロー。その横で、セナグリーンは「えっ、そ、そんな……」と慌てている。


「ぱぴーってなんですか?」

 と小さいセナパピーが首を傾げる。ちなみにパピーとは子犬のことである。


「呼び名を決めたのはいいけど、これから、どうすればいいんだ……?」

 俺はこれから先、六人の瀬名たちと暮らしていくことになるのだろうか。


「どうすればいいかなんて、単純明快です」

 セナブルーは冷静沈着な態度を崩さない。

「この六人の韮沢瀬名の中に、ひとりだけ本物がいるんです」


「本物?」

 瀬名たちが、各々顔を見合わせる。といっても、全員同じ顔なのだが。


「せなはほんものです」

 セナパピーがあどけなく言うが、セナブルーが突っ込む。

「ですが、この中で韮沢瀬名と一番かけ離れているのはあなたでしょう? 外見年齢も精神年齢も」


「え……せな、にせものですか?」

 今にも泣き出しそうになった幼い女の子を見て、セナピンクが急いでなだめる。


「に、偽物なんて、そんなことないですよ。セナブルー、小さい子をいじめちゃダメです」

「い、いじめてなんか……」

 セナブルーも、子どもの涙には弱いらしい。


「うーん、収集がつかなくなってきましたね」

 相変わらずセナイエローは、マイペースにお菓子を食べている。

「わたしたちでやいのやいの話していても仕方ないです。本物は、先輩に決めてもらいましょう」


「確かに、韮沢瀬名のことを一番よく知っているのは先輩ですもんね」

 とセナピンク。セナブルーもうなずきながら、

「それが一番合理的でしょう」


 どういうわけだか、六人の瀬名たちはこの中にひとりの本物がいると思っているらしい。


「え、じゃあ本物に選ばれなかったらどうなるんですか……?」

 不安げな声を漏らすセナグリーン。


「選ばれなかった者は消えるだけです」

 これまでずっと押し黙っていたセナブラックが、静かに口を開いた。


「韮沢瀬名が六人もいたって仕方がありません。大人しく先輩にひとりを選んでもらいましょう」




■セナピンクの場合


 とりあえず、それぞれの瀬名と一対一で話してみることになった。

 ほかの瀬名は寝室に移ってもらって、リビングには俺とセナピンクだけになる。


 花の髪飾りとワンピースが桃色の彼女は、いきなり抱き着いてきた。

「せ、瀬名!?」


「ふふ、やっとふたりきりになれましたね」

 顔を寄せて来る。唇がもう少しで触れそうになったところで、俺は慌てて身を引いた。


「先輩? どうして嫌がるんですか?」

「いや、俺のことより――今は瀬名の身に起きていることの方が大事だろ?」


「もう、先輩ったら……そんなの、簡単に済むことじゃないですか」

「え?」


「たった一言、先輩がわたしを選んでくれればいいんです。わたしこそが本当の韮沢瀬名だと。そうすれば全部解決です。偽物たちがその後どうなろうがどうだっていいです」


 セナピンクはなおも顔を近づけて来る。

「先輩も、これまで通りふたりきりの方がいいですよね?」


 間近で見ると、余計に普段見る韮沢瀬名と同一であることが明らかになる。

 どこまでも底なしに奥が広がっているような澄んだ瞳も、きめ細かな白い肌も。


「先輩がわたしを選んでくれるのなら、それ以上に幸福なことはありません」

 もちろんその細く透明な声も、韮沢瀬名だった。


 だが、彼女を選ぶよう言われたって、そんなにすぐには決められない。もしも今彼女に応じたら、それは選択を意味するのだろうか。ほかの五人を棄却することになるのだろうか。


「ねえ、先輩。わたしを選んでくれますよね?」

 じりじりと後ずさっている内に、いつの間にか壁際まで追い詰められていた。


「ふふ、もう逃げられませんね」

 唇を重ねられる。

「――――」


 その時間はやたら長く感じられた。


「ふふ、わかりますよね? わたしが本物の瀬名だって。もっと触って確かめてみても良いんですよ?」

 彼女は俺に身体を預けてくる。ふわり、と石鹸の香りが広がった。


 わざわざ触れずとも、それが瀬名であることが伝わってくる。体温も、息遣いも。


 目の前の少女は、嫣然とした笑みを浮かべる。

「どうですか? あなたのよく知る韮沢瀬名でしょう?」


 セナピンクは危険だった。




■セナブルーの場合


 なんとかセナピンクとの時間は終わり、次はセナブルーの番だ。

 彼女と、ふたりきりで向かい合う。


「……今更わざわざ話すようなこともありませんが」

 青いワンピースを着た少女は、つーんと澄ました顔をしている。

「ネジが何本も飛んだほかの瀬名より、わたしのようなまともな瀬名が一番いいですよね?」


 まともな瀬名……まともという定義もなかなか難しいが。まともな瀬名とはなんだろう。

 俺が思わず考え込むと、彼女は言葉を継ぐ。


「……まさか、ピンクやパピーのような、飼いならされたタイプの方がお好みですか?」

 今にも眼鏡をくいっとしそうだ。そもそも眼鏡を掛けていないが。


「先輩、よくよくお考え下さい。あのようなタイプの方がかわいく見えるかもしれませんが、いざ隣に置くとなると頭の中身が足りません。グリーンやイエローやブラックも同様です」


「うーん、つまり何が言いたいんだ?」

 あえてとぼけてみると、セナブルーは真っ赤になる。


「で、ですから……っ、客観的に考えてみれば選択肢はひとつです」

 こういう瀬名、懐かしいな。

 先ほどのセナピンクとは対照的な硬質さが、なんだか面白い。これで顔も声も同じなのだから、なおさらだ。


「も、もし、あなたがそんなに素直に甘えてくるタイプの方がいいというのなら、わたしだって多少は……努力します。その辺りの臨機応変さも備えていてこそですから」


「別に無理して素直にならなくてもいいんだぞ? 素直じゃないのも瀬名らしいといえば瀬名らしいし」

 それに、少し話を聞いていただけで、セナブルーはなかなか素直になれないタイプだということがわかる。


「なっ……」

 セナブルーは沸騰したやかんのように真っ赤になる。


「もう、先輩ったら……」

 忌々しそうに目を伏せる。全て見透かされていたことに気づいたらしい。


「先輩なんて嫌いです」

 セナブルーはやっぱりつんつんしている女の子だった。




■セナグリーンの場合


 セナグリーンは、正座をしてじっとこちらを見ている。


「わたしはほかの瀬名ほど特徴はないですが、頑張ることに関しては誰にも負けません!」

「頑張ること?」

「はい、先輩の役に立てるように頑張ります!」


 次の言葉を待っていたが、彼女は何も言わない。ただこちらを見ている。

 これまでの瀬名が、自分から話を進めていくタイプだったので、少し意表を突かれた。


 沈黙が広がって、セナグリーンは慌て始める。

「じっとしているとなんだか落ち着きませんね……わたし、部屋の掃除でもしましょうか?」


「セナグリーンとふたりで話せる時間は限られてるんだから、今はわざわざ大丈夫だよ。掃除はいつでもできるし」

 そもそも、部屋はいつも瀬名が綺麗にしてるし。


「その、わたし、少しでも先輩の役に立ちたくて……」

「ありがとう。頑張ってもらえるのはうれしいけど、今はセナグリーンのことをもっと知りたいんだ」

「わ、わたしのこと……」

 セナグリーンはうつむく。


「……わたし、何もないんです」

「え?」


「誇れるようなところは、何もありません。で、でも、その、先輩のためならなんだってしますから。先輩に喜んでもらえるように、たくさんたくさん頑張ります。……わたしにはそれしかないから」


 何もない瀬名? それがセナグリーンなのか?

 しかし、俺にはとても何もないようには見えない。セナグリーンにも個性はあるし、もちろんいいところだってある。


「嫌、このままじゃ先輩に選んでもらえない……もっと頑張らないと、もっと頑張らないと、もっと頑張らないと……」

 その小さな肩は震えていた。


「ご、ごめんなさい、期待に応えられなくて……罰ならいくらでも受けますから……わたし、頑張りますから、先輩に失望されないように、見捨てられないように……」


 これはまずい。

「えっと、じゃあ、やっぱりセナグリーンには部屋の掃除をしてもらおうかな」


「い、いいんですか?」

 セナグリーンは不安そうにこちらを見上げてくる。


「ああ、片付けをしてもらえるなんてすごくありがたいよ」

 そう言うと、彼女はぱっと表情を明るくさせる。

「わたし、先輩のために頑張って部屋の掃除をします!」


 その後、セナグリーンは時間の全部を使って部屋中をぴかぴかにしていた。


「先輩、わたし、その、これからも先輩のためにもっともっともっと頑張りますから。先輩のために、自分の持ち得るもの全てを使って――ううん、できないことでも、できるように頑張ります。先輩のためならなんだってします。それだけが唯一、わたしがほかの人と比べてできることですから」


「あ、ありがとう……」

 すごく過労死しそうなタイプだ。


 セナグリーンは、見ていてすごく息苦しくなってくる女の子だった。

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